第30話 料理
後からお爺さんに聞いたことだが、どうやらこの本はいわゆる翻訳のための辞書らしい。
日本語と同じような、文字と音が一致している言語のみを取り扱い、そのまま翻訳表を載せているもの。
リハクの文字の勉強に買ったらしい。
どこから買ったのか気になったので聞いたところ、やはりクラウドのような行商が人間の村に下ろすらしい。
それをたまにこの大雪原に売りに来る者たちがおり、それから買ったのだと。
なんとも面白い話だ。
そして、一月も勉強したころ。
「……アルエの実」
「正解だ。これは?」
「……シェユナの葉っぱ」
「正解。上達したな」
お爺さんと一緒に語学の勉強。
といってもお爺さんには物品とその名前を文字で書いてもらうだけ。
それを俺が読む、というもの。
意外と早く覚えられた、と思う。
物覚えがいいというか、なんとなく頭に入ってきたというか。
まぁ細かいことは気にしない、覚えられたのだから。
「では今日の食事を頼めるか?」
「はーい」
というわけで今日のお仕事。
ついに食料にまで手を出せるほどに信頼を得た。
お爺さんってば本当素敵な人。
「あるのは小麦粉と干し肉と塩と……」
あんまりパッとしないなぁ……
まぁ、適当に頑張ろう。
小麦粉に塩水を入れ、混ぜる。
適当に黄色っぽくなってきたら生地をまとめ、ひたすらこねる。
4人分なので結構な量。
ある程度まとまってきたら寝かせる。
そのあいだにスープ作り。
干し肉を細かく刻んでから煮込み、出汁を取る。
そんなに多くは使えない、薄味になってしまうが仕方ない。
寝かせておいた生地を裏返し、外側が中側に入り、中にあったものが外に来るようにこね直し、また寝かせる。
スープの灰汁を取りつつ、適当に生地を寝かしたら、スープの中へちぎってポイ。
うどん? そんな面倒なこと出来るか、包丁すら錆びてるんだぞこの家。
俺が作っているのはほうとう。
山梨あたりだったかな、どっかの郷土料理。
本当は野菜たっぷりのかぼちゃが甘い料理なのだが……
ちなみに生地を寝かせたのはスープを作る時間が欲しかったから。
結局生地を放置するのなら、多少でもうどんに近づけたほうが万人向けだろう。
本当ならこっから伸ばして切ってうどんにしたほうが食べ応えもあるのだが。
麺棒も無ければ包丁も酷い有り様なんだ、これが一番楽だろう。
〜〜〜〜〜
「いただきます」
夕食。
もちろん俺が作ったほうとうが出る。
「うわ、なんだこれ。美味いな」
リハクのヤロー随分とがっつくじゃねーか。
とりあえず俺には味見通りの味だし、薄味なので静かーに食べる。
「この白いのの食感がいいな、ずっと食える」
口に入れるだけ入れてからもっきゅもっきゅと食ってやがる。
もっと味わって食えこのあんぽんたん。
「この料理はなんというのだ」
「え? 親父が作ったんじゃないのか?」
ここでネタバラシ。
「ほうとう、と言いまして。私の住んでいた国の料理です」
「……は?」
「なるほど。美味いものだ」
瞬間、明らかにリハク、嫌な顔。
「な、なんだか不味い気がしてきた! 不味いな! これは不味い!」
「不味いのならば食べなくてもよろしいです。せっかく台所に残りがあったというのに、仕方ありません私が食べます」
4人分作ったのはこのため。
労働後の成人男性がそんな一杯程度で腹が満ちる訳もなし。
見越していたのだ、全ては。
「ふふんっ……」
このドヤ顔のために。
世界で今一番温度差のある空間。
おーおー悔しそうな顔しよるわ。
ぐへへへへへへへ。
ちなみに翌朝、やっぱり台所のほうとうは空になっていた。
〜〜〜〜〜〜
冬が過ぎ、春。
吹雪など起こるはずもない晴天。
「お世話になりました、お爺さん」
「またいつか会う時があるといいな」
「二度と俺の前に顔を出すな」
「こっちのセリフですバーカ」
「なんだこのバカ!」
「黙れ穀潰しども」
村の奴らはまだこの村にいるそうだ。
なので俺だけが向かうことに。
「この方向にまっすぐ進め。いずれ着く」
「ありがとうございました。では」
「あぁ、少し待て」
お爺さんが思い出したかのように持ってきたのは、俺の直したクワ。
「持っていけ」
「えっ、これは……」
「構わん、そもそも壊れて何年も使っていなかったでな」
「……ありがとうございます!」
クワを受け取る。
実際かなり必要なところは増えるだろう。
他にも干し肉とか、畑が無いと言ったらくれた麦のタネ、更には眠るためのソリ、藁、布すら。
そんなにいろいろ貰ったというのに。
やっぱり、このお爺さんはいい人だ。
「では、ありがとうございました。お体にお気をつけて」
「あぁ。さらばだ」
そのまま村を後にする。
目指すは温泉のあるあの場所。
きっとラクたちもそこにいるはずだ。
おい30話にもなって宿の一つも出やしないぞどうなってる。