依頼の目的地
依頼の達成のために森の中を導の腕輪の示す方向に進みたどり着いた場所は、目の前に見える小高い丘を不自然に避けるようにして周りを森が取り囲んでいる場所だった。
そして、丘の上には木が一本と誰か1人こちらに背を向けて立っている光景だった。
導の腕輪は人がいる丘の上を示しており、不思議なことに森を抜けてこの丘に入った瞬間から魔獣たちの気配はなくなっていた。
どうやら依頼の目的の場所はここでいいみたいだが、先客がいるとは思わなかったな。さらにその先客が、女性だというのも驚きだ。今のこの森の状態で安全に抜けてこれる実力があるのだろうと思いながら、愁は立ち止まっていた足を動かして丘の上へ向かった。
徐々に丘の上に近づいていくと女性が白と黄色の柄入りの着物を着ているのが分かったのだが、この森の中を動きにくそうな着物で通ったにしては汚れ一つ付いていない様子で、何より近づいて見て分かったある二つの特徴が俺とは決定的に違うようなので、どうやらただの冒険者の女性ではなさそうだった。
遠くからも見えていた頭に髪飾りを付けていると思っていたものはどうやら耳だったらしく、金色の髪によく似たきつね色をした狐耳が頭の上についていたのと、着物の下から一つの尻尾が見えていた。
丘の上まで登り女性の近くまで来ると、女性が立っていた前には石で作られたお墓があった。導の腕輪を見ると目的地を指し示す光が無くなっていたので、このお墓が依頼にあったお墓で間違いないだろう。
こちらから声をかけようとしたときに、その女性が振り向くことなくすこし警戒している様な声で話しかけてきた。
「この場所に何用か」
「冒険者ギルドの依頼でこの場所に来ました。ここにあるお墓に依頼品を届けてほしいという内容です」
「お墓に・・・そうか」
依頼の届け物を取り出しながら答えると、女性は振り向いて俺の方を見ると少し驚くような顔をした後、横にずれてお墓の前を譲ってくれた。横を歩いて通るときに女性を見ると、左目の下に泣きぼくろがある妙齢の女性だった。
シュウはお墓の前まで進み目の前にあるお墓をよく見ると、このお墓は相当古くからあったようで風化して欠けている箇所がいくつかあったのだが、お墓の周りには雑草などはなくて手入れされているようだった。
お墓の前に屈んで依頼の届け物の箱をお墓の前に供えるようにして置くと、お墓の前に置いた小箱が光った。小箱の光が収まると小箱は消えて数本の花と封筒に入った手紙がお墓に供えられていた。封筒の表には「もし、そこに美人な狐耳の女性がいたのならこの手紙を読んでください」と書かれておた。
思わず横にいた狐耳の女性を見ると、手を口に当てて驚いた顔をしていた。
シュウは手紙を手に取り立ち上がると、横にいた狐耳の女性へと手紙を差し出した。
「この手紙はあなた宛てのようですね」
狐耳の女性は驚きながらも手紙を受け取り、封筒の封を切ると中の手紙を読み始めていた。その間、シュウはお墓の前に座ると手を合わせて、心の中で来れなかった人の代わりに供養の言葉を言った。
お墓の前で供養していると横から声を押し殺して泣いている声が聞こえてきたが、俺にはどうすることも出来ないので、せめて泣き止むまではここに眠る人の供養をしていようと思い数分の時が流れた。
「其方、すまなかったな・・・」
「いえ、・・・」
「ひとつ、其方に尋ねてもよいか?」
「はい」
「冒険者ギルドの依頼だと言っておったが、この依頼を受けた時に依頼主に会ってここまで来たのか?」
「いいえ、会うことは出来ていません。自分もギルドに依頼者の事を聞いたのですが、依頼主は今どこにいるか分からないそうです」
本当は俺も会ってから来たかったんだが、依頼主の情報が分からなかったからな。
「そうか・・・」
「俺も、1つだけ聞いてもいいですか」
「よい」
不躾な質問になるのは分かってはいるんだが、女性の雰囲気があの時の自分に少しだけ似ているような気がしてどうしても気になってしまった。
「ここに、・・・この場所に眠っている人は・・・・・貴方にとって大切な人だったんですか」
「・・・そう、じゃな。大切な、とても大切な奴じゃった・・・な」
「そうですか。不躾な質問をすみませんでした」
「かまわぬよ」
狐耳の女性は再び涙を零して、多分その人の事を思い出しながら泣いているのだろう。残された人の気持ちは、俺もよく分かるからな。あの時は、泣いていた俺を姉さんは確か・・・。
「っ!・・・」
シュウは女性を優しく包むようにして抱きしめると、女性は少し驚いた後に愁の胸元で小さく声をあげて泣いた。日が完全に落ちて暗くなった丘の上で、女性が泣き止むまでシュウは胸を貸した。
女性が泣き止んで2人は離れると目元を赤くして、少し照れたように笑顔を作りながら話しかけてきた。
「すまぬな。会ったばかりの其方に迷惑ばかりかけて」
「いえ、・・俺も大切な人を亡くして残された人の気持ちは分かります」
「そうか、其方も・・・しかし、このような偶然があるとは不思議なものよ。我がここに来たのは今日のこの時間だけだというのに、よく会えたものよな」
