第26話 喜べない再会
木の枝をツタでまとめたソリを引いて雪の上を歩く。
食料ぐらいはないとまずい、と先んじて森に残っていたものを取ってきたのだ、果物とか。
「うー、さぶ……」
久しぶりの雪だ、やはり寒い。
空からも雪が降るのはいつぶりだろうか。
肩や頭に雪が積もる。
これならツケにしてでもクラウドから布を買っとくべきだったかな……
最悪、俺一人でかまくらでも作って、そこで温まることになるのだろうが……
そういえば、あの黒い炎は火力の調整とかできるのだろうか。
燃やしたら最後、骨になるまで火炙りだ。
……狐の薫製肉とか出来かねんな……
はぁ、村にたどり着けたら練習だな……
俺の現状理解できる、目印たり得る場所は山だ。
あの雪崩を起こした山。
標高が低いし、白で同化しているからある程度近づかないとわからないのだが……
星なんて覚えていないし、そもそも土地勘がほとんど無い。
動かなかったからな。
だが、あの二人のハンターが湖を見つけられたぐらいだ。
遠くはないはずだが……
そのとき。
「まだ待つのか? いい加減やめねぇ?」
「いいや、一攫千金だぜ……あのバカな狐ども、女を探してウロウロしてやがるからな。こうして待っときゃ……」
狐の耳に聞こえた。
全身に寒気がする。
鳥肌と震えが止まらない。
寒さなんかのせいじゃない。
あれは、あいつらは。
「ハンターの……!」
遠い、この狐の耳でもかなり音が小さい。
雪に吸収されているのもあるだろう。
匂いもない。
足跡は……気づかないぐらい、ほんの少し。
「…………」
近づきたくはない。
だけど……そうだ。
多分、あいつらは……情報を持ってる。
村にまでの道のりを……知っているはずだ。
「……捕まえて、聞き出す」
音は雪が消してくれる。
気にする必要ないはすだ。
それに、やつらは金に目が眩んでいる。
奇襲をかけるなら……
いや、もっとだ。
囮が弱い。
いつ来るかわからない狐尾族を待つなど飽きるし、だいいち警戒するに決まっている。
ならば。
ソリを伴って、足跡とは少し離れて斜めに移動する。
やつらの後ろ30mぐらいになるように……
「来ねえって、諦めろよ」
「もうちょっと! もうちょっとだけ!」
声が近くなってきた。
もういいだろう。
あとはアプローチだが……雪の上での異音とは、基本的にあり得ない。
ゆえに、こいつらが帰る時を待つのが上策。
片方は飽き飽きなようだしな。
身体は冷たいが、ソリの近くで雪をかぶり、待ち伏せる。
「ったく、付き合いきれねぇ、帰るぞ俺は」
「あっ、はぁ、しゃーねーな……ん?」
気づいたか。
「なんだありゃ……来るときにあったか?」
「いや、こっちのほうは見てなかったが……ソリか? ヘッタクソだな」
人のソリを随分と好き放題に言ってくれるじゃねぇか。
格好はあの時と同じ、あいつらだ。
「お、食料が乗ってるぜ」
「おいおい、やめとけ」
「雪の上にあったんだ、食えるだろ」
と、ひとりがソリに手を伸ばす。
いまだ。
「燃えろ!」
「ん?」
「なんだ……ぐぁっ!?」
片方の手に黒い炎が。
明らかにダメージを受けている。
よし。
「な、なんだこれ、魔術!?」
「あづ、あづい、あづぃぃああああ!」
消えろ、消えろと心の中で願うと、黒い炎は嘘のように消えた。
扱いも上達してきたな。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
大火傷して黄色くなった手を雪につけるハンター。
「てめっ、何しやが……き、狐」
「こっちのセリフだ、間抜けども」
相手は俺を知っている。
だが、それは捕らえられた俺。
ここにいないはずの俺だ。
それが混乱しているうちに、俺を未知に創り上げろ。
相手に未知と恐怖を与え続けろ。
