高校生活(教室)
朝からいろいろあって疲弊した愁だったが、午前の授業が始まり休み時間を経てお昼休みが始まるころには、眠気もなくなりいつも通りの学校生活を過ごしていた。
昼飯の弁当を食べる前に、朝に純のパンを買うことになったついでに買った自分の分の総菜パンを窓際の席で食べながら、俺の前の席に勝手に座ってパンを食べている純に話しかけた。
「純、人の金で食うパンは美味いかよ」
「美味いね。後はこれに一つまみのスパイスでもあれば、最高なんだけどね」
「何言ってんだお前?」
純が食べているのは、朝に食堂の購買で買ったカレーパンなのだが、この学校のカレーパンはスパイスが効いていて美味いと評判のパンで、前に純が食べた時に「評判通り美味いパンだ。文句のつけようがない」とか言っていたのでスパイスを加えなくても美味いはずなんだが、入学してから純の好みの味でも変わったんだろうか。
「まあ、愁も今に分かるよ」
「・・・?」
まあいいさ、この後は面倒だけど生徒会室にも行かないといけないからな。いつもなら弁当を食べた後に、いつもの場所でコーヒーでも買って飲みながらゆっくりするのにな。
「それより、そんなにのんびりしていてもいいのか、愁?」
「何がだよ?」
「さっき言ってたじゃないか、藤本さんたちと生徒会室に行かないといけないって」
「別に生徒会室まで一緒に行かないといけないわけじゃないだろ。話し合いの時にその場にいればいいだけなんだから、ちょっと遅れるぐらい大丈夫だよ。・・・多分」
クラスメイトと話していたって言えば少し遅れることぐらい許してくれるだろ。
藤本さんはこの教室にあの3人組がいるから俺がいる教室には絶対に来ないだろうし、すぐに向かって途中で鉢合わせする可能性だけ注意していれば、一緒に向かうことになることもないから向かう時間をずらして少しでも面倒ごとが起こらないように努力しないと、俺の平穏な学生生活が送れなくなる。
「そう言って色々小賢しいことを考えているのは分かるけど、朝に見た感じだと俺は逆効果になると思うけどな~。面白くなりそうだから、俺はいいんだけど」
「お前が面白くなる事なんて起こらねえよ」
「そうかな~。俺には愁にとっての日常の破滅への足音が聞こえてくる気がするけどね」
「なんだよ破滅への足音って?」
純はそう言って、笑顔で前の席から廊下の方に目を向けていた。
確かにさっきから騒がしくなっているけど何なんだ?誰か騒ぎでも起こしてるのかよ。・・・・あれ、そういえば先週この教室に姉さんが来た時もこんな感じだったな。
でも頼んでいた用事は今日の昼に生徒会室で話すはずだし、あの姉さんが約束を忘れて俺の所に来るはずないよな。何なんだいったい・・・・・はぇ?・・・。
廊下の方を見ると教室の前のドアから藤本さんと立花さんが誰かを探すように教室の中を見ていた。俺はとっさに教室のカーテンを引っ張り覆うようにして顔を伏せると、純に話しかけた。
「純、多分お前にお礼を言いに来たんだろう。行ってこい」
「愁、何言ってんの。あの時の三人がいる教室で、お礼を言いに来るわけがないじゃないか。間違いなく違う人を探している感じだよな。そう思わないか?愁」
「・・・・・・」
分かってるよそんなことは!でも、まさかあの3人組がいる教室に来るなんて思わないじゃないか。
こんな事なら余計なことを考えずに速攻で生徒会室に向かうんだった。どうして今日は悉く行動が裏目に出るんだ。
顔を伏せながら耳を澄ませていると、橘木の声が聞こえてきた。
「やあ、藤本さん。わざわざこの俺、橘木 誠に会いに来てくれたのかい。やっと思い出してくれたんだね。そうだよね、あの卒業パーティーの夜の出来事や運命的に高校の入学式で出会えた事を忘れるはずがないからね」
「いや、違うんだけど・・・」
「あれ、立花さんも来てくれたのかい。君はもう少し背が高かったら俺の嫁候補になれたんだけどね。顔はとても可愛らしいから残念だよ。そうだ、つれの1人なんだけど君みたいな子が好きなやつがいるんだ。彼でよければ紹介するよ」
「結構なの」
「藤本さん貴方がせっかく来てくれたんだけど、この教室ではもてなすことも出来そうにないから一緒に中庭にデートにでも行かないかい?父上が雇ったデザイナーが作ったものだから、きっと気に入ってもらえると思うよ」
「・・・・」
藤本さんに聞いてから橘木の事は見ていたんだが、教室にいるときは親の自慢していたりとかするぐらいであとは普通に勉強が出来るやつなんだなとか思っていたんだが、藤本さんの前だと橘木ってこんなに面倒な奴になるんだな。さっきから橘木ばかりが話していて教室の皆や藤本さんと立花さんもいるはずなのに話し声が聞こえないな。二人は橘木がいたからやっぱり帰ったんだろうか。
