魔術師
小屋に入るとさきほどまではほぼ見えない暗闇だったが、部屋の中に明かりが灯されていて小屋の中の見えていなかった所まで見えるようになっていた。
改めて小屋の中を見てみると、周りの棚や床には本や薬品の様なものから観葉植物や小物などが置かれていて綺麗に整理されているようで、先ほど幽霊のように現れた小屋の中央にある丸いテーブルと椅子の奥にはキッチンや水回りとさらに奥に続く扉があった。
今までの話し方や行動からは整理整頓された部屋とかに住んでいる印象は持てなかったんだけど、小屋の中を見る限りそのあたりはちゃんとした人だったみたいだな。これなら少しは信用してもいいかもしれない。あまりにもな第一印象だったけど決めてかかってはいけないな。声には出さないけど謝っておこう。(正直、小屋の中もっと荒れてると思ってました。すいません)
「おぉ~、部屋がきれいになってる。小屋の管理をお願いしてたけど、リンちゃん片付けてくれてたんだ」
・・・前言撤回で、自分の第一印象は正しかったようだった。というか、リンちゃん?誰の事だ?他に小屋の管理を頼んでいた人が居たのか。
「そのリンさんって人は誰なんですか。小屋を管理してたりした人なんですか?」
「ん?この子のことよ」
そういえばさっき魔道人形だと言ってはいたけど、依り代にしている本人が動かさないときでも自動で動くことが出来るという事なのかな。魔道人形が何処まで出来るか分からないけど、小屋の整理整頓は出来るからそのおかげで小屋の中がきれいに片付いているというわけか。
「それよりほら、貴方も早く座りなさいよ」
部屋の中央にある椅子に座りながら右手で自分を指差したあと、座った対面の椅子に座るように勧めてきたので、この後の事を考えながら座った。
さて、解約できない契約の事とか魔術師が何なのかとか気になることが色々あるから、詳しく話を聞かないといけないから長い話になりそうだけど、でもまずはお互いの事から話すべきかな。
「まずは、・・・お互い自己紹介からでいいですか?」
「そうね」
「では自分から、名前はシュウといいます。この街に・・・いや、この世界に来たのは2時間ぐらい前で、始まりの街【オノコロ】の事を少し知っているくらいで他の事はほぼ知らない状態です」
「この世界ね。・・・そっか、そういえばあの予言の日は今日だったわね。ということは、貴方は『星を渡る者』なのね。この世界に来て数時間でこの場所を見つけるだなんて・・・・・。私は、そうね。私の名前は今は話せない事情があるから、呼ぶ時はとりあえず師匠でいいわよ」
いきなり気になる事を言ってくるものだな。名前を話せない事情ってなんなんだ?気にはなるけど、言いたくない事を聞き出せるような関係でもないから、今は聞かないでおくとするか。とりあえずは呼び方も師匠でいいか。
それにしてもいきなり契約させられるし名前も分からないなんて怪しさが増したんだけど、俺ってこのままここにいても大丈夫なんだろうか?帰り方も分かってないから、このままこの場所に閉じ込められたりしないだろうな。なんだか少し不安になってきたりもしたけど、こうして向かい合って話していても今のところは敵意や悪意は感じないから、とりあえず今は師匠(仮)が話せる内容を確認しながら重要そうな事を聞いていく方がいいかな。
しかし、自己紹介の時についでにどうなっているのか確かめたくて言い直したんだが、星を渡る者か。プレイヤーの事だろうけど、この世界ではプレイヤーの事はどんなふうに思われているんだろう。多分他のプレイヤーも自分のように広場にいきなり現れるようにしてこの世界に来たと思うけど、そんな光景を見たらこの世界の人(NPC)は驚きそうなものだけど街の様子では特にそんなこともなかったからな。
「名前が話せない事情ってのは詳しくは聞かないですけど、俺が『星を渡る者』とはどういった意味なんですか」
「それは違う星から来た人たちだからって事だけど。一年前くらいかしら、教会を束ねる宗教国の巫女が各国に今日のこの日に他の星から訪れる者たちがいるとのお告げがあった、という情報を流したのよ。その者たちは強靭な戦士になることも、素晴らしい魔法使いになることも、画期的な技術を生み出す技術者になることも出来る可能性を秘めた者たちである。うまく付き合うようにってね」
なるほど、この世界でのプレイヤーはそういう設定になるのか。ほかにもいろいろ聞きたいけど、まずは一番重要な話からしておこう。
「なるほど、ありがとうございます。では、本題なんですが、師弟の契約による良いところと悪いところを教えてください。それと、何故か師弟の契約が出来た時に驚いたのかも教えてほしいところです」
