高校生活(昼休み①)
午前の授業が終わって昼休みになった後、ピークの時間を過ぎて開いている席が多くなってきた学校の食堂で愁がいつもより遅めの昼食を食べていると、同じクラスの男子3人が歩いてきた。3人はテーブルを挟んで愁の反対側に並んで立つと話しかけてきた。
「おい、さっき教室に来てた二年の葵先輩に呼び出されていたのってお前だったよな」
「‥‥」
面倒なことになったな。姉さんの呼び出しから教室に戻った後にやたらと視線を感じたから、教室で弁当を食べるのをやめていつもは行かない食堂に来たが、どうやらあんまり意味はなかったみたいだな。
どうやら、さっき姉さんと話していたことを聞きたいみたいだけど、聞かれたくないからわざわざ普段食べない食堂で食べてる事を察してくれる奴だったら楽だったんだが…。
察してるはずなのについてきてる奴も一人いるから、後でそいつは問い詰めるとして、姉さんもなんで今日はわざわざ教室まで来たんだろうか。1年の教室に2年が来たら目立つんだから前みたいに携帯電話で呼んでくれればこんな面倒な事にならないのに…しかたない、こいつらに正直に話す事もないだろうから適当にはぐらかす事にするか。
「おい、答えろよ」
「そうだけど、何か用?」
「チっ、葵先輩がお前にいったい何の話だったんだよ!」
何が気に入らないのか分からないが、舌打ちをして威嚇するように睨みながら声を荒げた。
「え~と、落とし物を拾ってそれが先輩の物だったんだよ。そのお礼に来ただけ」
「落とし物のお礼?」
「ほんとうか?」
「でも二人してどこかに行ってただろ!どこ行ってたんだよ!」
「あ~、なんか大事なものだったらしくて、お礼に何かするってことでジュース買ってもらってたんだよ」
「へ~、さすが葵先輩。律儀なんだな」
「そっか、噂通りの人なのか…」
「そうかよ。おい、いくぞ…(あの先輩も候補に入れる事にするが、まずは同学年のあいつからだ)」
愁の適当な作り話でも一応納得したらしく、3人は小声で何か喋りながら食堂から出て行った。
さて、これで落ち着いて食べられる。それにしても何で姉さんの行動が気になるのか、わざわざ聞きに来るまでの事じゃないと思うんだが、あいつらはよっぽど暇なのか?。
「さて、噂通りと言ってたが…どんな噂なんだ?なあ、知ってるんだろ」
さっきクラスメイト3人が前に立つと同時に俺の後ろの席にしれっと座って話を盗み聞きしていた生徒が、今にも席を立とうとしている所だったので肩を押さえつけて逃がさないようにした。
「あらら、ばれてたか」
「あんなにわかりやすくついてきていてばれてないとはお前も思ってないだろうが、それで噂ってどんな噂なんだ」
手を放すと、中学からの付き合いとなる悪友の柏木 純《かしわぎ じゅん》は、横に座るとにやにやしながら聞いてきた。
「なになに、噂を知ってどうするんだよ、弱みでも握りたいのか?」
「そんなんじゃない」
「はいはい、心配なんだろわかってるよ。まあさっきのあいつらの言い方からして分かってるだろうけど悪い噂じゃないよ。愁のお姉さんの評判がそのまま噂になってるだけ、誰にでも優しく文武両道でさらに黒髪美人で現代の大和撫子、とまあそのあたりがよく話されてる内容だよ」
「そうか」
悪い噂ではないだろうから大丈夫だと思ってはいたけど、一応確認だけはしておきたかったからな。だが、誰にでも優しいっていうところは、弟以外には優しいって訂正してほしい気はするけどな。
「それにしても、あいつらも鈍いよな。同じ苗字なんだから葵先輩と愁の関係に気づいてもよさそうなのにな」
「似てないから分からないんだろ」
「いやいや、お前が普段から似せようとしてないだけだろ。最近になって必要もないのに時々朝だけ似合わない眼鏡なんかして来るときもあるから、よけいにぱっと見だけだと確かに分からないだろうけど。お前がちゃんとした格好して2人が並ぶと多少なりとも似ていることに気付くだろうけどな。けど、大丈夫か?あんな適当なこと言って、ばれた時には面倒だぞ」