「我が肉体が世話になったようだな。なぁ、ニンゲン」
「てめぇは帝国に売っぱらって」
「あぁ、あんなものは雪がひとすくいあれば創り出せようもの。貴様らにはあの肉壺が金貨に見えたか?」
口と頭だけで会話を動かせ。
恐怖は充分、だが殺すな。
殺せば、恐怖は仇への道を開く。
「チッ、なんだかしらねぇが逃げ出したってことなんだな! また捕らえて売っちまえば利益は倍に」
「ならぬよ、燃えろ」
「あぁぁぁぁぁぁっ!!?」
また、さっきのやつの手を執拗に燃やす。
燃やすだけだ。
「と、トム!? てめぇ……!」
「その手が器用だからか? 我が金貨に見えるなどと。浅ましやニンゲン」
「ハァッ、き、きえっ、あぁっ、はぁっ、はぁっ」
「さぁ、燃やすも消すも自由自在、それすなわち貴様らの命をいまこの手で握るも同じ……わかるかの?」
「っ……!」
ようやく状況を理解したな。
未知への恐怖は痛みを伴えば、死への怯えに昇華する。
「さぁ、命を乞えニンゲン。それとも貴様らは我に食われて血肉となりたいか?」
俺はバケモノだ。
そう教え込め。
「……何が目的なんだよ」
「そうだな、まずは貴様らの持ち物が欲しい、全てな」
「なっ!」
「無茶な……」
「ん? 返事が聞こえなかったなぁ、もう一度聞こうか。服以外の装備を全て捧げよ。理解して実行、してくれるな?」
ふたりは顔を見合わせている。
もちろん、最初は誤解させるように言ったのだ。
そのあと、ギリギリまだ理解出来る条件を提示する。
今回は、最初は裸になるまで、と言ったが、次は裸にはならなくてもいいと言った。
つまり、その要求が軽いものに見える、ということだ。
「……雪の上に服だけじゃ死んじまう」
「ならば裸だ。どちらかだな、我は気の長いほうではない、急げ」
「……クソが……」
すると、引き伸ばしながら装備を解除し始めた。
仲間の方も。
出来ない分は無傷の奴がやっている。
よし、焦ってない、急いでない。
この分ならいけるはずだ。
「では、情報を聞こうか。一体何匹の狐尾族を狩った」
しらない、というのは一番のタブー。
あくまで、ここにずっといて、その上で、情報を聞き出す。
頭をフル回転させろ。
「……言えねえな」
「今度は左手がいいか? それとも足もいいな」
「チッ……0だよ、0。ちらほら見えるが、警戒心が高すぎる」
なるほど、ちゃんと逃げていたのか。
よし、まずは近くに狐尾族がいることがわかった。
「では、大雪原の地図などは?」
「あ? そんなもんねぇよ、誰が好き好んで作るか」
ほう。
あれは量産品じゃあないのか。
こんな文明に地図など、随分苦労したのだなと思ったが、なるほど。
「問いは以上だ。では立ち去れ、この場所は貴様らの来ていいところではない」
「……金だけ持たせろ、国に入れん」
確かに、ここに来るまでの道中で入国時に金が必要な国は多かった。
それならば、許可してもいいだろう。
「金だけだ。それ以外は許さぬ」
「全く、恐ろしいやつだ……」
瞬きすらもなるべくしないように。
荷物に入れられた相手の手をずっと観察する……
「……だが間抜けだな」
がさ、と荷物から出されたのは金ではない。
「眠ってろ」
あれは、見覚えがある魔法陣……
そうだ、あの時も、連れ去られた時も魔法陣を使われて……
まずい……
「ったく、大丈夫かそれ」
「冗談じゃねぇこのアマ……縛り上げて犯してやる……」
と、下品な会話が聞こえる。
そうだ、あの時もそうだった……
意識が遠のく……
「……うぉおおおおおおお!!!」
「な、なんだこら、うわっ!?」
「おりゃぁぁぁ!!」
「て、てめっ、ぐぁっ!?」
それと、ほんの少し知らない声。
それを聞いて、俺の意識は終わった。
尊大ロールとかやってると楽しいけどうちの主人公に合わないなーって……