不思議な空間
シュウが扉を通り辺りを見ると、目の前には夜空と砂浜から月明かりで地平線まで見える海が広がり、空には大きな満月と輝く夜の星空が一面に広がっていた。
さっきまでいた広場の景色からのあまりの変わりように少し呆然として、さらには今まで見たことがない夜の星と海の美しさに驚いていた。
「これは、・・・すごいな」
さっきまでは昼の広場にいたはずだけど、扉を通ったら見たこともない満天の星空と地球よりも遥かに大きな満月が現れるとは思いもしなかった。少しの時間、景色を見ていて落ち着いてきたころ、あらためて自分が立っている場所の確認と周囲を見渡した。
前方と左右は地平線まで広がる海と夜空だったが、後ろを向くと少し歩けば小高い丘になっていた。その上には、大きな木と小さな小屋のようなものがあることが夜空を照らす月明かりで見えた。
そういえばと辺りを見渡した時には、この場所に来た時に通ってきたはずの月のマークが描かれた扉が何処にも見当たらなかったので、広場に戻るときにはどうすればいいのかと思い、女の子に聞いた話では誰かがいたようなのだが、周りを見ても人影はどこにも見当たらず気配もないので、一先ずは一番人が居そうな丘の上の小屋を目指して歩き出すことにした。
丘を登り小屋の前まで行くと、小屋の横にはテラスのようなところにテーブルとイスが2つあったり何かを植えていたのであろう花壇や植木鉢があるので、明らかに誰かが暮らしていたのであろう痕跡があったが、見た感じだと最近小屋の持ち主が帰った様子はなさそうだった。
でも、ずいぶんと不思議な感じだ。見た限りは小綺麗で庭や小屋の最低限の手入れはしているような印象はあるけど、最近まで人がいたような感じはしない。手入れをしているなら人が居た痕跡でも残ってそうなものだが、足元には小さな動物の歩いたような跡などはあるが人の足跡は自分のもの以外一つもないようだし、小屋までの丘でもここに来るまで人が歩いた後が1つもなかった。だとしたら、誰が庭や小屋の手入れをしているんだろうか。
不思議に思いつつも小屋の扉の前まで行くと、人といる気配はないけど一応ノックをして誰かいないか声をかけてみる事にした。
「すいません、誰かいますか?・・・」
耳を澄ませて返事を待ってみたが、小屋の中からは物音ひとつ聞こえてこなかった。一応ドアノブを捻ると何故か鍵はかかっていないようだった。
「あれ?開いてるのか。勝手に入るのはまずいよな・・・」
中には入らずにドアの隙間から中を見てみたが、ドアからの光のみで薄暗く奥までは見えなかったけど、やっぱり誰もいないようだったので、ドアを閉めて小屋から少し離れた。
誰もいないとなると困ったことになるんだが、どうやってここから広場に戻ればいいんだろうか。女の子が体験した話では、この場所に誰かがいて帰り道を教えてくれたらしいが浜辺にも小屋にも誰もいないし、まさか丘に上がってから見えた小屋の裏手に見える森の中にいるなんてことはンしと思いたいんだが。
後は女の子が誰かに教えてもらった光に向かって行くという話しも、光として見えているのは満月の明かりぐらいで見渡しても戻れそうな扉も光も道も見当たらない。
考えながら小屋の近くを歩き丘の上から遠くまで見える位置であたりを見渡した。ここから見える範囲だけだが、ここは周りを海に囲まれた孤島で見える範囲の人工物は小高い丘の上にある小屋だけのようだ。あとは砂浜と小屋の後ろに見える大きな木と森があるだけの場所で他に何かありそうには見えないけど、もしかしたらここに来た時は砂浜に現れたから、この島の別の場所の砂浜に広場に帰ることのできる扉が現れているかもしれない。今は何も分からないから思いつくことは確かめておこう。
ただ、もしそれでも帰ることが出来る方法がなさそうだったら、申し訳ないけど改めて小屋を調べてみるとしようか。小屋にも戻る手掛かりがなかったら、最悪は森の中まで調べてみよう。
シュウは来た道を戻り砂浜に着くと、砂浜を走る感触を確かめながら扉を探す為に砂場と岩場を歩いた。
島自体そこまで大きな島でもなかったので、20分もかからずに浜辺と岩場は確認することが出来たが、来るときに見た扉を見つけることが出来なかったので、結局は小屋の扉の前まで戻ることになった。
一応小屋の扉の前でもう一度ノックと声をかけたが、さっきと同じく返事はなかったので扉の前で一度謝ってから小屋に入った。