「え~とね。良いところはすごく強くなれるよ。悪いところは魔法は使うことが出来なくなるってことと、契約に縛られる事かな。あの時驚いたのは、始めて弟子が出来て気が動転していたというか、何というか、ね」
明後日の方を見ながらいかにも他に理由がありますって様子で言われても、信じれないんだけど。
「何だか説明を端折ってません?光の色が白色を気にしていたり他にも気になる事を言っていたようでしたけど・・・」
「そ、そんなこと言ったかな~、気のせいじゃない?」
絶対に何か意味があるんだろうけど言いたくないようだ。俺に都合が悪い事だから隠すのだと思って聞いてはみたけど、この様子だとそうでもないかもしれないな。いつか絶対に聞き出そうとは思うけど今は話を進めよう、他にも気になる事を言っていたからな。
「まあいいか。それにしても、魔法が使えないというのは・・・それは、少しも?」
「魔法に少しも何もないけど、全く一切魔法は使えないわね」
魔法が使えないのか。せっかくのファンタジーだから一度は魔法を使ってみたかったんだけどな。初めから魔法をメインに使うことはまったく考えてはいなかったけど、全く一切も使えないのは想定外だな。プロモーションの魔法を使う映像を見た時に爽快感がありそうだと思っていたから・・・なんだか自分が思っていたよりショックだったらしくていつの間にかテーブルに肘をついて手で額を押さえてしまっていた。
「そっか・・・」
「何故かショック受けてるみたいだけど、普通は契約出来て魔術師になれる事は喜ぶところだからね。それに、確かに魔法は使えないけど魔術はちゃんと使えるようになるわよ」
「・・・?、魔術?魔法とは違うんですか?」
魔法なら『セカンドワールドライフ』の公式ホームページで簡単な説明や紹介があったから知っていたけど、公式の紹介には魔術の情報はなかったと思うのだけど見逃していたのかな。
「魔法とは異なるものよ。そうね、簡単に違いを言うとね。魔法というのはその人が持つ魔力を使って奇跡を具現化させるもので、魔術はその人の魔力を利用して魔術の根源を作り出して、その根源を使用して奇跡を具現化させるのが魔術師だから魔法は使えなくても魔術はつかえるし、その人の魔術の才能次第では魔法みたいなことも十分できるわよ」
才能次第だけど使えるのか。よかった、ストレス発散魔法を使える希望はまだあったのか。
「よかったです。それならまだ頑張れそうです」
「そう、よかったわ。それじゃあ、さっそくやってみる?魔術師の根源を具現化する儀式」
「そんなにすぐできるものなんですか?」
「出来るわよ」
「それなら、お願いします」
「そうと決まれば、ぱぱっとやるわね」
師匠(仮)は席から立ち上がると、俺が座っている椅子の後ろまで来て背中に両手を当てた状態で、目を閉じて落ち着いて集中しなさいと言ってきた。説明は何もないのか思ったが出会いの状況から今更かと思い、言われたとおりに目を閉じていつもの瞑想をするように集中した。すると体の内から外に向かって暖かくなるような感覚が全身へと広がってくるのを感じた。一度全身へと広がった熱は一回二回と内から外に波紋のように広がっていたが、三回目の時に全身が熱を持つように感じた瞬間、全ての熱が体の内に集まるのを感じた時、師匠(仮)が言った。
「貴方が願う魔術師のイメージを思い浮かべなさい」
魔術師のイメージ?正直、自称魔術師の師匠(仮)しか魔術師と名乗る人なんて見たことないし、師匠(仮)が魔術を使うところを見たこともないから、全くイメージが分からないんだけど。現実でなら魔術師のイメージだとタロットカードの占いとかだろうか?あとは、手品してるマジシャンが奇跡の魔術師、なんて呼ばれてるのをテレビで見たことがあるけど、でもあれは自称していたかな?テレビのテロップに書かれていただけだったかな。そういえば、この世界では魔物がいるはずだけど魔術師はどう戦っているんだろうか?武器を持つイメージはないから、魔術のみで何とかしているのだろうか?それだと嫌だな。どんなものでもいいから武器も使えて、魔法も使えたら一番いいな。
現代の魔術師の事やこの世界での魔術師の事を考えていると、師匠から声をかけられて背中から手が離れて師匠(仮)はすぐ横に移動したのが分かった。
「終わったわよ・・・・・?、なにそれ?」
師匠(仮)の疑問の声で目を開けてテーブルの上を見ると、そこにはトランプなどが入っていそうな大きさの黒いカードケースらしきものが1つ現れていた。
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