初戦闘(難易度 ???)
小屋の裏にある柵の中でスキルの確認をしていたはずが、何故か逃げることの出来ない強制エンカウントを師匠(仮)にさせられた。
事実を改めて確認したところで、この世界に来て初めての戦闘になった訳なんだが、見るからに強そうな雰囲気のある相手だな。
2mはかるく超えている大きさで全身を黒の甲冑を身にまとい、前から見える背中には一振りの漆黒の大剣を背負っている。対面するだけで嫌な威圧感を感じるので、普通のプレイヤーで戦闘の初心者が戦う相手ではない気がするのだけど、ちょうどいいな。
俺自身のスキルでまだまだ不確定要素が多いけど、こんなにも早く強敵みたいな人と戦闘することが出来るとは思わなかった。何処までいけるのか、試しがいがある。
「なに?笑ってるの?・・・さっきも言ったけど、柵からは出れないわよ。手加減はするように指示しておくけど、本気でやらないと怪我じゃすまないから気を付けてね。あと、この子は魔法生物で中に人は入っていないから、相手の怪我の心配する必要はないわよ。どこまでやれるか頑張ってみてね」
魔法生物?魔法生物がどういうものなのかはよく分からないが、人が中に入ってはいないなら相手の心配をしなくていいのは余計な不安が無くなっていいけど、中に人がいないことで逆にやりずらくなったな。中に人がいるなら、打撃や出血で弱体化できると思っていたが、中身がないなら弱体化させるには鎧の破壊しかないだろうけど、簡単には壊れてくれそうもないんだよな。それに、一番の懸念事項は人の動きの限界を超える動きも可能かもしれない事だな。魔法生物の知識がない分どんなことをしてきてもおかしくないだろうから、頭の隅にはおいておこう。
師匠(仮)の性格だと、中に人が入っていないってことは寸止めして終わりってわけにはいかないだろうから、しかたない、一応は対人戦で有効な鎧を着る相手への効果的な戦術は試してみて、通用するかどうかを確かめて、勝てる方法を探っていくしかないな。
「それじゃあ、いくわよ。いけ~クロナイトちゃん」
クロナイトちゃん、ね。絶対に鎧の色が真っ黒で騎士みたいな鎧をしているからつけた名前なんだろうな。
気の抜ける合図で始まったが、余計な事を考えている場合じゃないな。ゆっくりとだが、背中の大剣を手に取り鎧が構えを取るように動きだした。
こっちもスキルを使って備えないといけないな。
「『スプレッド・スリーカード』(マナ7/10)」
【ソード Ⅸ(大鎌),ソード Ⅲ(大剣),ソード Ⅶ(薙刀)】
展開されたカードはすべてソードのカードになったか。どれも癖のある武器だけどすべてソードのカードになったのは助かったな。あの鎧にはさっき確かめたペンタクルのカードの効果くらいではほぼ効きそうにはなかったからよかった。
さて、まずは相手との武器の性能と実力の確認をしようか。その為にも、まずは同じ武器で戦うほうが分かりやすくていいな。【ソード Ⅲ(大剣)】のカードを手に取り使った。カードが大剣になって構えた時には、相手もすでに背中の大剣を上段に構えていた。
どうでようか、見ただけで分かっていたことだけど、あきらかに相手の黒い大剣とこちらの鉄の大剣では性能の差がかなりありそうなんだよな。まともに受けると刃こぼれだけですみそうにない。
こちらが大剣を中段に構えて相手の様子を窺っていると、漆黒の鎧が前に動いて何かが爆発したような大きな音とともに、いきなりすぐそばの距離まで一瞬にして迫ってきた。
「!?、うそだろっ・・・」
漆黒の大剣がこちらを頭から真っ二つにするように振られてきたので、漆黒の大剣を自身の大剣で右に受け流せるように掲げて受け流そうとすると、とてつもない音と衝撃が耳と手に伝わってきた。一瞬で無理だと悟ると、何とか左に飛ぶようにして転がりながら距離を取った。黒い鎧は大剣を振り切った状態のまま静止していたので、自分の大剣を見てみると、相手の大剣を受け流したところから大きく亀裂が出来ており次第に亀裂が大剣全体に広がっていき、全体まで広がると大剣は砕けるようにして消えてなくなった。
「まじかよ・・・・」
あの巨体であんなにも速いのか。人外の可能性を考えていなかったら、さっきの一撃で倒されていたな。それに速さだけでなく力も人外レベルとはな。
黒い鎧が振るった大剣は途中で俺の大剣に当たったにもかかわらず、大剣を振り下ろした地面には切れ込みと小さなクレーターを作っていた。