小屋に入ると真っ暗でほとんど何も見えなかったが、扉を閉めた風で窓のカーテンが揺れてその隙間からの月の光が小屋の中央にあるテーブルとイスを照らした。小屋の中をよく見ようとさらに一歩足を踏み出した時に、テーブルの中心からいきなり生えるようにして体が半透明のフードを被った人?が現れるとテーブルの上に浮き上がった。
「よくこの場所までたどり着きました。ここにたどり着くまでに、貴方は私が定めた数々の試練を乗り越えてきたのでしょう。最後に、貴方が私の弟子になるにふさわしいか師弟の契約にて確かめましょう。最後の試練、師弟の契約を始めます」
目の前の人?がいきなり理解できない事を話したかと思うと、止めようとする間もなく俺と目の前の人?の足元から同時に光が放たれて辺りを明るく照らした。暗闇に慣れた目をかばうように手をやると、俺と目の前の人?の胸の辺りが光り始めて、同時に一本の光の糸の様なものが相手に向かって放たれた。光の糸は途中でぶつかり交互に絡まりあうようにして合わさると、2本の光が合わさって太い一本の白い光の線になった後、さらに大きく光ったので思わず目をつむって徐々に光が収まっていくのを感じながら光が完全に消えたのが分かると再び目を開けた。
自分自身は特に何か変わった様子はなく周りも小屋に入った時の真っ暗の状態に戻ったのだが、目の前の人?は信じられないものを見たように口元に両手をやって驚いていた。
「そんな!?うそでしょ!?本当に契約出来ちゃった。しかも白だなんて・・・あっと、えっと、師弟の契約は無事終了しました。これで貴方は私の弟子となりました」
『称号 魔術師の弟子』を獲得しました。
「・・・・・?あれ、お~い契約おわったよ?喜びの言葉とかないの?貴方が初弟子よ?唯一の弟子よ?すごいことなのよ?ひょっとして、いきなり師弟の契約をしたから怒ってるの?でも、ちゃんと言ってはいたからーー」
「いや、あの、ちょっと、待って、もらっていいですか?」
そう言って小屋から出て扉を閉めると、遠くに広がる景色を見ながら一度大きく深呼吸した。
あの現れ方はないだろ。周りが真っ暗の中で音もなくて人が居る気配もなかったから、半透明の何かがテーブルをすり抜けるようにして出てくるならそれはもう幽霊しかありえないだろう。まさか初めて幽霊を見てどうしようかと考えているうちに、いきなり話しかけてきたかと思えば、試練?弟子?契約?意味が分からないんだが、しかもこっちの了承もなく何かの契約をはじめたかと思えば止める間もなくいきなり光るし、しかも称号?なんかアナウンスされたし、契約も終わったとか言っていたよな。とりあえず今は分からない事だらけだから、あの幽霊に詳しく話を聞いてみるしかないか。
再度深呼吸をしてから振り返ると、小屋のドアから上半身が突き出ている様子でさっきのフードを被った人がいたので、思わず顔が引きつってしまった。
「え~と、・・・なにをしているんですか」
「え、いや~すぐに出て行っちゃったから、すこし気になっちゃって」
「そうですか、少し冷静になる為に外の空気が吸いたくて小屋を出てしまいました。ところで俺も会った時から気になっている事があるんですがいいですか?」
「ん~なに?」
「貴女は、幽霊や亡霊みたいなものですか?」
「え?っち、違うわよ。これは投影術と言って遠くの場所から自分の依り代に意識を飛ばして操作しているのよ」
「でも、その依り代が半透明ってことは・・・」
「だから違うって、半透明なのは今この子が着ているフードの効果なのよ」
そういうと扉をすり抜けるように外に出てきてフードを脱いだ。フードを脱いだ女の子は150㎝ぐらいで蒼い髪に青いカチューシャをしていて、淡い青の目の色をした整った顔立ちの胸元に2つの鈴がついているメイド服を着たクール系の女の子だった。
「どう、すごくかわいいでしょ、私の最高傑作のひとつよ」
メイド服の裾を持ちながらくるりとその場で一回りすると、どや顔で胸を張って見せつけるようにしてきたが・・・。
「う~ん、なんだか話し方と体があってないような・・・」
「なっなんだとぅ」
ん?最高傑作のひとつ?という事はやっぱり普通の人ではないってことなんだな。小屋に入る前と入った後も人の気配はなかったし、フードを脱いでからは気配は感じるようになったけど普通の人のようには感じないからな。
「でも、最高傑作という事は貴方が作ったという事ですか?」
「むぅ、そうよ。この子たちは魔力で動く魔道人形で私が作ったのよ」
