姉と弟
2018/12/15 大幅に改変・追記
2019/12/13 改変・追記
神陸VR高等高校のあまり使われていない物置となっている教室の一室。
高校指定の制服を着た男女の生徒が教室の中で向かい合っており、いろいろな物が所狭しと置かれている為に教室の入り口から窓までの通り道しか整理されていない部屋の中。
男子生徒(真城 愁)は床の上に正座で、女子生徒は男子生徒を見下ろすように目の前の椅子に座っていた。
「なんでここに呼び出したか、もう分かってるわよね?」
「すいませんでした。もう昨日の様な迷惑をかけるような事はしません。姉さん」
愁が頭を下げながら言うと、目の前にいる姉さんは大きなため息をした。
「はぁ、あのね。寮に住むときにも言ったと思うけど、周りの人に迷惑かけないようにして両親に心配かけない事を条件に1人で寮に住むを許可されていたわよね。だから、愁の事で何かあったら私に話が来るように管理人や寮長には言っておいたら、入学して2か月しかたっていないのに何故何度も寮長から愁の事で相談に来るのよ」
あれ?何回も?管理人から注意されたのは昨日が初めてのはずだけど、それ以外に注意されるような事は……、していないとは言えないけどバレてはいないはずなんだけど…。
でも、一週間前ぐらいに姉さんからのメールで何か注意するようにみたいな事を書いていたメールがあった気がする。あの時は色々あって詳しく見ていなかったけど。
「何回も?えーっと、注意されたのは昨日が初めてだと思うんだけど…」
「愁が直接管理人から注意をされたのはね」
「それは、姉さんには他にも何か言われていることがあるという事ですか?」
「そうよ。ちなみに何回あったと思う?」
にっこりと笑顔だけど楽しそうには見えない顔で尋ねられて、背中に冷や汗を流しながら姉さんの顔色を窺いながら、入学してから色々あった事を思い出しつつ慎重に答えた。
「えーっと、にか…いや、さ、3回くらいあったりするの、かな…と、思ったり‥‥」
愁がそう答えるといきなり姉さんは立ち上がり、教室の中に積まれていた段ボールに入っていた来客用のスリッパが入っている段ボールから一つ手に取って、愁の頭を軽くはたいた。
「不正解です、5回よ!昨日の事を入れると6回になるわね。それに、一週間前にはちゃんとメールで伝えたでしょ。次に何かあったらさすがに家に報告するからって、それにもし何か困っている事でもあるなら私に相談してくれてもいいって言ってあったのに、私の所に来るのは愁からの相談じゃなくて愁への注意しか話が来ないのはどういうことなのかしら?」
愁は即座に頭を下げながら言った。
「本当にすいませんでした。もう今後一切、寮では事は迷惑をかけないです。両親や姉さんを心配させることもしないので、家への報告はやめてくれないでしょうか。それ以外なら何でもしますのでお願いします、姉さん」
「ふ~ん、…(何でも、ね)」
愁の言葉を聞いた目の前の姉はにこりと微笑みながら小声で呟き、よく聞き取れなかった愁が顔をあげて姉さんを見ると、今までの経験からこれから自分にとって良くない事が起きると確信した。
愁の顔が青くなり、すぐさま少しでも被害を少なくするために、慌ててあまり無茶なことは言われないように訂正しようとしたのだが。
「いや、出来れば俺にできる範囲内で…」
「愁。何でもするっていったよね」
「それは、あの、言葉の綾で…」
「へ~。忠告を無視して6!回!も!注意を受けたのに両親に連絡がいかなかったのはなぜだと思う?私が、一度は学校側から両親に連絡するのを止めて様子を見てくれるように頭を下げて回ったんだけど、その事についてどう思う?」
「‥‥‥‥」
愁は力なくがくりと頭が下がると最初の正座の体勢で姉さんが話すのを待った。姉さんはその姿を確認するとおもむろに言ってきた。
「実は前から私も一人暮らしをしようと思っていたのよ。今までは家から通学していたけど、家から高校まで距離があるから朝早くに学校来る用事があるときなんかはやっぱり大変なのよね。それでね、少し調べてみたんだけど2LDKで学校から近くて、利便性もまあまあいいところが見つかったのよ。でもね、両親に言っても女の子の一人暮らしは危ないからダメだって、一年前と同じ理由で許してくれないから、どうしようかと思っていたんだけど…」
何をさせられるのかと身構えていると、何故か姉さんの1人暮らしの話が始まった。話を聞くかぎり、母さんは話せばまだ何とか説得できそうだけど父さんは絶対に一人暮らしには賛成しないだろう。俺自身にもあったことを考えると、絶対に断固として姉さんの独り暮らしに反対する父さんの姿は容易に想像が出来る。そういう俺も、姉さんの1人暮らしにはちょっと反対かな。姉さんは知らないだろうけど、中学の時の事もあるし世の中は本当に何が起こるか分からないからな…。少し昔の事を思い出したりしたが、姉さんが放った一言を聞いてさっきまで思い出していたことが一気に吹き飛んだ。
