第38話 男の夢と女のキモチ
「……いやぁ、発展したな……」
「ですね……」
最初はただ、掘っ建て小屋以下の枝の家と温泉があるだけだった。
それがどうだ。
いまだにかまくら生活は脱せてないが、木材を使った建築は進んでいる。
それどころか、今は温泉の拡張意見や、畑をどこに作るかさえ意見が飛び交っているところだ。
俺が最初いた時は本当に何もなかったのにな。
「……思えば、俺が最初に会ったのもラクだったな」
「……はい、あの時のトモハル様には」
「いや、恩着せるわけじゃ」
「いいえっ! トモハル様がいたから、ここはこんなに素敵な場所になったのですよ」
家があって、ご飯が美味しくて、人が笑っている。
村と言うコミュニティはそれだけで完成するというのに。
欲深いのだか、はたまた心配性なのか。
「トモハル様はこれで満足ですか?」
満足、か。
「全く」
「ですよね。私もです」
こいつめ、可愛い顔してなんて野望抱えてやがる。
その真っ白なお耳がぴこぴこしてるのは嘘じゃないってことだろー?
全く、子供らしくないなぁ。
誰のせいだ。
「……このまえのカイって旅人いたよな」
「いましたね」
「……あの人、すっごい……安心してたんだよ。助かったこととか」
「そりゃあ、食事も何もないなかでこんな楽園に出会えれば……」
「そうなんだよ!」
「ふえっ!?」
ラクの手をがし、と取る。
食料も何もないなかでこんな楽園に出会えたら。
雪の上にポツンとある温泉でさえ、俺の心身を癒したのなら。
「ここにさ、宿とか……ここを旅する人たちが休めるような、そんな楽園を作れたら。面白いと思わないか! ラク!」
「ふぇ、ふぇぇぇぇ!?」
知っている、狐尾族は……歩く黄金だ。
俺たちはそうそう簡単に人目に触れてはならない。
だが、活路を見出した時の安心感は。
「あの幸せは俺が知ってる!」
「で、でも。そんなこと出来るんですか……?」
「さぁな。わかんない」
「ふぇ!?」
そんなことわかるわけない。
人事を尽くそうが天命が嘲笑することもある。
逆に、何もしなくても楽園が手に入ることもある。
だが、やれる事はやって置いた方が、未来のためというものだろう。
「きっと出来るさ!」
「……トモハル様はそういうとこ本当によくわからないです……」
意外と狐尾族達は論理的な考えが好きなところあるからな。
根拠のない自信はお嫌いかも。
「で、でも、そんなトモハル様とこれからも……ごにょごにょ……」
ん?
なんだか急にラクのスピーカー下がったな。
〜〜〜〜〜
そんなトモハル様とこれからも一緒に、楽園にいられたらいいですね。
言えない。
恥ずかしすぎます!
ていうか恐れ多すぎです何を考えてるんですかこの私は!
トモハル様のお隣にずっといたいなどと!
そ、そそそそそそれではまるで、まるで……
番い……
「ラクー? どうしたー?」
「わきゅうっ!?」
「和弓? 確かに弓があったほうが防衛にはなると思うが……」
ち、違います!
私はそんな物騒な事言いたいんじゃありません!
も、もっとこう、建設的で! 健全で!
トモハル様に相応しいような立派な狐尾族になって!
トモハル様のお隣にいるって言うんだ!
「……と、とも、はる、しゃま……の、お、おと、おとと……」
「弟? 俺は一人っ子だぞ」
噛んだ。
しかも最後まで言えなかった。
こ、こうなったら。
トモハル様と私が隣り合っているイメージを頭の中で浮かべましょう。
それさえあればきっと上手く言えるはずです、イメージが大事……
『ラク……大きくなったな……』
『はい……』
『これなら俺の隣にいてもいい、かもしれないなぁ……』
『本当ですか……?』
『あぁ、だけど……まずはその可愛い顔をもっと見たい……温泉でな……?』
「ああっ、いけません……そんなことをされたら私……」
『いいだろ? ラクは俺のものなんだから……』
「はい……私はあなたの……」
「ラクー?」
「もにょっ……?」
……あれ?
「なんかボソボソ言ってたけど、どうしたんだ? いけませんがどうとか」
…………。
……………………。
「ピギャァァァァァァァ!!」
「うおっ!?」
「どうした! 人間か!」
「戦闘準備か!?」
あわ、あわわわわ……
まずいです、思わず叫んでしまいました、あんな失礼な妄想をしただけでなく!
私は!
叫んでしまいました!
「あー、ごめんな、ちょっとラクの尻尾踏んじゃって」
「なんだよー、心配して損したぜ」
「大将、でかい胸で足元が見えないのはわかるが、注意してあいたっ!?」
「トモハル様に何ぬかしてんだいボケナス!」
あ……トモハル様が諌めてくださいました。
なんてことを……私は自分の尻拭いも出来ず……
「ラク」
「は、はい」
嫌われた。
こんな無能な私、必要ないんだ……
「温泉、入ろっか」
「ふぇ」
何がどうしてこうなったのでしょう。
あの妄想のとおりになった……といえばそうです。
トモハル様とお風呂に入ってしまいました。
「落ち着いた?」
「は、はい」
トモハル様の声は優しいものです。
太陽のように、輝くように思えました。
「突然叫んでびっくりしたよぉ」
「そ、その、申し訳」
「いいのいいの。たまにはそう言う日もあるって」
大雪原のような広く深い器。
この温泉のような温かな慈愛。
「大事なことじゃないならいいんだよ、こんな場所だもの」
「……大事な、こと、です」
「おや。なら聞いとこっか」
今こそ言うんです。
何を言っても許してくださる。
トモハル様の良心を利用するようで胸が痛いですが、きっと!
「……トモハル様」
トモハル様は微笑んだまま、優しく微笑んでくださっています。
「……わたし、は、ラク、は……」
心臓の動きがゆっくりになったのを感じます。
トモハル様の心臓の速度と同じになりました。
これなら。
「あ、あなた、といっしょに、ずっと、ずっと……」
「トモハルー! お腹すいたー!」
楽園に……へ?
新しく作られた覗き防止の壁。
そこから覗き込むほどにまで、背を伸ばす、ヴィオラ、さん……
「後であげるからちょっと待ってろよ……」
「えー……」
「…………」
「悪いなラク……ラク?
「ぴっ……」
「「ぴっ?」」
「ピギァァァァァァァァァァァァァ!!」
私はまだまだ、成長が必要なようです。
ラク可愛い。