確かにこれは、地球の常識では考えられない力だな。2m近い全身鎧だから相当な重さがあるはずなのに、一瞬で数メートルの距離を詰めてきて、力任せの一撃で地面にクレーターを作るほどの威力で振るったのに、一切のゆがみも刃こぼれもしない大剣か。
これは、早めに意識を切り替えておかないと簡単にやられるな。そして、倒す為にはアレを使うことも検討しておかないといけないかもな。できればもっと余裕がありそうな時に一度試しておきたかったんだが、人生そんなものだよな。
まだ確認不足なことによる不安はあるが、仕方ない・・・一度大きく息を吸い込み深く深呼吸してから【ソード Ⅶ(薙刀)】のカードを使った。
「来い、全力で相手してやる」
薙刀を構えると相手に向かって言った。
*****
本当になんなのかしらあの子、この世界に来たばかりでここにたどり着いたり、変な魔術の根源を作ったりしてちょっと変わった子かと思っていたけど、・・・この光景を見てるとちょっとどころじゃないわね、かなり変わったおかしな子のようね。
なんでまだ戦えてるのかしら?いくらクロナイトちゃんのレベルを下げて武器の能力を制限しているとはいっても、普通こうはならないはずなんだけど・・・。最初は技術的な手加減状態で戦わせていたのだけど、あまりにも普通に・・・というか優勢になり始めてやられそうになっていたから鎧の能力解除しちゃった。それからも普通に戦えているから、どのレベルまで着いてこれるか段階的に解除していたら、もうレベルと武器の能力制限以外は強さそのままの状態まで来ちゃったんだけど・・・・・。
どうしようかしら、魔術を使った動きを見た後に上手く寸止めして、師匠の威厳ってやつを見せつけて終わらせようと思っていたのに、なぜ普通に戦えてるのかしらね?ステータス用紙は全てLv.1だったでしょうに、作ったばかりの魔術でここまで戦えるなんて、本当に変な子。それとも、『星を渡る者』はこれぐらいはみんなできるのかな?。・・・・・いや、そんな事ないわよね。多分、この子がそうとうな変わり者なんでしょ。
それに頑張ってはいるみたいだけど、今のままだとクロナイトちゃんに勝つことは絶対にできないでしょうからね。クロナイトちゃんを倒すには鎧の中にある核を壊すしかないけど、鎧の制限の自動回復を解除してからは、鎧の中にまで攻撃を通すことは出来なくなったわね。あとは、マナが無くなるまで耐えるか、その前に決着がつくかどうかくらいかしらね。
さて、上手く戦っていたみたいだけど、そろそろ危なくなってきたようね。今で戦い始めて10分くらいかしら、最初のスキルを含めて3回はカードを展開していたみたいだから、武器しか使ってないところを見ると何度かカードを変えてるはず、そろそろマナが無くなるころじゃないかしら。
マナが無くなるとさすがにあきらめるでしょうから、その時に止めてあげましょうか。最後まで耐えたのはすごいけど、私のクロナイトちゃんに勝つ為にはまだまだ力が足りないわよ。
既に勝った気でいる師匠(仮)ではあるが、勝負とは最後の最後まで分からないという事を忘れているようであった。
*****
さすがに、そろそろ限界が、近いな。なんとか耐えることに集中して黒鎧の速さと力には対応出来てきたけど、途中から相手が力押しだけで戦ってこなくなってからは、こちらからの決定打がないのに加えて鎧に着けていた傷も何故か途中からなくなっていた。
その後も何度か同じところを狙ったり、鎧の様々な部分を狙ったりしたが、次に攻撃できたときには全て修復されていた。
それに体の限界も近いが、もう所有マナが1しかなくて、残りのカードが【ペンタクル Ⅶ(雷)】が一枚のみで、カードを変えて武器を使ったとしても3分ではとても倒せそうにない。しかし、使った事がないワンドの魔術カードを使ったとしても、この状況がよくなるとは思えない。状況的には限りなく詰みだな。
不確定な賭けは好きではないんだが、トリックのスキル『チェンジ』でカードを変えてソードのカードを使うしかないか…使う武器はせめて一番使いやすい刀にしたいけど、さっきから使った武器全て黒鎧に壊されていて、俺の気のせいじゃなかったら壊された武器がそれ以降『スプリッド・スリーカード』で出てきていない気がするんだよな。試行回数が少ないから違うかもしれないけど、『チェンジ』では選択不可だったから壊された武器は再使用まで時間がかかる仕様な気がする。