この子たちとか最高傑作のひとつとか言うからには、他にもいくつかはいるんだろうな。
・・・って、まてまて、気になることが次々出てくるから思わず質問してしまうけど、今はさっきの話で出てきた試練の事や師弟の契約とか言ってた話を詳しく聞かないといけない。今のところ特に体に違和感は感じないけど、確実に俺に関わる何かがあったのは間違いないから、絶対に確認しておかないといけない。
「魔道人形も気にはなるんですが、それより確認しておきたいことがあるんです。さっき師弟の契約と言ってましたよね。あれは・・・何だったんですか?」
「・・・?そのままの意味よ。師匠が弟子を一人前になるまで育てて、弟子が一人前になった時には師匠の全ての魔術を習得することができるのよ」
「それだけですか?自分は詳しくは知らないんですけど、何だか光って光の糸が出て色々不思議な現象が起こったりしたから、他に何か色々あると思ったんですけど?」
言ったことは嘘ではないけど全部を言っているようには思えないな。だけどまずは、この人が勘違いしている事を説明しないといけないけど、どうしても先にこれだけは聞いておきたい。
「・・・その契約ってクーリングオフできます?」
「クーリングオフ?なにそれ?」
「えっと・・・契約を解約?解除?ってできますか?」
シュウが言うと女の子の顔が唖然として固まった後、掴みかかる勢いで迫ってくると指を突き付けてまくしたてるように言ってきた。
「どうしてよ!貴方は私の弟子になる為にここに来たんじゃないの!私が課した数々の試練を乗り越えてここに来たんでしょ」
「いえ、乗り越えてません」
「・・・・・え?」
「ここに来れば弟子になれることも知らなかったですし、試練なんて乗り越えていません」
「じゃあ、貴方どうやってここの場所を知ったの?」
「とある女性の言葉と、ここに一度迷い込んだことのある、女の子の話を聞いて来ました」
「とある女性の言葉ってなに?」
「『始まりの町の不思議な扉、双子の月が導くひとつの満月に、よき出会いがあることをお祈りしております』と言われました」
「・・・・・(あの女か?うん、お祈りって絶対あの女よね。言葉の伝え方からもそうとしか考えられない。次に会った時は覚えていなさいよ)それにしても、確かに一度だけ迷い込んだ子供がいたけど、本当にその情報だけでここまでたどり着いたの?」
「はい、そういう事ですので試練も乗り越えていない自分には弟子の資格がないと思いますよ。なので、師弟の契約の件は解除ということでお願いします」
「えっと~・・・出来ないかな」
「・・・え?それは、魔法の制約的な意味でって事ですか?」
「魔法ではないけど似たようなものよ。一般的に師弟の契約というものは、最終的には師匠の魔術の根源を知ることになるから普通はしないのよね。しかも契約の色が白の契約でしちゃったから、簡単に言えばお互いが命を代償に契約している状態なの。白以外だと方法がない事もなかったけど、白は一種の祝福であり呪いの様なものだから、師匠側からも弟子側からも干渉しようものなら・・・最悪お互い死ぬわね。・・・・・(なんであんなこと言っちゃたかな昔の私は、全部の試練を乗り越えて隠された秘密の場所まで来たら弟子にするだなんて、始めは絶対弟子なんか取るつもりなかったから最後のこの場所に来るためには厳重にロックや罠を仕掛けていたけど、誰も来ないから自分が入るのに面倒になってやめたのよね。それから何年も経っているから、とっくに世間では忘れ去られていると思っていたのに~なんで、なんで、なんで今になって・・・)」
話し終わると目の前でフードを被り頭を抱え込むようにして座り込んで、ぶつぶつ言っている姿は少し不気味に見えるから出来ればやめてほしいんだが・・・。
「どうするんですか」
「仕方ない!諦めて弟子になりなさい。契約が無事に済んだということは最低限の条件は満たしてるんだからいいでしょ?」
勢いよく立ち上がると少々やけくそのように元気よく宣言してきたが、本気だろうか?
「本気ですか?・・・」
「何よ不満なの!?これでも私はすごい魔術師なんですからね」
個人的に自分で自分の事をすごいという人をあまり信じれないんだけどな。
「とりあえず、いつまでも外で話すのもなんだし小屋に入りなさいよ。続きは中で話しましょう」
言うだけ言うと小屋に入っていったので、仕方なく続いて小屋の中へと歩いて行った。
読んでいただきありがとうございます。