第22話 黒炎
雪が恋しい。
いや、雪ん子って訳ではない、もちろん。
ただ、まぁ。
この場所。
葉っぱの枯れた森に見覚えがなさすぎて。
どこやねん、ここ。
水路の臭いに耐えながら下っていくと、やがて川についた。
そこから上がり、少し上流で本気で身体を洗い流してから進むことにしたのだが……
「……こっちであってるのかな……
一応、道路らしい窪みは見える。
車輪の大きさからしてだいぶ大型だろうが……
いや、あの煉瓦造りの建物があった国からして中世ファンタジーものか?
それだったら馬車とかになるのかもしれない……
たしかにあり得るのかもしれないが……
まぁ、その場所が道路だったとして。
俺はそこに近づいてはいけない。
そのまま離れて進まなければ。
何故ながら俺は500の女だから。
……自分で言ってて嫌になってきたな。
少なくとも、人間に見つかればカブトムシを捕まえるようにゲットされるだろうし、ヒッチハイクでもしようものならそのまま国へ逆戻りだろう。
なので、俺は徒歩で帰るしかない。
のだが。
やっぱり場所が一切わからない。
地図どころか土地勘もない。
どの方角が寒いとかでまだわかるかもしれないが、そんなことのためには戻れないだろう。
「……一旦、休憩……」
歩き詰めだったからだろうか。
妙に疲れた。
……波乱万丈とは、こういうことだろうか。
裸一貫で雪の上に放り出されて。
生きてたと思ったら今度は女の子が倒れてて。
それを助けたらその子の村が雪崩に飲まれ。
気づけば、俺まで誘拐され。
「意味ワカンねぇよ……」
頭の整理が全く追いつかない。
まだこの世界に来てから少ししか経ってないんだぞ。
あの村と一緒に住んでからだって、半月も経っていないだろう。
考える時間もなく、ただただ、俺はこんなことに。
何も考えていなかったから、だろうか。
何の考えも無しにビルを助けようとして。
ビルの立場も考えずに。
俺なら助けられるって、そう思い込んで。
正義の味方気取りか、何も出来ないくせに。
「……ビル、元気かな」
結局、そう祈るしかないのだ。
あとの気がかりといえば、あの黒い炎。
人を三人も殺した、あの黒い炎……
いま思い出すだけでも恐ろしい。
火は温度を上げ続けると白くなる、とは聞いたことがあるが、その全く逆。
だが、温度が低いようには見えなかった。
それに、火種もなく、人を燃やしたら消えていく、ある種潔さのようなもの。
……ただ、あれのおかげで助かったというのもまた事実。
あの事故が起きたから俺は檻から出られたわけだ。
あんな馬鹿げたこと、もう二度と起こらないことを願うほかない。
そのとき。
かさっ……
「へっ」
近く。
嫌な気配。
だけど、人の匂いじゃない。
あくまで自然な、だけど本能からわかる。
絶対に近づいてはいけない匂い。
ガァァァァァ!!
瞬間、真横から。
白い、物体。
野犬の類。
距離、3m。
回避不可。
「あぐぁっ!!」
足に鮮烈な痛みが走る。
犬の牙が食い込んでいる、噛みちぎる気だ。
「はな、はなせっ、おいっ!!」
もう片方の足で犬を蹴るも、完全に腰が抜けた。
野生の肉体には全く歯が立たない。
グルルルルァァ!!
「ぐぁぁぁぁっっ!!」
そのまま犬は何とか噛みちぎろうと、首を振る、身体を振る。
その度に死ぬほど痛みが走る。
もうやめろ、やめてくれ。
「もう、やめろぉぉぉぉっ!!」
そのとき。
地面より、犬の腹を穿つ、黒い柱。
ただの柱じゃない、火柱。
まるで槍のごとき火柱は地面から突然生え。
キッーーー
犬を、絶命させた。
内側から焼けた犬が残したのは灰だけ。
骨すらも、残らなかった。
「ま、また、ひ、火が」
痛みとその唐突さに、思考が停止する。
鼓動がいつもの5倍は遅い気がする。
そして、世界が時間を取り戻したとき。
俺は意識を落とした。
ーーー……さま。
ーーー……た、さま。
ーーー……にきづいた……ね。
ーーー……らは……たの……。
ーーー……うにつかって……い……。
ようやく、主人公の能力が見えましたね。