第55話 惚気
「すごかったな」
「ん?」
「さっきのだよ」
ハンターから離れつつ、遠くへ。
あのままだと面倒がおこる可能性もあったから急ぎつつ。
なんて移動中にケンジが。
「まるで神さまだな」
「神様、か」
「はいっ! トモハル様は私にとってはそれほどのものです」
おわ。
マカがいきなり。
「あの時っ、雪の中で絶望に沈んだ私に刺した一本の極光……それが! トモハル様なのです!」
えぇ……急に惚気ないで欲しいんだけど……
「ふむ? それならば我がケンジも負けてはおらぬぞ。あの時、私が魔物に囲まれたとき、雷光の瞬きを辿った先にいたのはケンジだった」
と。
今度はフィアナが惚気。
ケンジを見ると苦笑いしている。
どうやら本当にあったことらしい。
「ほーう? ちなみにうちのトモハル様と言えば、私たちの村を想っておられて。指示を出す様といえば胸が締め付けられるようで」
「ケンジは私の故郷に一度寄ったことがあってな。そのとき名物の食い物を食べたときの無邪気さ、そのときの笑顔といえばだな」
もーやめてー。
私たちのライフはゼロよー。
ケンジ含め、ラクやディルも辟易している。
この二人ってば好意を隠そうともしないのだから……
まぁ俺はいいだろう、女の格好にはなっているから。
フィアナとケンジ、男女の関係になってもおかしくはないだろう。
と思ったが。
「……まぁケンジくんは渡しませんけど」
ディルのほんの呟きを逃す俺ではない。
つまるところ、そういうことだ。
女って怖い。
あとケンジは刺されないように注意しておこう。
「……暖かくなって来たな」
大雪原でも気温は変わる。
もちろん些細なものだが、この身体になって感性が鋭くなったのか、その些細な変化にも気づけるようにはなった。
比較的村から離れて来た、ということか。
ふと、ラクの方を見る。
静かに前を見据えていた。
ラクだって、この道を通ったのだ。
幼い身体で、一人で、歩き続けて。
あと一歩のところで倒れた。
「ラク、疲れてないか。背負ったほうがいいとか」
「……大丈夫です」
「そうか」
そういうのであれば、無理強いはしない。
ラクは乗り越えたんだから。
「いいな、そっちのは。気遣いが出来て、うちのと言えば私が飯を作っても微妙な顔をしおってな」
「それならうちのだって! 温泉に誘っても一緒に入ってくれないんですよ? 俺は他のでいいーとか言って」
なんか後ろの惚気談義がいつのまにか冷たいものに変わってる。
だって断るだろ、親しい中とはいえ中身は男女、変な気を起こしても互いに気まずくなるだけだ。
第一マカは自分の顔がとても綺麗であり上等だということに気づいていない節がある。
「今度は一緒に入りましょう? ね?」
「……考えておく」
先が思いやられる。
〜〜〜〜〜〜
「見えて来たな……」
地平線の彼方がぼやけて、白じゃあなくなっている。
おそらく、大雪原を抜けたのだろう。
俺たちよりも早く反応したのはケンジだ。
視力は俺たちよりも人間の方がいいからな。
「そろそろかぶっておけ」
「了解しました」
「わかりました」
狐尾組は上から布をかぶっておく。
奴隷っぽい、という理由だ、それに耳や尻尾も一応は隠せる。
さらに緩めに片腕に縄も巻いてもらう。
ケンジに引かせればまさに奴隷っぽい。
「……新鮮だな、ケンジがこんなことになっているとは」
「うん、なんだかとても……鬼畜」
「どういう意味だ」
人間組は人間組でいろいろ話している模様。
ただ、若干ディルのほうが縄を軽く腕に巻いてみたりして、ちょっといかにもな雰囲気を出していたが……
うん、危ないね。
飲み物や食べ物にも注意するよう伝えておこう。
何かいれられてないかとか。
「さて、そろそろ人のいる場所に入る。いいな」
俺たちの未来のかかった遠征の是非が決まる、最初の一手が打たれる。
最初の一手。
もっとも大事であり大切な行動、それは。
「家作るぞ」
「「了解です」」
「待てやこの原住民共」
肩を掴まれた。
「何故止める! あらゆる行動をするためにはまずは拠点だろ! 古事記にもそう書いてある!」
「古事記はそんなに野生的なものじゃないだろ!」
ぬぅ、なればケンジ=サンはいったい何が不満なのだ。
「拠点ってのはわかる。だが、作るってのはおかしいだろ、洞窟とかだろ普通! それに時間もかかる」
ぬぅ。
つまり作るのではなく探すということか。
長らく周囲に何もない生活をしていたからまずは作るということに頭が動いていた。
そうか、ここいらなら隠れるところもある、それも一理あるな。
「探そう。無かったら作ろう」
「「了解です」」
「そこの二人は太鼓持ちか……まぁいいけど。いくぞ」
最初の一手は、拠点の確保となる。
そのまま陸地に見える、森へと進軍した。
毎日みたいなペースはやっぱり難しい。