「そうですね。俺も本来なら昨日にはこの場所についていたはずなので、本来なら出会う事がなかったはずですからね」
「そうか、そうか。この偶然で出会ったのも何かの縁じゃろう。まだお互いの名も知らぬゆえ、一先ず自己紹介をしておこうかの。我は妖狐のユズハという」
「自分は冒険者のシュウといいます。昨日冒険者になったばかりで、この世界では【星を渡る者】と呼ばれる存在ですね」
「なるほどの。しかし見た所一人のようじゃが、よくここまで一人で来ることが出来たのぅ」
「森を歩くのは慣れてますしそれなりに鍛えてますから、でもビッグベアーとキリングタイガーが同時に襲ってきたのはちょっと焦りましたけどね」
ユズハは少し驚いた後、シュウが言った事を疑うように聞いてきた。
「ほう、それは真なのか?」
「ええ、ここに来る途中に襲われたんのですが、やっぱり何かおかしいのですか?」
森の中での事はおかしいとは思っていたので一応ユズハさんに聞いてみたのだが、ユズハはシュウを上から下まで見た後に不思議な顔をしていた。
「森の中でその2体に襲われたのに目立った傷一つない其方もおかしいのじゃが、まあよい。通常はその2体が同じ場所にいることはほぼありえないはずじゃ。ビッグベアーがキリングタイガーの縄張りに入ることがまずないからのぅ。キリングタイガーが縄張り争いで負けた個体がいると、この辺りまで来ることがあるとは思うが、今の時期にそのようなことは起きるのはあまりないはずじゃから、何か起きているのかもしれんのぅ」
「そうですか。すごく例外な偶然が起きたのか、それとも何か別の理由なのか」
やっぱり一度ギルドには報告しておいた方がいいな。でも、あの2体に襲われて無傷なくらいでおかしい人扱いを受けるとは思わなかったな。丸腰で戦ったわけではないから、他の人でも武器さえあれば十分戦えると思うんだがな。
「だが、すごいのぅ。さすが魔術師といったところかの」
「・・・何のことでしょう」
「そう警戒せずともよい」
「・・・・・いつ、どうして、魔術師だと分かったんですか」
「ふふ、会った時にすぐ分かったのじゃ。長く生きていると魔力とマナを持つ者の違いがわかるのじゃよ。それより、もう日が完全に沈んでしまったが、街には戻らなくてもよいのか?夜の森は危険じゃぞ?」
時間を見ると7時過ぎになっていて、予定なら街に一度戻っている時間だった。
まずいな、依頼を達成できたのはいいけどこれだと街まで戻ってからログアウトしようとすると8時前になるかもしれないな。そうなると姉さんが帰ってきてるから姉さん絶対に部屋に入ってくるし、ゲームをしていて遅れると最悪ゲームをすることを制限されるかもしれないな。
そういえば、この場所って魔獣がいないみたいだけど、もしかして安全な場所になっているのかな。
「ユズハさん、この場所は魔獣がいないみたいなんですが、何か理由があるんでしょうか」
「それは、魔獣除けの結界をかけてあるからじゃな。魔獣にとってこの場所は近づきたくない気持ちになるようになっているのじゃ。でも絶対入ってこないわけではないぞ。まれに、獲物を追って入ってくることはあるはずじゃからのぅ」
「そうですか・・・」
絶対に入ってくることがないなら、ここでログアウトするのもありだと思ったんだけどな。
「何か困っていることがあるのなら力を貸そうぞ」
「いえ、街まで急げば大丈夫ですので、貴方に迷惑かけるのはさすがに申し訳ないですよ」
「よい、よい、さっき胸を貸してくれたお礼じゃ。それとも、・・・其方は我に恩返しもさせてくれぬまま行くつもりなのか」
「そんな大袈裟な・・・いや、本当に、大丈夫で、・・・・・わかりました。少しだけお願いしたいことがあります」
ユズハは悲しそうな声で上目遣いをしながら腕を掴んできた。最初は断ろうとしていたのだが、ユズハが掴んでいる手を離そうとしなかったので、諦めてクレハさんにお願いを頼むことにした。
ユズハはさっきまでの悲しそうな声とは裏腹に、面白いものを見るようにシュウを見て楽しそうに言った。
「其方は、将来女の尻に敷かれそうな性格をしておるの~」
「うぐっ・・・」
「すでに心当たり有りか」
ユズハはさらに笑顔になり笑っていた。
「はぁ、ではお願いがあります。早ければ30分で戻ってくるので、その間この場所を守ってください。でも、魔獣が入ることがあったのなら俺を置いて逃げてもいいですからね」
「ふふ、其方を置いて逃げたりせぬよ。我もここまで来る実力はあるからの」
たしかに、ここに来るまでに着物に汚れ一つなく来れるくらいだからな。少なくとも俺が出会ったあの2頭を余裕をもって倒せるだけの実力はあるんだろうな。
「そうですね。でも、本当に危険だったら逃げてくださいよ」
俺みたいに本来滅多に出会う事のない魔獣が、2体同時に襲い掛かってくることがあるくらいだからな。最悪の想定を心掛けても損はない。
シュウは木を背にして座りシステムメニューからログアウトを選択した。
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