そんなことを思っていると藤本さんと立花さんの声がものすごく近くで聞こえてきた。
「ねえ、真城 愁君は、ここの席だって聞いたんだけどあってるのかな?」
「入り口の女の子が教えてくれたの。一番奥の窓際の席っていってたから間違いないの」
「合ってるよ。このカーテンを被って寝たふりしてるのが愁だよ。藤本さんに立花さん」
おい、純!せめて寝ているって言えよ。なんで寝たふりしている事を正直に言うんだよ。それに誰だ俺の席の位置を教えたやつは、女子の知り合いなんてこのクラスにはいないから普通は俺の席の位置なんて覚えている奴なんていないだろうに、俺なんて・・・・・純ぐらいしか名前を知らないんだが。
「え~と、ということは貴方が柏木 純君なのかな?」
「そうだよ、愁の親友の柏木 純だよ」
純の奴どの口が言ってやがる、誰が親友だ。俺はお前の事をそう思ったことは一度もないぞ。こいつの座っている椅子を思いっきり蹴り上げたいが、それをしてしまうと寝ていないのがばれる。
「今日お昼一緒に生徒会室に行く約束だったのに、寝てるんだ。へ~」
「真城くん、早く寝たふりはやめた方がいいの。これ以上の無駄な抵抗はやめるの」
「愁、人生諦めが肝心だぞ」
2人は小声で俺にしか聞こえないように言ってきたが、純だけは楽しそうに言ってきているのが顔を見なくても分かった。
この状況だとあきらめた方がいいのは分かっているが純に言われると腹が立つ。よし、今からでも何とかしてこの窮地を乗り越える方法を考えるんだ。明日からの平穏な日常がかかっていると思えば乗り越えれるさ、多分。
とりあえず、何か策を考えてから今起きたような雰囲気で起きるとして・・・・。
「えっと、それでいいの?じゃあ・・・それ以上、寝たふりを続けているとここに来た目的をみんなにも聞こえるけど話していい?」
「起きました。えっと、・・・今起きたんだけど。どういう状況なのかな、教えてくれるかな親友の純」
この教室中が静まり返って見ている中で余計なことは言ってくれるなよ、純。藤本さんに話しかけていた橘木を含む3人組なんてこっちを見て固まっているな。藤本さんは何かあいつらに言ったのか?それとも無視してこっちまで来たのだろうか?。
いや、今はそんなことより、俺の初めての親友なんだから分かっているよな、純。純の目をにらむように見ながらアイコンタクトを送ると、純は微笑みながら頷いて分かってくれたのかと安堵していると、愁が教室中に聞こえるほどの声で教えてくれたので、思わず頬がひきつった。
「(このたび学年別彼女にしたいランキングの1位と3位の)藤本さんと立花さんが愁に話があるって、わざわざこのクラスまで来てくれたんだってさ。それと、愁の起こし方は俺が教えてあげたよ」
別に今そのランキングの情報はいらねえよ。しかもわざわざ、俺の名前を大声で言わなくてもいいんだよこの馬鹿は、こいつに話を振ったのが間違いだった。
もう一生こいつに頼るのはやめておこう。こいつに頼ると絶対に状況がよくなることがない。
「体調が悪くて寝てたんじゃないよね?忘れてたりしてないよね?」
「はい、大丈夫です。半分起きてたので話も聞いてたから・・・」
疑いの目で藤本さんに見られて顔を背けると立花さんと目が合い、立花さんは首を振りながら「やれやれなの」と言われてしまった。
「それじゃあ、愁。行きましょうか」
「さっさと向かうの」
「分かったよ・・・」
「じゃあまた後でな、愁」
藤本さんと立花さんは教室の後ろの出口に向かって歩いて行った。
俺もついて行こうと思い立ち上がろうかと思ったが、むかつく笑顔で見送ろうとしている純を席から立つ前に前の椅子を蹴り上げたのだが、上手く椅子ごと立ち上がって躱されたので思わず舌打ちをしてしまった。
「チっ‥」
「危ないじゃないか、愁。今の威力だと学校の備品を壊しちゃうよ?」
「うるさい、それより帰ってきたときのフォローはマジで頼むからな。じゃないと、命はないと思えよ」
席から立ちあがりカバンの中にある弁当を取るときに、小声で純にだけ聞こえるように言ったのだが、純は気にせず前の席に椅子ごと座りながら「これしだいかな」と言って、さっきまで食べていたパンの袋を右手で振りながら俺の目の前に持ってきた。
こいつマジでいい度胸してやがる。まあいいさ、パンぐらいで協力してくれるなら奢ってやろうじゃないか。
「わかったから、本当に頼むぞ」
「了解」
さっきひどい目に遭ったばかりだが他に頼れる人もいないので、念を押すように言い放った。
「絶対だからな!!」
「大丈夫、対価と報酬には釣り合う働きをするよ」
「何してるの。早く行くよ?」
「早く来るの」
