第54話 ハンター
ずっと歩いて1日。
今は日が出ているからまだいいが、これが冬場などであればと思うとゾッとする。
そんななか帰ろうとしていた自分にも。
大雪原にはやはりなにもない。
面白いものは無いし、結局のところ特に見るものもない。
こう、何もない時間が過ぎて行くとやはり村の方が心配になってしまう。
マカという最高戦力がいない間、まともな戦力……というか、さまざまなものに対抗しうる戦力はヴィオラと男衆しかいない。
魔術を仕込んだ魔法陣をいくつか既に村に用意してあったが、あれで村がどうなるか。
またサイレントウルフだのなんだのが現れなければいいが……
「村の連中の、魔術を鍛えるべきじゃ?」
「さぁな……いまのところその余裕はないからな」
村はいま成長期だ。
今は育てておくべきだが……
「それに、あいつらにはまだもうちょっと、働いて貰わないと、な」
「? どういう意味だ」
「ま、話してもしかたないさ」
口止めの魔術も今は使いづらいからな。
こいつらには悟られないほうがいい。
村の奴らにはもっと価値を増やして貰わねば。
「……む」
「どうかしたかラク」
「……ちょっと聞こえます」
ん?
耳をすませてみるが、特に聞こえるものは……
「……あぁ……わかりました、ほんの少しですが……」
「ほんの少し? いえ……あ。近づいて来てますね……」
む?
ラクの見ている方に耳をすませてみる。
すると。
『こ……の……はや……』
声。
あの方向には村だのなんだのは無かったはず。
ハンターか。
こっちには気づいてはいないようだな。
「何かあったのか?」
「獣人を捕らえるハンターだ。捕まると眠らされて起きたら奴隷になってる」
「恐ろしいな」
6人全員で身をかがめ、相手を探る。
「ええい、悪人ならば我が剣で」
「やめてフィアナ、なにが起こるか」
ケンジがフィアナを止める。
あぁいうのは結局殺したら増える。
俺だってこの前、攻撃したはず。
だがあのハンターじゃない、他のハンターが俺たちを一攫千金狙いで捕まえる気満々なんだから。
「ああいうのがいるから……」
ため息が出る。
「選択肢。捕まえて情報を得る。ここから離れる」
「捕まえた後はどうするのです?」
「記憶を消せるような魔術は?」
マカに、ケンジたちも全員首を振った。
まぁそりゃあそうだろうな。
「殺すか……良くて気絶させるか、だな」
「…………」
全員黙ってしまう。
俺だって、ようやく血に慣れて来たんだ。
いま人間を殺せば、どうなるか。
「縛り付けて放置、なんてすればいつか死ぬんじゃ?」
「そんなの殺すのと対して変わらないだろう」
そんなことを話していると。
「……ええい面倒だ! 我が剣! 貴様ら悪人を屠り、善人を導くための希望の刃!」
「お、おいフィアナ!」
フィアナが突っ込んでいきやがった!
ちょっ、まだ考えてる途中なのに、どんだけ脳筋なんだよ!
「お、追うぞ!」
「は、はい」
フィアナを追うと。
「成敗ッ!」
確かに、俺の見たことがある服装の、ハンターが……のされていた。
「安心しろ、峰打ちだ……」
格好良く空を切ってから納刀するフィアナだが……それ西洋剣だろ。
両刃の剣で峰打ちって……確かに無傷だけど。
「……フィアナ、見られたか?」
「む? 確かに見られはしただろうが……瞬殺なのだから問題ない! むふん」
むふんて。
……まぁ、好都合といえば好都合、なのだろうなぁ。
こいつらも災難だったな、あんなことに巻き込まれて……
こいつ、台風とかその類だろう。
突然来ては被害を撒き散らし満足したみたいに消える。
「とりあえず縛って、情報を得る。その後は……まぁ、こいつら次第だな」
それから5分ほど。
「……ぅ……」
「と、目が覚めたかの。とはいえ、目隠しじゃ、何もわからなかろう」
布で目隠しして、手足を縛らせてもらう。
そのまま上に乗り、暴れないようにして、フィアナには喋らないことをケンジが厳命した。
「お、お前、は」
「それを問う権利は貴様には無い。貴様の口は我が問いに答える義務があるがの」
喋るのは俺。
この中で最も弁がたつとか何とか。
マカのほうがよっぽどだと思うが。
身バレを防ぐためにもいつかの強キャラ口調。
これならまぁバレないだろ。
「我が問いに答えよ。獣人を狙っておったな?」
「だ、誰がそんなことを」
「世迷い言はまず、人の口を持って言うべきではないかえ?」
「……ひっ、な、なんだこれ」
男の首、喉仏に親指を。
そのまま埋めるように。
「涅槃にたどり着けるかどうか、それは貴様の口にかかっている。いまだ現世に揺蕩いたいのなら……わかるな? 小童」
「わ、わがっだ、がら、やめっ」
「よかろ」
手を退ける。
男の唇が一気に青くなる。
ようやく、わかったようだな。
今の状況、狩人が獲物を捕らえた、のではない。
もう解体、調理が終わり、食卓に並んでいるのだ。
優位、などではない。
消費者と、犠牲者。
絶対的な地位が確立されたのだ。
故に、こいつに選択肢などない。
「もう一度、問うぞ? 獣人を狙っていたな?」
「……あ、あぁ……既に2匹、奴隷小屋に送った」
……捕まえてよかった。
心の中でフィアナを褒めたたえる。
「それはどこにある?」
「こ、このまま南に進めば道があって、そこから」
クラウドと別れたところ辺りか。
あの近くに奴隷を預ける場所があったんだな。
おそらく、そこから各地に配られたりする、流通の拠点なのだろう。
それが知れたら充分だ。
さて、これからだ。
魔術で契約させようが、この手の連中はなにかを起こす。
「…………」
「な、なんだよ、次のは、次のはないのかよ!」
殺すべきなのか。
こいつを。
「……やめとけ」
「…………」
ケンジが横から。
「傷にしかならない」
「な、なんだよ、複数いるのかよ!」
ますます男はパニックになる。
そうだな、傷になる。
俺はきっと、何をするにも引きずるだろう。
理由があるから殺す。
それは、ある意味正しい行為なのかもしれない。
腹が減ったとか、そこにいると邪魔だからだとか、自然界では当たり前だ。
だが、理性を持つ俺たちにはそれは……とてつもない傷を作り出す。
「……契約」
「了解しました」
マカに契約の魔術を使わせる。
「貴様。これより奴隷に関わること全てを禁ずる。よいな」
「よ、よいなって」
「誓え。でなければ殺す」
あくまで冷淡に。
俺の動揺を隠しながら。
「ち、ちかうっ、ちかう!」
即座に男の腕から血を採取、契約を結ばせる。
「以上だ。その縄はいずれ燃える。そういう魔術であるからな。ではな」
それだけ吐き捨て、男の元を去った。