まあ、何が言いたいかというと。今持っている短剣でA以外のソードのカード9種類の武器全部壊されることになるんだけど、『チェンジ』したときにソードのカードを選ぶことが出来るのか分からないんだよな。このまま短剣での戦いや今の魔術カードで勝機はないから、試すしかないんだけど最悪大剣でいいから再使用できるようになっていることを祈るしかないか。
手に持っていた短剣が消えてしまう前に、甲冑が常にかばっている体の心臓部に向けて投げると、少しでも距離を取れるように後ろに飛ぶようにして離れた。投げた短剣は大剣の間合いに入ると、切り払われて砕け散った。
「『チェンジ』」
スキル『チェンジ』を使って【ペンタクル Ⅶ(雷)】のカードが回転し始めると、デッキから表示されたカードには何故か【ソード A 】のカードが選択できるようになっていた。
ただ、【ソード A 】のカードにはスキルを確認した時にはなかった絵柄と文字が描かれていた。
「これは‥‥‥」
もしこのカードが、本当に逸話通りの性能を持っている武器だとしたら、アレを使えば勝ち目があるかも知れないな・・・。
でも、・・・本当にそれでいいのか?このカードで勝ってもそれはカードの力で勝っただけになる。俺は本当にそれで・・・・・。
「どうしたの~、マナ切れで打つ手が無くなった?もうここまでにしてやめておく?」
・・・でも、ここで何もせずに負けるよりはいいのかもな。それにアレはいつかは試さないといけない事だから。それに、いつもより短く一瞬でいいからちょうどいいのかもしれない。もしかしたらこの世界の中でなら反動が出ないかもしれないからな。
・・・あと、師匠(仮)の勝ち誇った顔がちらっと見えて、ちょっとイラっとしたのもこのカードを使ってでも勝つ理由の一つだな。
「いえ、‥決着をつけましょうか」
「‥えっ、まあいいけど…」
戦闘を止めると思っていたのか、不思議そうにしながらも戦闘を続ける許可が出た。
俺はカードを具現化させずに右手に持ち、構えはとらずに立っていると、黒い鎧は最初と同じように上段に大剣を構えた。
目は慣れた、体もまだ動く、あとは相手の懐に飛び込む一瞬のタイミングだけ、その為には…。
相手より早く、一瞬で仕留める為に、枷を外せ。
思い出せ…あの時の事を……目の前にいるのは…殺すべき敵だ……。
「もう・・と、おな・・・は、く・・・さない。かな・・お・・・こ・す」
そして、両者が同時に相手に向かって動き出た。
シュウはただ真っ直ぐに黒い鎧に向かって動いたが、その速度は最初に黒鎧が切りかかってきた速度より速く、両者の距離が一瞬にして縮まり、予想外の速さに一瞬遅れた漆黒の大剣が上段から振り下ろされる前に、カードを持った右手に左手を添えながら相手の心臓に向かって腕を突き出しながら叫んだ。
「貫け‼、【ゲイ・ボルグ】!!!」
唱えると同時に、手には血で染まったような真っ赤な槍が現れ、今まで小さな切り傷しかつけれなかった鎧に、深紅の槍が簡単に相手の心臓部に突き刺さった。
深紅の槍は、相手の鎧の中で無数に分裂して内部から弾けるように幾つもの赤い棘が突き出てくると、鎧は内側から切り裂かれてばらばらになり崩れた後、白い煙とともになくなると同時に、深紅の槍も消えるようになくなった。
「は~・・・何とかなったか、それにしても疲れた。(でも結局、最後は武器の力に頼って勝つ道を選んでしまったか、これだと意味が・・)・・・なんだ?」
漆黒の鎧が消えてからすぐに後ろに向かって大の字に倒れこむと、戦闘の最後に思ったことをまた考えていた時、目の前にプロフィール画面が開いた。
地球時間で11時30分に設定していた、アラートの通知があった事を表示していた。なるほど戦闘中だったから戦闘が終わった後に来たのかな?とりあえず昼ごはん食べてくるか。一瞬だったとはいえアレを使った事だし、現実で問題がないか確認しておかないといけないからな。
さて、問題なければ12時過ぎには戻るとなると、ゲーム内の時間は現実の時間と同じだから30分後ぐらいだな。
「ちょっと用事があるので、30分後ぐらいにまた戻ってきますね」
「・・・・・は?なによそれ。ちょっと待って最後のはなんなの?・・って、クロナイトちゃんが~、お~いまて~!説明しろ~!最後のはなんなんだ~!説明しろ~!」
不思議な空間の小屋の裏で、騒ぐ師匠を気にせずログアウトした。
お読みいただきありがとうございます