乙女の電話
とある一戸建ての少女の部屋。
1人の女の子がベットの枕に顔を埋めながら足をパタつかせていた。時々嬉しそうなくぐもった声をあげて、枕を抱えたまま左右に動いたりしていたが、何かを思い出したように枕を置くとベッドに腰掛けた。
「そうだ。美羽に電話しておかないと」
そう言うと理奈は、愁との通話が終わった後にテーブルの上に置いていた携帯電話を手に取って、美羽の連絡先を探してから電話をかけた。携帯をスピーカーにしてテーブルに置いてベットに置いた枕を再び抱えていると、数回の呼び出し音の後に電話からは美羽の声が聞こえた。
「もしもし、理奈?」
「美羽!電話あったよ!ちゃんと来た。美羽が言ってたとおり渡したハンカチ無くしてはなかったみたい!」
理奈は抱えていた枕を力いっぱい抱きしめてとても嬉しいことがありましたと、電話越しの美羽にもわかる声で美羽に話しかけていた。
理奈の声を聴いてすぐに愁と連絡が取れたことを察した美羽は、理奈が少し落ち着くのを待ってからからかうように話した。
「そう、良かった。これで、この2日間も聞かされ続けた理奈の愚痴から解放されるの」
「そんな、別に、愚痴なんて・・・そんなには言ってない・・よ?」
理奈は思い当たる事があるけど恥ずかしさや認めたくない気持ちがあったので、少し反論するように言ったが美羽からこの2日間の事を事細かく言われて枕に顔を埋める事となった。
「真城くんから電話がこないって泣きそうになってたの。それ以外にも間違えてあの橘木君の電話にでちゃって最悪だったとか、ハンカチ無くしたのかなとか、約束忘れたのかなとか、この2日間で5回は電話をかけてきてるの」
「ごめんなさい、でも、だって・・・」
枕に顔を埋めるだけでは恥ずかしさを埋めるのに足りなかったのか、ベットにあったブランケットを頭から被ってベットの上で体育座りになってしまった。
「別に怒ってはないの。でも、今まで理奈が電話1つでこんなに不安そうにするのは初めてだったからちょっと心配していたの」
「それは、前にも少し話した高校の入学式の日にあった公園での事と関係があるからで・・・」
ブランケットから顔だけを出して美羽に理由を話した。
「でも、まだ真城君があの時に助けてくれた人とは確信してはなかったんじゃないの?」
「それなんだけど、さっきの電話でその件もそれとなく確認してみたの。そしたら、入学式の後にあの自然公園にはいたみたい。愁は隠そうとしていたけど、学校の裏庭で声を聴いた時からもしかしたらと思っていたけど、やっぱりあの時助けてくれたのは愁だったんだと思う」
「ふむ、そうなの。理奈がそこまで言うなら人間違いではないとは思うけど、何故真城くんがあの時に自然公園にいたのかは聞いたの?」
「それは聞けてないけど、本人も認めようとはしていなかったし・・・・・・」
理奈がそう言った後、何故かしばらく美羽からの返事がなかったので、美羽に何かあったのかと思い話しかけた。
「美羽?どうしたの?」
「ごめんなの。少し考え事をしていたの。・・・ところで、いつから惚れたの?」
さっきまでの真面目な雰囲気からは真逆の楽しむような声で美羽が問いかけてきた。
「べ、別に惚れてなんていないって!!」
「はいはい。で、気になるようになったいつなの」
理奈はいきなりの事で動揺して否定しようとしたが。美羽は聞く耳持たずに再度問いかけてきたので否定はしつつも気になった時の事を話した。
「違うからね。けど、最初に興味を持ったのは一昨日に会った時かな。一目見た時は外見の雰囲気は違っていたけど、話した時の声は同じだったし助けてくれた時の対応が似ていたの」
「2回も助けてもらったから運命でも感じたの?」
「だから~そんなんじゃないの。でも助けてもらったのは、ゲームも含めたら3回になっちゃった」
「のろけ乙なの」
「もう、美羽!からかわないで」