藤本さんと立花さんはもう教室の外に出て手招きをして待っていた。
そして俺も廊下に向って教室を出ようとしたときに、静まり返っていた教室で声をあげる男がいた。
「ちょっと待て」
橘木はそういった後に教室の前に座っていた2人を後ろに引き連れながら教室の後ろまで来た。
「お前、誰なんだよ」
あ~この三人が本当にあの食堂で俺が弁当食ってた時に来た奴らなら、本当に俺の名前を知らなかったんだな。初めて正面から向き合って改めてちゃんと見たけど、なるほど。
真ん中の今喋ってる奴が橘木ってことだな。伸長は俺と同じ177㎝ぐらいか、少し低いくらいだな。そうだな、見た限り特に特別な運動をしている感じではないな。運動神経は普通で、そういえば勉強も普通にできるぐらいだったな。
後の二人は、・・・ふ~ん、少しさわったぐらいか。全体的に未熟なところが多いけど普通の高校生ならこの程度だと優秀な部類に入るのかな?まあ見た目の体格は俺より大きいけど色々お粗末だな。
「おい、聞いてんのか!」
「ああ、聞いてるけど?」
「お前誰なんだよ!俺のおんなの藤本さんに取り入ろうとしやがって」
俺のおんな?後ろを振り返って藤本さんを見ると、驚いた顔をした後ものすごい勢いで頭を横に振っていた。その光景が面白くて少し笑いそうになってしまったのだが、橘木の方を向いて自己紹介をした。
「俺は真城 愁だけど、藤井さん全力で否定してるみたいだけどちゃんと本人と話し合ったのか?」
「当たり前だ。中学の卒業パーティーで夜に二人で話した時に誓ったんだ」
首だけを振り返り後ろを見たのだが、藤本さんは頭だけでなく手も交えて全力で否定していた。
俺はその場にいたわけではないので、本当の事は知りようがないのだが藤本さんがここまで全力で否定しているってことは、橘木の勘違いか思い込みなのかそれとも、そう思えるような何かがあったという事なんだと思うんだが、もし聞いても大丈夫な話なら藤本さんに橘木が言っている時の事でも聞いてみるか。
とりあえず今は、こいつらをどうにかして生徒会室まで行けるようにしないとな。このまま教室にいたらどんどん人は集まってくるし次々と面倒なことになりそうだからな。
「まあ、その話はいいや。自己紹介も終わったし、2人が話あるみたいだからもう行ってもいいか」
「まてよ!話すならここの教室でもいいだろうが!」
「こんなに静まり返った教室で話なんてしていたら、誰かが盗み聞きしているかもしれないじゃないか。それを心配して藤本さん達が場所を移そうとしているんだから、ここだとだめなのは当たり前だろ。それじゃあ」
3人組に背を向けるようにして教室を出ようとしたときに、誰かの息をのむ声がした。
そして、人一人が倒れる音と驚くような悲鳴が遅れて教室に響いた。
「おいおい、大丈夫か。いきなり走ってきてこけるなんて危ないだろ。ちゃんと足腰鍛えているか」
愁がそう声をかけたのは3人組の1人で体格の一番良かった奴で、その男は愁の足元でうつ伏せで倒れていた。その男は立ち上がろうと動いていたのだが、なぜか起き上がろうとせずうつ伏せのままであった。
愁はしゃがんで背中に手を置いて、たたくようなしぐさをした後に立ち上がって純に話しかけた。
「純、ちょっと立てないみたいだから、後で見てやってくれ」
「了解、ただしパンのランクアップな」
純のやつ、がめつい奴め。
「分かったよ。それじゃあ行こうか」
そう言い残して、愁はみんながあっけにとられている教室から出ていき2人を連れて生徒会室に向かっていった。
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「さて、そろそろ起こしてやるか」
純はそういうと、さっきまで愁がいた所に野次馬まで集まってきているなか、純は人の輪をかき分けて中心に入っていった。
そこには、心配そうに見ている生徒といまだに倒れている奴を怒鳴りつけている橘木がいた。
「おいさっさと起きろ。何してんだ派手にこけてみっともない真似してんじゃねえよ」
「はいはい、ちょっと失礼」
「なんだお前」
橘木の声も気にせず倒れた男に近づき背中を一度たたくと、男は大きく息を吐きだしせき込みながら叫んだ。
「も,もどった!?」
「はあ?何言ってんだお前?それより何ですぐに起き上がってこなかったんだよ!」
「呼吸が出来なかったんだよ。何かが足に当たって転んだあと、呼吸が出来るようになって起き上がろうとしたときに、何故かまた呼吸が出来なくなって、それで、‥俺も訳が分からないんだ‥」
「それだけ喋れるなら大丈夫そうだな」
そういうと、純もその場を離れるようにして教室から出て行った。
お読みいただきありがとうございます。




