第40話 呪い
グルァァァアアア!!
「大いなる自然の王よ。我らが願いを聞き入れたまえ。《炎弾》!」
ドドドドドドッ!
マカが詠唱し、浮いた火の玉を高速で射撃する《炎弾》をサイレントウルフのいるだろうあたりに撃ち込む。
「くっ、はやいっ……」
だが、サイレントウルフは早い。
その上視認も出来ない。
故に、魔術の卓越したマカであっても当てることは難しい。
「トモハル様! 足を焼いてもげませんか!」
えげつなっ。
いやまぁそれぐらいじゃないとこの先生きのこれないけど!
「燃えろ!」
俺の攻撃は軌道とか無い、直接攻撃。
気配の場所さえわかれば。
ギャンッ!?
足元を大きく燃やすことで対処できる。
犬の系譜ならあいつらの足裏はそれはもう敏感に出来てるはずだ。
生き物を灰にするほどの炎は熱いだろう。
さすがに燃え尽きる前にサイレントウルフは横に飛んだが……
それは罠だ。
「ーーー《炎弾》!」
ドドドドドドッ!
ギャンッ!
回避後、体勢を立て直すまでにマカが攻撃。
ようやく、まともに攻撃があたり、サイレントウルフは動かなくなった。
「……あと何匹?」
「わかりません」
それが、あと未知数。
それほど多くは無いだろうが……
まだサイレントウルフは姿を現さない。
気配で探るのにも限界がある。
「……一か八か、打って出ますか?」
「いやぁ、厳しいだろ……」
あいつらの特性、言うなれば超高度な擬態であるが……
擬態は基本、逃げるための、被食者が得る特性。
アンコウやカメレオンなど、捕食者が得ることもあるが、基本的に待ち伏せを行う。
そう、擬態とは動いてはいけないのだ。
理由、バレるから。
単純である。
なのだが、このサイレントウルフたるや。
「あいつら、待ち伏せも追い回しも出来るとかどんな進化遂げたんだよ」
そう、このサイレントウルフはなんでも出来る。
スピードで襲えるし、パワーで襲えるし、テクニックで襲える。
こいつサバンナでも何でも言えるわ。
「とりあえず待機。あの手合いじゃあ動いたら負けだ、籠城するぞ」
「了解」
「わかりました」
狐尾族に指令を出しつつ目を離さない。
前世で戦略系のゲームやっといてよかった。
攻める時と守る時の切り替えは大事な要素だ。
まさか、俺がその第一人者になるとは夢にも思っていなかったがな。
互いに止まった時間が進む。
何をしても負け、ということでは無い。
だが、一手が致命傷になる可能性があるなら……知能があるものは動けないのだ。
「……とりあえず、位置の特定出来そうか?」
「やってますけど無理っすね。奴ら心音までほとんど聞こえない」
まじかよ。
ふざけた特性しやがって。
「魔力が多少犠牲になるが……ちょっとやってみるか」
平たく、地面を這うように。
相手を驚かせるための、一手。
「燃えろ」
目の前の雪、その広範囲を燃やす。
20m四方を燃やして……そこには。
「……あれ」
何も反応しない。
鳴き声一つも。
まさか、逃げた?
そんなわけが無い。
炎を解き、確認する。
いない、一匹も。
気配が、全く……
「……逃げた、んですかね……」
全員の緊張が解かれていく。
まぁ、危機は脱した、ということか……
だが、違和感がある。
自分でもわからないが……
逃げた、まぁその理由はいくらでも付けられる。
敵わないと見た、とか。
だが……引っかかる……
あんな痕跡もなく、逃げられるなんて……っ!?
「違う!」
「へっ」
瞬間。
グルァァァアアア!!!
「うわぁぁぁっ!!?」
「ルァジ!?」
1人、噛み付かれた。
背中の毛が多少すすけた、サイレントウルフに!
そうだ、足跡が無い。
何故気づかなかった。
逃げていたんじゃ無い、あの炎の中で俺たちが隙を見せるのを耐えていたんだ。
俺が足元しか燃やさず、こいつらを燃やし尽くすほどの力も出せないことを理解して!
どんな頭してやがる!
まずい、あいつらの顎の力は強力だ。
人の骨など簡単に噛み砕かれかねない。
「きゃぁぁっ!」
「く、来るな!来るなぁ!」
半ば全員パニック。
まずい、まずいまずいまずいまずい。
全部俺のせいだ、俺が踏ん切りつかないから。
俺が、命を殺す覚悟が出来たなら。
ーーー殺せ。
ーーー殺せ。
ーーー殺せ。
頭に言葉が浮かぶ。
誰のだろう、わからない。
それと同時に、頭に何をすればいいか浮かんで来る。
ぼう、と俺の足元から黒い炎が燃える。
熱くはない。
だが、痛い気がした。
「呪い狂えよ我が咎よ」
ぼう、と一本、火が伸びる。
「猛り殺せよ我が罪よ」
二本め。
「今別天津神にかしこみもうす」
三本め。
「黄泉の国へと至らんその道程を」
四本め。
「祭儀と共に」
五本め。
「全ての命と我が過去に」
六本め。
「死の祝福あれ……」
六本の直線を結ぶように、円が描かれる。
60度ずつに区切られた一つの図形。
まるで、車輪である。
「《狐火》」
ここに、詠唱は成った。
狐の呪い。
人を騙し、民を騙し、国を騙し。
狐は肥える。
恋を謳い、愛を注ぎ、己を尊び。
狐は嗤う。
呪いのその一。
「《千呪七星大紅蓮絵巻》」
ぽぅ、と足元の炎が燃え上がる。
そして、ゆっくりと形をなし。
それはまるで、狐のような姿になり。
シャンッ……
鈴のなるような、音を鳴らした。
ちょっと闇落ち。