第34話 ヴィオラ
「がぼ……が……」
死ぬ。
いかん、息が……
視界はあるが……
身動きが……これはさっきの泥の中か……飲み込まれたのか……
《ちょっと、息は出来るでしょ? ……あれ?》
また声のような音……
これ、は……
《え、ちょっと、待ってほんと? 冗談でしょ? え……まさか……》
「ぐっ!?」
背中から押されるような感覚と共に、肺に空気が。
上半身だけ、外に出られたようだ。
「トモハル様! ご無事で……」
「あ、あぁ……とりあえずお前ら離れろ……」
この不明物体にこいつらを近づけるわけには。
そんなこと言っても怖いものは怖いからさっさと引き抜いてほしいけど……
「くっ! ぁ……はぁ、取れない……」
「だ、大丈夫なんですか」
「さぁな……一生このままかも、なんて……」
「そんなことあるわけないでしょーが」
「ひゃあっ!?」
背中がすっごい撫でられた。
女の子みたいな声出ちゃった……いや俺現状女の子だったな……
振り返ると。
「ハァイ。不幸な獲物さん」
少女……の形をした、泥。
……予想外だった。
根元が見えないためによくわからないが……
おそらく、この泥から生えてる。
「えっと……どちら様か聞いても怒らない?」
「怒らないわよ。というか、アタシのこと知ってたらそもそも近づかないわ」
あー。
やっぱりだこいつミミックなんだこの世界の。
開いたら即死魔法唱えて来て子供を泣かせる悪魔だ。
「あのー……離していただくわけには」
「いかないわ♪」
ですよねー。
「トモハル様を離せ!」
「あっ、ちょっ、まっ!」
せっかちな狐尾族の男が、木の棒を横振りで少女へと。
すると。
スパァンッ!
「あっーーー」
少女の首から上が俺の前に落ちる。
うわぁ、グロい。
人の色をしてないからまだ気分を害するだけで済むが……
そのとき。
「ダメじゃないの、こんなことしたら……」
「へっ」
落ちている顔の部分がゆっくりと、笑った。
「みぎゃぁぁぁぁ!?」
「うるさっ! ちょっとやめてよ、耳壊れるじゃない」
頭はそう言い残し、溶けて液体に。
そのままずるずるとこちらがわに戻り……
「復活♪」
少女の声が頭の上から聞こえた。
どうやら胴体の上に頭が戻ったらしい。
なんなのだ一体。
ミミックどころかもっとヤバいのを引いたぞ、パンドラボックスか?
「……あっ!? お前まさか、スライムか!?」
男が少女に指をさす。
スライム?
たしかにこのぶよぶよ感といえ、スライムと言えないこともないが……
「聞いたことがある、剣でも斧でも槍でも倒せない、物理攻撃は一切無効になる魔物がいるって……」
なんじゃそりゃ!?
スライムって雑魚筆頭じゃないの!?
そんなチートスライムなんているのかよ!?
「……ま、半分正解?」
少女はころころと笑いながら話す。
「そもそもスライムに意思なんてないわ。だから話している時点で違う生命体なの。アタシなんかは……ほら♪ こんな風に♪」
「こ、コウモリの、はね?」
どうやらここからは見えないが、少女にコウモリの羽が生えたらしい。
なんだそれは、やりたい放題かよ。
「そう、アタシはね、スライムを乗っ取った吸血鬼……スライムヴァンパイアのヴィオラっていうの。よろしくね?」
ヴィオラと、少女は名乗った。
吸血鬼?
スライムを、乗っ取った?
意味がわからない……
「ま、混乱してるみたいだから説明すると……アタシが寝てるときに、たまたまスライムに飲み込まれちゃってね。でも溶かされる前に飲み込んでやったのよ、アタシが洗脳して、ね♪」
洗脳って……意識のないやつに洗脳なんか出来るのか?
……ってより、この子寝てる間に襲撃されたのか……
「この身体凄いのよ? いろいろ制約はあるけど……」
「くそ……スライムだかヴァンパイアだかなんだか知らないが! トモハル様をとっとと離せ!」
「いやよぉ、貴重なご飯なんだから♪」
やばい。
捕食される。
「ま、ちょっと血を貰うだけよ。殺しなんかしないわ」
すると、生暖かい吐息のようなものが首筋に。
そして。
「うっ……」
首に注射でもされたような、違和感。
「ん、甘い♪ あなた美味しいわ、最高♪」
「や、やめろっ! 俺が代わりになるっ!」
「俺もだ!」
目の前で男衆が半裸になる。
だが。
「嫌よ、アタシは女の子しか興味ないの」
「「何ぃっ!?」」
こいつ。
あの筋肉モリモリマッチョフォックスを無視しただと。
やりおる……じゃなくて!
噛まれたら俺までスライム化とかしない!?
大丈夫!?
「ぷはぁ……♪ あぁ、もっと飲みたい……」
「こうなればトモハル様を引き抜いて!」
「へっ! だ、だめよ、無意味だから。やめなさいね、ほんと、絶対抜けないから」
……なんだこのリアクション。
まさか。
「……引っ張ってくれ、思い切り」
「「ちょいやさ!」」
ズボォッ!
「うおっ!?」
宙を舞う俺の体。
自由だ。
「ほ、本当に引っ張った!? 信じられない! 嘘でしょ!?」
いやお前の嘘が下手すぎたせいだろ。
「燃えろ!」
すかさずヴィオラの周りを炎で燃やす。
「きゃあっ!? ちょっ、熱い! 熱いって、こらぁ!」
もちろん触ってはいない距離だが、いかんせん近ければ多少なり熱くはなる。
ヴィオラはもう動けまい。
ポンコツです。