子ぎつねの実力
まだ時間は昼前で、いつもの薄暗い森とは違い明るい木漏れ日がさす森の中を、二人と子ぎつねは歩いていた。
相変わらず森の中の魔獣はこちらを気にすることもなくて、僅かに姿が見えたとしても戦闘になることなく過ぎ去っていた。
行き先は、どうやら魔獣が逃げてくる方向に進んでいる様でユズハは迷うことなく歩いていた。特に戦闘もなく暇だったので、先ほど使い魔になった通知が来ていた白狐の子ぎつねはどういう扱いになっているのか。先ほど見れなかったステータス画面を開いて使い魔の項目に何か変化はないか見ることにした。
~~~~~
●使い魔 生成;召喚 (条件達成により伝授)
(詳細)
*使い魔カード生成
魔核を使用して召喚カードを生成
・生成可能カード一覧…
*使い魔召喚
契約した使い魔を召喚
・白狐(子狐)*
*召喚不可
*カード化不可
召喚カード 0/1(デッキ上限)
~~~~~
使い魔召喚の項目に子ぎつねの情報が新たに表示はされていたが・・・、この状態で俺の使い魔と呼べるのだろうか?召喚不可、カード化不可。要するに俺は何も子ぎつねに何もすることが出来ないって事だろこれ。
まあ、会ったばかりで信用もないだろうし、子ぎつねが自ら望んで契約した感じでもなさそうではあったから、契約はしたけど力を貸すかは子ぎつね次第という意思表示なのかもしれないな。
それに、俺も魔核からカード化するのは戸惑う事はないけど、生きてる子ぎつねをカード化って、それ本当に大丈夫なのか?って思ったから、正直このままの方が変に心配しなくていいからありがたいけどな。
「其方ら、ずいぶんとのんびりしておるの。そろそろ異常の原因と会敵するが、準備は出来ておるのか」
前を歩いていたユズハが立ち止まって振り返った。
「いつでも、戦闘は出来ます。【スプレッド・フォーカード】」
すぐに見ていたステータス画面を閉じて、カードを展開した。さすがに油断しすぎだったかな。でも、森の丘に行く時とは違って魔獣が目の前に出てきてもユズハを見ると警戒しながら逃げるものだから、本当に戦闘の機会がなかったんだよな。
森の魔獣たちが逃げるたびに「軟弱な」と呟いていたのが聞こえていて、さらに「仕方なし、元凶なら逃げる事もあるまい」と言っていたのも聞こえた。だから、それまでは暇になるだろうとは思っていたので、警戒もほどほどにステータスを見ていた。いつの間にか子ぎつねも、首に巻くマフラーのように丸まっていたからな。
「ほう、それが其方の能力か」
カードが4枚浮かび上がっているのを見たユズハが、興味深そうに見ているとカードに触ろうとして触れられなかった事が楽しそうに笑いながら言った。
「ふむ、やはり魔術師はなかなか愉快な者達じゃな。似たような効果を持つ能力なことはあるが、誰一人として同じ根源になっていないのぅ」
満足したのかカードを触ろうとするのをやめて、ついでとばかりに寝ていた子ぎつねの首根っこを掴んだ。
「さて、あと少しでこの騒ぎの元凶であろうものが姿を現すが、まずはこ奴から戦わせるかのぅ。其方も、こ奴がどこまで戦えるか分からぬ使い魔では困ろう」
「・・そうですね」
確かに、子ぎつねの強さの指標が分かった方が後々楽ではあるか。ユズハの方が子ぎつねの事を理解しているだろうから、勝てない相手と戦わせることもないし引き際も心得ているだろう。・・・多分。
子ぎつねと会ってからの対応を見ていると、ユズハは子ぎつねに対してスパルタ教育を施しそうな気配があるんだよな。まあ、子ぎつねに原因がある気はするけど。
「ほれ、ゆけ」
そう言うと、子ぎつねをぽいっと前方へ投げた。
子ぎつねが音もなく地面に着地すると、すぐに正面の木々の影から真っ黒の狼型魔獣が一体現れた。
「ん?、・・・こいつは」
魔獣を見て真っ先に思った事があった。色は違うが、この魔獣がハンターウルフに似ているというかそっくりだった。
今まで真っ黒な個体に出会った事はないが、あまりにも似すぎている。だが、ハンターウルフは複数で行動するはずだし草原を狩場としていて森であったことは一度もないはず、・・・突然変異?特別な魔獣とか?それとも別の種類の魔獣?同じハンターウルフと思わない方がいいのか?分からないな。一応何かあった時のために手助けできるようにはしておこうか。
展開されていたカードから一枚手に取って、いつでも加勢できるようにした。
子ぎつねと黒い魔獣は両者対面したままで動きはなかったが、魔獣はとりあえず正面にいた子ぎつねを狙う事にしたようで、黒い魔獣が子ぎつねに向かって飛び掛かった。
