私が死んでしまう前に
「あなたが好きです」
彼女にはこの病院で一週間前に出会った、見た瞬間、この人の周りに桜吹雪が吹いた
一目惚れで息をするのも辛くなるほどの恋だった
ここの医者に成り立てで詳しいところは知らないが、病状も悪くなく、寧ろ健康のように見える
きっと退院が近いと思ったし、僕は担当医でもない、彼女を諦めるためにも、告白した
彼女は、僕の言葉に驚いたように目を見開いた後、一回唇をかみ、弱々しく笑った
「……ごめんなさい、私はもうすぐ死ぬんです」
担当の先生に聞けば、あと長くても3日の命らしい
誰にも治すことが出来ない、不治の病、健康のように見えたのは薬を服用していたからだ、幸い痛みもなく逝けるそうだ
「それでも、好きです」
「………哀れみですか?」
「いいえ、本当に、あなたが好きで息もできないんです、脈を感じてみてください」
そういい、手をだす、彼女のほっそりとした手が腕に触れた、余計に脈が速くなった、それを確認すると彼女はこちらに手を出した
「……確認しますか?」
僕と同じくらい、いや、それ以上速い彼女の生きた音を感じた
その後僕の仕事が終わってから寝るまでずっと話した
2日目、互いのことをもっと知ろうと絵を描いた、高校の授業以来で、何だか懐かしい
「お仕事はいいんですか?」
「仲間が有給とっていいって、あと2日、一緒にいれますよ!」
そういえばよかった、と安堵の笑み浮かべる彼女の絵を描いた
「私のどこが好きですか?」
とこの絵を見ながら聞かれたので
「貴女の笑顔が好きです」
と答えたら、彼女は真っ赤になってしまった
彼女の描いた僕はあまりにも美化されていて、彼女には僕がこんな風に、見えているのかと、飛び上がりそうなくらい、嬉しくなった
次は二人の写真をとった。
自撮りなんてはじめてだ、といえば、ここは私に任せてください、と胸を叩き、器用に撮っていった
出来上がった写真を現像してもらい、画用紙にはった
午後には彼女の両親に挨拶をした
もう彼女から話を聞いていたのか、僕の手をにぎると、一言
「娘をよろしくお願いします」
彼らの顔は、涙を拭った後があった
4人で、彼女が小さいころからの写真をみた、まめな親だったのかたくさんの写真があり、彼女と人生を歩んできた気持ちになれた
少し面白い写真があると、お父さんがその時のことを細やかに教えてくれる、彼女は恥ずかしさで赤くなって、父の口を塞ごうとしたが、お母さんがその手をとって、話は止まることなく進む
僕がその話に笑っているとあなたまで!と彼女は顔を膨らませるから、ごめん、でも面白いから、とまた笑ってしまった
最後の一日は、あなたがいてあげてくださいとお父さん達か言った、彼女の頭を撫で、抱きしめ、最後の家族の時間を僕は静かに見ていた、そして、ドアがしまった瞬間に泣いてしまった彼女の
背中を、泣き止むまでなで続けた
3日目、最後だというのにとても幸せだ
何をするでもなく一緒にぼうっとしたり、くっついてみたり、話をしたり、ケーキを食べさせあったりしていた
恥ずかしかったが、キスもした
今日死んでしまうとは思えないほど潤っていて驚いた
「実は看護師さんの一人がこんなこともあるかもと、リップをくれたんです」
貰っておいてよかった、と笑う彼女が、とても愛おしかった
あっという間に夜になった、月明かりだけが病室を照らす、彼女がだんだんと弱々しくなっているのを感じた、一言だけ、僕の名を呼ぶとゆっくりと僕の肩で眠った。最後に彼女の目に映ったのも、紡いだ言葉も僕なのだ、これまでの人生に彼女がどれだけの人と出会い、触れあったかはわからないが、それは変わらない
これほど嬉しいことなどありはしない
死んだこの部屋の入院患者が最後に書いた手紙を見た、いつ書いていたのかはわからないが、そこには彼女の思いが長く力強く書かれていた
『私はあなたより前にあなたが好きでした』
『私もあなたの笑顔が好きです』
『私が死んでしまう前に、好きだと言ってくれてありがとう』
涙で濡れた手紙を元に置いてあった手のひらにかえした
その時、開いた窓から桜が入ってきた
そして、よりかさって「眠る」同僚と患者の肩に積もった
これはきっと彼にとっても、彼女にとっても幸せなことだ
横に飾られた絵、写真と同じくらい、幸せそうな顔をした二人の指に、頼まれていた指輪をそっとはめた