「ごめんなの。でも、助けてもらっただけで理奈が惚れるとは思えないの。理奈はそんなちょろ子じゃないの」
「ちょろ子って・・・。でも、ちょっと自分でも不思議に思うところがあるんだ。今まで会ったことはないはずなのに気になるんだよね。それに、ゲームの小屋で話していた時に愁が泣きそうで悲しそうな顔をした時があるんだけど・・・・」
「泣きそうで悲しそうな顔?何をしたの、理奈」
「違うよ、私は何もしてないよ。でもほんとに泣きそうで悲しそうでその時の表情が何故かとても気になるの」
「よく分からないの」
「うん。多分、あの自然公園で愁と会った私にしか分からないと思う」
あの時、自然公園で会った時に愁は多分何かに悲しんでいたと思う。ほんの少しの間しか顔を見ることは出来なかったけど、あの時の愁はとても悲しそうでつられて泣きそうになるようだった。だから、自然公園で会った時と同じ顔をされたときに胸が締め付けられるような感じがした。愁がこんな悲しい顔をさせたままにしてはいけないと、愁にはもっと優しく笑った顔が似合うと何故かそう感じた。
愁が優しく笑うところを考えていると、どこか懐かしい気持ちになって古い大切な記憶、小さい頃にあの公園で笑いかけてくれた男の子の笑顔を思いだしたとき、美羽の少しあきれるような声が聞こえて我に返った。
「よく分からないけど、理奈と真城くんが赤い糸で結ばれているのはよく分かったの」
「赤い糸なんてそんな・・・」
理奈はさっきまで考えていたことを思い出そうとしたが、ミュウに言われたことを考えて恥ずかしくなり、自分の顔が赤くなっていくのがわかるほど動揺して上手く否定することもできずにいた。
「否定したり照れたり、忙しい理奈なの」
「そうさせているのは美羽じゃない。もう!」
美羽に人をからかいすぎだと注意をしているうちに、さっきまで思い出そうとしていた古い記憶を忘れて話していると、美羽が問題の3人組の事を聞いてきた。
「でも、明日からまたあの3人組が付きまとってくるけど、結局安全な場所は見つけることが出来たの?」
「それなんだけどね。明日のお昼休みは生徒会室に行くことになったのよ」
「生徒会室に?何でなの?」
「実は愁が相談した相手って現生徒会長の葵先輩だったのよ。しかも、愁と葵先輩って姉弟だったの。言われてみれば似てると思ったけど、全然気づかなかった」
「なるほどなの」
美羽があまり驚かなかったので不思議に思い聞いてみた。
「美羽は驚かないの?」
「ゲームの中であった時にそうなのかもって思ったの」
「へ~そうなんだ。ゲームの中で2人が会った時も思ったけど美羽と愁って気が合いそうね」
「心配しなくても理奈の初恋相手を取らないから安心するの」
「もう、美羽!」
「ごめんなの。お昼の件分かったの。それと理奈、言っておくけど学校ではちゃんと真城くんと呼ぶように気をつけるの。余計な面倒を真城くんにかけたらだめなの」
「えっどうして?さっき電話していた時も愁って言っていたけど何も言われなかったよ?」
「はぁ~だめだめなの」
「何でだめなの?」
「いいから、よく聞くの・・・・・」
理奈は今の自分の容姿を自分でちゃんと理解してないの。今までクラスメイトでも名前で呼んだことのない理奈が、いきなり他の男子を名前で呼び捨てにすると大変なことになるの。せっかくの気になる男子に嫌がられない為にもちゃんと言っておかなければならないの。
それに、多分だけど真城くんはゲームからログアウトしたばかりだから、そのまま呼んでいるだけだろうとか思っているに違いないの。会って分かったけど基本的に面倒ごとは避けようとするタイプに間違いないの。
その後も夜遅くまで理奈と美羽の電話は続いたが、美羽の努力も空しく理奈が愁を真城くんと呼ばせるようにする事は出来ず、これが恋に落ちた乙女の盲目ゆえなのかと美羽を震撼させた。




