第3話 地図
とにかく、まずは男の歩いてきた方向、いわゆる男の脚側の方に進むことにした。
その方が何かに当たる可能性は高いだろうから。
あの男がいたことでわかったこと。
1、生物がいること。
これはとにかく最優先事項だ、この雪が全てを覆い尽くしたような世界でも生命がある、それが安心の一つ。
ここはどこか地獄のような、拷問を与える場所だとすら思っていたゆえに、これは光明だった。
2、文明があること。
服や鞄といったものはある程度知恵があれば出来るが、文字どころか地図を作るほどの文明。
これも安心の一つだ。
この二つに加え、三つめ。
「帰ったら服屋拝み倒そう……し○むらとか……」
服という存在がどれだけ素晴らしいか。
肌に反射してくる寒さを防げるという最強の機能。
これが当たり前となっているなど、人間とはどれだけ贅沢な暮らしを送ってきたのだ。
だいたい夕暮れ。
太陽がだんだん傾いてきて、その顔を隠そうとした、そのとき。
……お。
「……お」
心と頭がリンクする。
見えた、明らかに異質なもの。
この雪の中で自己視聴する、小さなそれは……
「まさか、まさか……!」
呼吸を荒くしながら走り出す。
まるで幼い子供のようだ、我ながら緩んだ頰が愛らしい。
それは。
「……小屋、だ……!」
茶色い、小さな、木造の。
自然とはあまりに乖離した、人類文明の素晴らしき遺産……!
……まぁ、夜の帰り道だとかで見つけたら二度と近寄らないだろう、古い穴なども空いた、よく言えばアンティーク、悪くいえばオンボロな掘っ建て小屋。
だが、今の俺には神からの贈り物。
コォンコォン!
力強くノック。
よし誰もいないな!
「お邪魔しまーす!」
がご、と明らかに異常な音を右から左に聞き流し、白昼堂々不法侵入。
いまなら器物損壊もつくお得なセット。
「……よし」
中には、何もない。
本当に、壁と床と天井だけ。
本当になんの意味があるんだこの子や。
ともかく。
生活感ゼロ、人の気配ゼロ、気温ゼロ!
行ける。
住める……かどうかは置いといて。
生きていけそうだ。
「……でも寒い……」
結局壁に穴がいくつか空いているのだ、寒いのは仕方がない。
道具など一切ないのだ、結局ここでしのぐ他ない。
ぐるるるるる……
「……お腹すいた」
安心したからか、腹が鳴る。
何時間も見知らぬ道を歩いたのだ、腹は減る。
というか、ここはどこなんだ、本当に。
そろそろ日本どころか地球ということすら怪しくなってきたぞ。
初心者が3Dゲームメーカーに、岩、死体、小屋のオブジェクトだけ置いてテストプレイ始めちゃった、みたいな世界。
……ひょっとして、ここは本当に地球ではないのではないのだろうか。
そうだ、思い返せばあのとき。
俺の身体がまだ男だったとき、倒れ伏し、血反吐を撒いた俺だ。
ここが本当に死後の世界だというなら……
いや、それにしては何故死体そのものがある、というか!
「なんで俺は女になって狐耳と尻尾が生えたんだ……」
こんな現代日本が生み出した産物そのものみたいな。
改めて自分の容姿を確認する。
髪を取ってみる。
銀色でかなり長い、肩よりだいぶ出てる。
結ぶ手段もないので、出来れば切りたいのだが……なにせ道具がない。
服が動物の皮で出来てる、千切るのもよろしくない。
次に……
もにゅ、もにゅ。
「…………」
これは確認、確認だから……
服の上から胸を揉んでみる。
……柔らかい。
……大きい。
はいはい終わり、終わり!
これ以上は戻ってこれなくなる気がする。
そして、ここからは問題児ツインズ。
……まずは上から。
頭に手を回し、耳を触ってみる。
意外と縦長だ、内部ももちろんある。
ちなみに、人間の耳も存在する。
こちらも同じく働いているが、人間の耳の方は周囲の音を浅く。
一方キツネの耳の方はどこか一方の音を強く感じ取れるみたいだ。
もちろんこの世界は無音に近い、どうせあまり役立っていないが。
…………。
この世界、という言い方は、あまり好みではないのだが、結局こうして多様してしまっている。
どこか、自分が他の世界にいることを認めてしまっているような。
日本だとか、地球だとか。
その垣根さえこえた、"どこか"。
哲学的なのか、はたまた夢見なのかわからないが……虚妄だと拭い去るには、あまりにも異常事態だ。
たとえば、この尻尾も。
ぐい、と前に引き寄せて見る。
案外長い、首までぐらいはあるな。
先っぽは白いが、それ以外は銀色。
髪の毛と同じ色だ。
…………。
くきゅるるるる……
「おなかすいたな……」
尻尾を見ても腹は膨らまない。
毛をむしって食べるほど、思考がイった感じもない。
ゆえに、人類の尊厳を守るとすれば……
「木の実か何か……」
現状、木と竹は少なくとも観測した。
藁はまぁ、飯にはならないとして。
木には木の実が、竹には竹の子が。
キノコなどもあるかもしれないし、それらを求めて動物もいるかもしれない。
小屋を建てるぐらいだ、せめてもの物流、あるいは近くに森があるのだろう。
ならば、それにあやかれば。
地図を確認。
こんな掘っ建て小屋が載っているはずはないが……
「……いや」
あの男が持っていた地図で、しかも、あの男はこっち側から歩いてきたのだ。
もしかして。
舐めるように地図を見渡す、すると。
滲んでいるが、丸で囲まれた場所があった。
小さな丸の集まりとはかけ離れた場所だったが……いや、それにしてはあまりに簡素だ、生活感のかけらもない。
……まさか、あの男もここを訪れた、それだけだった?
ここはつまり、何も関係のない、ただあの男が一度見つけ、寒さを凌げなかった、ただそれだけの。
それで、一応マーキングした、と……
考えられないものではない、が……憶測で話を組み立てているな、脳が働いていない証拠だ。
……そうだな、まずは……
地図。
あの男と、この場所を照合すれば、ある程度の方向感覚はつかめる。
もちろん、あの男の場所がわからないので、距離感はどこか他のオブジェクトを見つけなければいけないが……
少なくとも、入り口からまっすぐに歩いていると考えると、自ずと近くに何があるか、どこにあるかというのは見えてくる。
たとえば、この……この小屋の入り口方向、たとえば男のいた場所をアナログ時計の12時だとすると。
おおよそ、4時の方向。
そこには、黒く塗られた場所があった。
森……だろうか。
その場所には、文字が書いてある。
もちろん読むことはできないが……
……行って見る価値は、あるかもしれない。
だが、もうじき夜だろう。
死なないように努めなければ。
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