子ぎつねは身動き一つせずに動かなかったので、このままでは危ないかと思って手助けしようとした時、ユズハが手で静止した。やはりそうなのかと確信したので、信じて見守ることにした。
黒い魔獣が子ぎつねを押さえつけようと前足を子ぎつねに叩きつけた瞬間、青白い炎が大きく燃え上がり、魔獣の前足を伝うように燃やした。だが、まだ前足が燃えているにもかかわらず、魔獣はさらに攻撃的に噛みつこうとしていた。
しかし、前足の下には子ぎつねがいなかったのを見て、子ぎつねを探そうとしたのか、標的を切り替えて俺達に近づこうとしたのかは分からないが、魔獣が燃えていない前足を踏み出した時。魔獣の真上からいきなり現れた子ぎつねが尻尾を縦に一回転すると、尾の先から軌跡をなぞるように青白い炎が一本の線のように弧を描きながら魔獣を通過した。すると、二つに分かれた魔獣は溶けるように崩れていった。
宙にいた子ぎつねがユズハの前に着地して、俺のほうに歩いてくるのを見ていると、魔獣がいた場所に黒い染みの様な跡が地面に残っているのを見ながらユズハが言った。
「及第点じゃな。シュウはさっきの戦闘で気付いた事はあったかや」
「そうですね。最後の攻撃が尻尾の毛を一本高質化させて切り裂いていたのと、最初にユズハが子ぎつねを宙に投げて着地した時には、本物そっくりの幻影を作り出していて囮にしていたってことぐらいですかね」
「ほう、見事じゃの。幻影にはいつ気付いたのじゃ?」
「最初に着地したときですね。この森の地面で音もなく着地するのは至難の業ですからね。あとは、ユズハの反応で確信しました」
「そうか、そうか。其方は戦闘を見るまでもなく九分九厘合格じゃな。じゃが、まだまだ知らぬことがある。これからもよく学ぶ事じゃ」
そういった後、扇子を振ると白い炎が黒い染みから発火して跡形もなく消え去った。
「そ奴はまだ死んでおらんかった。もう攻撃する力もなく危険はないが、ほおっておくといずれ小さく纏まり、本体に戻って吸収されていたであろうな」
魔獣を倒した時の様子が見た事のない消え方だったとは思ったが、まさかまだ生きていたとは考えなかった。俺だけなら確実に見逃していたな。さすがに生命感知なんて事はできないから、こういう相手がいることを知れてよかった。万が一を考えたら、知らずに倒しまくっていると後々面倒な事になる可能性があるかもしれないからな。
倒された後に本体へと戻る習性の利点を考えると、再び体を構成されるか、もしくは倒された相手の情報を得るかだろうからな。上限はあるだろうけど、多数の敵と戦うの事や長時間戦う事は、誰でもできる事ではないから苦戦するだろう。それに、もし情報までも得られるなら倒された相手の弱点見つけることも容易だろう。
「気づきませんでした」
「なに、こんなものは知識の差でしかない。其方は、まだまだ世界を知らぬだけじゃ。‥‥‥ただ、こ奴は知っているはずなんじゃがのぅ。いつも幻影を使って抜け出すからこうなるのじゃぞ。反省せよ」
自分の仕事は終わったとばかりに俺の後ろまで戻ってきていた子ぎつねが、ユズハから厳しい目で怒られてうなだれていた。
その様子を見て情報収集は欠かさないようにしようと改めて思った。だが、魔獣手帳を一通り見てはいたけど、こんな特徴を持った魔獣の事は書いてはいなかった。この魔獣も、この地域にはいない魔獣だから載っていなかったのか、もっと他の場所の事を知らないと分かりようがないな。
「さて、一応はシュウが戦うところも見ておこうかの。相手には困らなさそうだからのぅ・・・・・しかし、想定していた事態より悪い事が起こっておるようじゃの」
そういった後すぐに二体の黒い狼型魔獣が現れたので、相手をする為に前に出た。ユズハが何か言ってはいたが独り言のようだったので、気にすることなく戦闘を始めたが、苦戦する事もなくすぐに終わった。
あまりにも手ごたえがなさすぎる。さっき子ぎつねへの攻撃の時も思ったが、攻撃手段が単調すぎるのと、二体で現れたにもかかわらず連携もなくて、ただ目の前の標的に向かって攻撃してくるだけだった。
四肢を欠損しても気にすることなく攻撃してくる異常性はあったが、攻撃手段は知っているのにそれを生かす経験がない戦いのようだった。
その後は、ユズハが黒い魔獣のいる位置を感知出来ているようで、始めの数回はシュウと子ぎつねが交互で戦闘して、数が多い時は協力してする戦闘の仕方を確かめながら森の中を歩き回った。
読んでくださりありがとうございます




