第4話 温泉
「さ、さむぅっ……」
朝。
生きてた。
ほとんど眠っていないが。
地図の黒い場所に行くために、なんとか外へ。
一旦風のない場所を知ると、二度と外に出たくなくなる。
あぁ、小屋の中が恋しい。
寒い……
だが、腹の虫には勝てない。
何とか歯と歯のぶつかる音が50db以内に収まるようにシバリングしながら歩いていく。
服のおかげで快適になったとはいえ、結局のところ絶望的な状況には違いないのだ。
地図も長時間出していると雪で濡れてしまい、滲んでしまう。
そうなれば終わりだ、こんな何もない雪の平野をただ歩くことになる。
地図は大切に使うことにしよう。
だいたい5時間ほど歩いただろうか。
「……雪の感じが変わってきたな……」
なんとなくだが、柔らかくなった気がする。
新雪……とはあまり言えないが、これまでの固まった、小揺るぎもしないような雪とは違う。
歩きにくい。
ペースを落としつつ、そのまままっすぐ向かって行くと。
「……なんだこの臭い」
雪の匂いなんてものは無い、鼻に付く冷たさぐらいはあるものだが……
何というか、異臭。
くさい。
あたりを見渡すと。
「……ん?」
いつものように何かが見つかる。
だが、それは臭いの漂う方向。
というか、何故俺は臭いの方向がわかる。
……いや、気にしている暇はないか。
もしかしたら腐敗臭かもしれない、それなら動物がいるという証明になる。
そのまま歩いて行くと。
「……げ」
臭いの正体がわかった。
この臭い、卵の匂いを強く、濃くしたような臭い、俗に言う腐卵臭。
それが自然に発生するとなれば。
「……硫黄だ、これ」
近づくとわかった。
一部だけ、土地が茶色い。
つまり、土が見えていた(・・・・・・・)。
そこには靄が立ち込めており……
その発生源は、かるく白く濁った液体。
白い石で自然にできた大きなタライのような、5mほどの場所になみなみとあった。
…………。
やっぱり、か。
これ、温泉だ。
それも硫黄泉。
いや、硫化水素泉の可能性もあるか……
まぁ、端的に言えば硫黄成分の入った温泉。
日本でも多く見られるもので、確か傷などの療養に深く愛されたもの、だったと思う。
それ以外はよく知らない。
にしても暖かい。
雪が溶けているのも納得だ。
あたりを見ると、植物がちらほらと生えている。
温泉はともかく、硫黄泉の近くに植物が生えるイメージはあまり無い。
小さなものから大木まで、文字通りよりどりみどり。
自生している、のか?
この地熱のおかげか、葉っぱもいくらか……
その一つの木に目がいった。
赤い、小さな、丸い……
「木の実だ!」
やっと食べ物らしい食べ物を発見した、高揚感に頭がフットーしそうだ。
早速手につくものからもぎ取る。
手のひらに収まるほど、少し柔らかい。
「あー……んっ!」
かぶりついた。
「あまぁーっ!」
これ以上無いほどに極上の果実。
食感は桃に似ているか、だけどそれよりもかなり甘い。
何も口にしていなかった、殆ど死に体だった身体に染み渡る。
キンッキンに……冷えていなくてよかった。
そして鼻に付く硫黄。
はぁ、これさえ無ければ……
いやでもこれが無かったら寒いままだったわけだし、木だって……
硫黄?
「やべっ!?」
木の実を投げ吐き出そうとする。
だがもう胃にまではいってしまった獲物を身体は逃がそうとしない。
こんな場所に生えていた木の実だ、もちろん硫黄泉を吸って成長しているのだろう。
人体にとって、有害な硫黄を大量に。
そんなものの木の実だ、人体にどんな影響があるか……
…………。
…………………。
も、問題ない?
硫黄はたしかに毒だったと思うが……
記憶が間違っていただろうか。
視界に映る木の実はみずみずしく、全く無害に見えた。
…………。
も、もう一個、だけ……
また適当な木の実をもぎ取り、食べる。
今度はちょっと遠慮気味だが……
やっぱり甘い。
頭の中からとろけそうだ。
頭は自重しろと言うが、身体の欲は抑えきれない。
二口、三口と続けてしまう。
そして。
「食べきってしまった……三つも……」
気づけば、大量に食べてしまった。
罪悪感にため息が出てしまう、死にたくないがために食べるはずが毒を進んで摂取している。
だが、おかげで活力が湧いた。
あとは……
「この温泉、入れたり……」
疲労を回復するなら、温泉は素晴らしいものだ。
とにかく、入ろうとする。
そこいらの木の枝を拾い、水深を測る……うん、だいたい腕の長さ程か。
あとは温度だが……
三度笠で掬いとってみる。
んー……ちょっと、熱め?
熱湯は嫌いではないが、今はちょっと疲れている、適温であるべきだろう。
掬ったお湯を捨て、今度は雪を掬ってきて、お湯に捨てる。
それを何度か繰り返し。
「……よし」
直接触っても大丈夫ぐらいにはなった。
これならば。
服を脱ぎ、木の枝にかけ。
そして。
「ぁぁぁぁぁあああ……」
我ながら情けない声が出た。
仕方ないだろう、全身に血が巡る感覚を味わったのだ。
ゾンビすら生き返るだろう。
一気に身体が温まっていく。
尻尾がずぶ濡れになってしまったが……まぁ仔細ない。
あぁ俺もう温泉と結婚する。
「ぁぁぁぁぁあ……ぁぁぁぁぁあ……」
訂正しよう。
生者すら、ゾンビ化しかねない。
それが、温泉だった。
温泉がようやく出ました。
ここから何話かかるかなぁ……