「大丈夫だろ。多分あいつら俺の名前も覚えてないんじゃないか、今日の事なんてすぐ忘れてるだろう」
「まあ、そうかもな。それで、本当は一体何の話だったんだ?」
「はぁ、それがな…」
愁はさっき自分の身に起きたことを、昼飯を食べながら純に話した。
「~ということで明日から一緒に暮らすことになったんだよ。ほんとに明日からの事を考えると憂鬱になるよ」
「でも、原因はお前の自業自得なんだろ」
「確かに今回は俺のせいだったけど、注意したときが何度もあるって言われたから、絶対お前と一緒の時に騒ぎになったときの事も言われてるのは確実だからな」
「まじか、そりゃ悪かったな」
そういえば、考えてみると昨日以外で注意を受けた時はいつも純と一緒だったような…。まあでもこいつに付き合った俺も悪いわけだし、やっぱり今回の件は仕方がないか。
「しかし、美人なお姉さんと同じ部屋で暮らせるなんて役得だと思うけどな」
「役得って・・・俺からしたら手に入れた一人暮らしの自由な空間が無くなったんだぞ」
「そうはいってもな、葵先輩って一年の時に美人ランキング1位になってるから、普通の男子からは羨ましがられるってもんだよ」
「なんなんだ、そのランキング?」
「新入生が入ってくるこの時期に学年一の美人が誰なのかってランキングを作ってるんだとさ。上級生の男子が主体で毎年やってるみたいなんだけど、そのランキングで一年の時に葵先輩が一位だったんだよ。今年もやってるみたいで来月には結果がわかるんだってさ」
「なんだよそれ、変な実害はないんだろうな?」
「ないと思うよ。葵先輩はランキングの1位になったことすら知らないと思う。上級生の男子の一部にだけ結果が公表されるらしいからね。しいて言えば、告白する人が増えたぐらいじゃないのかな。でも、葵先輩に告白する人なんて中学の時から多かっただろうから誤差の範囲なんじゃないか」
上級生の恒例行事みたいなものだとは分かったけど、新入生のお前がよくそんな情報を知ってるもんだよ。まったくこいつは、相変わらず面白そうと思ったことに対する嗅覚がすごいな。高校に入ってから2ヵ月もたってないのにいったいどこまでの情報を掴んでいるんだか。
ほんと、見た目だけなら好青年に見えるんだけどな。たぶん上級生の女子生徒に聞いたりしたんだろうけど、腹黒いことを一切表に出さずによく関係を築けるものだ。
「なるほどな、助かったよありがとう。さて、…」
弁当も食べ終わって聞きたいことも聞けたので、席を立ち食堂を出ようとすると珍しく純もついてきた。
「いつもの自販機に飲み物買いに行くんだろ。俺も行くよ・・・(今の時間なら面白いものが見れるだろうし)」
いつもは誘っても来ないことが多いしいつの間にか教室から消えている事もあって、何かと昼休みは忙しくしてそうな純が楽しそうについてくることに違和感がしたが深くは気にしなかった。
そして、2人が食堂を出た時に純が何気なく聞いてきた。
「ところで、何で今日愁は携帯を持ってないんだ?」
「…?なに言って…」
「何回も電話かけてもでないからさ、今日携帯もってないんだろ。寮にでも忘れたのか?」
そういえば、昨日部屋を片付けている時に携帯の画面が割れたんだったな。割れた画面で反応がなくて操作できなかったから持っていても仕方ないと思って寮に置いてきているんだった。そうか、それで姉さんも教室まで…ということは、結局はさっきの面倒も俺自身の自業自得だったという事か。
「はぁ…」
「なんだよ、いきなりため息なんかついて」
「なんでもない、携帯は寮において来てたんだ。昨日なーー」
愁は昨日の事を話しながら純と2人で、旧校舎の裏庭へ向かって歩いていった。
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