「お母さんとお父さんにね。愁と一緒に住もうと思っているんだけどって言ったら、それなら大賛成よってお母さんには言われて、お父さんはまだ心配そうだったけど愁が一緒に住むなら大丈夫だろうって言われたのよね」
「へっ?は?一緒に?えっ?」
混乱する俺を置き去りにして話が進む。
「愁って高校の寮に入ってから全然連絡してないでしょ。お母さんなんていつも私に愁の事を聞いてくるんだから、ちゃんと連絡とってあげなさいよ」
姉さんの言う通り自分から連絡をすることはなかったけど、親から来たメールには返事をしていたはずだけどな。あまり携帯を使わないから返事は短くなっていたとは思うけど。
いやいや、それより今は姉さんの思い付きの件だ。よりにもよってなんでこのタイミングなんだ。ようやく落ち着いてきたし、明後日からはゲームの事もあるから色々準備をしようとしていたのに、姉さんと一緒だと寮での一人暮らしの時より確実に自由な時間が減ってしまう。ここは何とかして、この場を乗り切る打開策を‥‥。
「まあ、その事は今はいいわ。どう?一緒に住んでみない?私としては家賃もお父さんが出してくれるし、弟の事も詳しく把握できて両親にも愁の事をもっと詳しく話せるようになるから、いいことづくめなんだけど」
「いや、俺がもう周りに迷惑かけないから一人暮らしをつづk…」
「本当にもう迷惑かけない?次はないわよってメールしていたのに、この状況になってる実績はあるけど、それに管理人からも次に何かあったら両親に連絡させてもらいますって言われてるから、次は私でも止められないと思うけど」
「…けたかったな~」
椅子に座り足を組み全く信用していないという目をして姉さんが言ってきた。これから先、一度も注意を受けないというのは絶対に無理だな。ここはおとなしく従っておいた方がよさそうだな。
「じゃあ、決まりね」
これは…しかたないな。自分の不注意でこうなってしまっては何も言い返せない。それにこんな提案(姉さんの監視つき)までしてくるということは、次にやらかすと最悪の場合は両親に連絡が言って強制送還で一人暮らしすらできなくなりそうではあるし、まだあの場所がある街には帰りたくはないからな…。
でもまあ、姉さんと暮らすことになったとしても今すぐってわけではないだろうし、明後日のゲーム開始からまだしばらくは寮で出来るだろうから、その点はまだよかったかな。せっかく当選したのにゲーム開始日にプレイ出来なかったら最悪だからな。一応いつぐらいに引越しの予定なのか聞いておこうか。
「あの…姉さん?」
「なに?」
「ちなみに確認なんだけど、いつぐらいに引越しの予定なの?」
「そうね、もう部屋は契約済みで明日からでも住める状態で、私の荷物は手配済みだからすぐにでも住めるかしらね」
「‥‥‥‥」
姉さんの言ったことが信じられず、さっき言われたことを頭が理解するまで時間を要したため、部屋の中は長い沈黙が訪れた。
そして、ようやく姉さんの言ったことが理解できて、愁が身を起こして慌てて必死に説明を求めようとした。
「いや、ちょっ、ちょっと待って姉さん‼明日には住めるって、いやいや、何でもう部屋の契約してるの!?俺は今日初めてこの話聞いたよね?承諾しなかったら姉さんどうしてたんだよ」
「大丈夫よ。愁を説得できる材料はならまだまだあったもの。今回は愁が忠告を破ったから、それに便乗しただけ」
えっ何それ。おれを説得できる材料って…色々心当たりはあるけど、何をどこまで知られているんだろうか。あまり深くは考えないでおこうか、藪蛇はごめんだしな。
「じゃ、愁も一緒に暮らすことになったし、引越しの予定も伝えたから私は帰るわね。ちなみに、愁の住んでる寮は月末までだから、明後日までには引越しを終わらせなさいよ。じゃあね」
姉さんは言う事だけ言うとさっさと部屋を出ていき、部屋には愁一人が床に座った体勢のまま取り残されていた。
そして、去り際に言われた言葉を理解し始めると少しずつ動き出した。
「え、…は?‥‥月末までって月末は明後日だよな?ゲームの開始日は明後日だから、明日中に引越しをしないと…」
脳が言葉を完全に理解した頃には、全てにおいて姉さんの手のひらの上だったことに対して怒りがこみ上げてきて、立ち上がると叫んでいた。
「最初っからおれに選択肢がなかったじゃないか。姉さんのバカやr・・・」
ガラガラガラ
愁が叫んでいる途中に後ろの閉まっていた引き戸の入り口が再び開く音がして、恐る恐る人違いを期待しながら振り返るも願いかなわず、先ほどまで話していた姉さんが話しかけてきた。
「それと、さすがに急すぎるからかわいそうだと思って明日に引越し業者を頼んでいたのだけれど、…それだけ元気ならいらないのかな。明後日までにひとりで引越し頑張ってね」
再び扉の閉まる音とともに姉さんは去っていった。
その後、慌てて姉さんを追いかけて何とか謝って朝と夜の食事係と掃除当番を1か月間は俺がする事で業者の手配の件を進めてもらうことが出来た。
お読みになっていただきありがとうございます。