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第21話 脱出

「レディィィィィィィス、エーン、ジェントルメェェェェェン」


景気のいい掛け声とともに、観客席らしい場所から大時化のような拍手喝采が起こる。

先程服を剥かれ、冷水で身体を洗われたことよりは幾分か煩わしい。


「みなさま! 大変長らくお待たせしました! これより奴隷オークションを開催いたします! 注意事項は確認しましたね?」


始まったのだ。

俺が何か考えられるよりずっと早く。


「……トモハル」

「……始まっちゃったな」


打つ手は無い。

俺は漫画の主人公じゃないんだ。

異世界に来たからと言って、俺が何か成し得られる保証などない。

運が悪かった、注意が足りなかった、たかだかその程度で人生の方向は180°変わる。

その気兼ねができていなかったのだ。


前世と同じく、生きていればいいという状況などもう、どこにも無いのだ。


「では、1番! 力自慢の大男! 首輪の力であなたに反抗はできません!」

「20!」

「25!」

「35!」


競りのように、各自で値段を言っては、その最高額で落札される。

前世と同じだ。


「……いったい、どうなるんだろうな」

「……わかんない」


ビルと最後になるかもしれない会話をしながら、自分の時間を待つ。


「では、16番。いくぞ」


16番、と呼ばれたのはビルだ。


「あっ……」


檻ごとステージに運ばれていくビル。

咄嗟に手を伸ばす。

いつも気の強そうなつり目は不安にいっぱいだ、瞳孔が開き切って、汗がひどい。

このままでいいのか。

何も出来ないからって、何もしなくていいのか。


「待て、待てよっ!」

「うるさいぞ24番」


ガン、と檻の縁を蹴られる。

止まるな、あいつを連れて行かせるな。

お願いだ、何か思いついてくれ。


だけど。


「続いて見えますは、16番! 赤髪の美少年にして体力に自信があります! どうぞ!」

「10!」

「12!」

「13!」


無慈悲な数字は並べられていく。


「13、13、他にないか! では13と言われたお方、後ほど契約をお願いします!」


そして、僅か30秒前後。

あまりにもはやく。


「あぁ……ぅぁぁぁっ……」


あっけない、あまりにも。

人命をこんなに簡単に。


「お前たちに人の心はないのか……!」


仮面の男に吐き捨てる。


「お前にはあるのか? お前は待つことしかしなかったじゃないか」

「っ……」


初めて、こいつと会話した。

だが、それは俺の胸をえぐるもので。


「所詮お前らは助かることを望んでいただけの商品に過ぎない。だから俺たちに売られる。文句なら自分に言え」


そうだ。

俺は、自分から助かるという選択肢を選ぶことも出来なかった。

いや、しなかった。

誰かが助けてくれるかもと……心の底で期待していた。


俺がパンを喉に詰まらせたふりをすれば檻を開けることも出来ただろう。

奴隷全員と協力すれば多少何か起こせただろう。

そういった努力が、一つもなかったのだから。


「23番の落札が完了しました! では……」


観客がどよめく。


「今回の目玉商品をご紹介いたします!」

「「「ウオオオオオオ!!」」」


ゆっくりと俺が運ばれていく。

何日かぶりの光。

日の光ではなくふよふよと宙に浮く魔術のひかりであるが……


「あれが例の!」

「美しい……欲しい!」

「素晴らしい出来だ! 神に感謝せねば!」


観客のボルテージは最高潮。

あらゆる視線が俺に向いている、逃げられるはずもない。


「もう説明は不要ですね? 一級品の! いえ特級品の! 狐尾族でございます! 値段は高騰が予想されます、50から! では、スタート!」

「60!」

「80だ!」

「110!」

「160!」


上がり方がどう考えてもおかしい。

これまで3桁なんて100行ってもそれで終わりだった。

それが。


「200!」

「230!」

「255!」


多少緩やかにはなっているが、止まる気配がない。

俺には、そんなに価値があるというのか?

狐尾族で、ほんの少し見た目がいいだけで……?

気持ち悪い。

吐きそうだ。


『いやだ……なんでこんなこと、俺が』


しん、と会場が静まり返る。

なんだ、いまの……


「しゃ、喋った……」

「綺麗な声……」

「300……いや330だ!」


まさか、俺の声、か?

確かに、同じ内容を喋った。

だけど、変に拡声されている。

まさか、このステージにそんな仕掛けが?

嘘だ。


俺の声を聞いてからというもの、観客のボルテージは臨界点を超えた。


「360!」

「400!」

「440!」


そして。


「495!」

「500!!」

「500、500、他に、ふひ、他にありませんか! ありませんか! ふひひ」


さっきまでほとんど道化的な作り笑いだった仮面の男が、にやけた顔を隠せていない。

あたりまえだ、おそらく俺が出るまでの23人集めても俺より安い。

仮面の男、観客、みんな含めて頭がおかしい。


そして、500と言った男も。

俺を見てヨダレを垂らしているほどの男だ。


「よくやったぞ24番! 最高の稼ぎだ、うちの記録を大きく塗り替えたぞ!」


そのまま俺は舞台裏へ。

初めて仮面の男の感情があらわになっている、金が入ったことがそんなに嬉しいのか。

嬉しいのだろうな、人を商品にするぐらいだ。


そのとき。


「お前さえ買わなければ!」


怒声が聞こえる。

舞台裏から直接繋がっている契約場だ。


「そもそも! 返品も返金も効かないとはどういうことだ!」

「ですから、注意事項は最初に見ていただきましたし……」

「そんなものは知らん! 505金貨で買い直すからこいつを返品させろ!」


ちらり、と見えた。


「……ビル」


そこにいたのは、肩身を狭そうにするビル、それと、脂ぎった男と、仮面の男。

脂ぎった男は覚えている、確か俺のオークションのときに495と名乗りを上げた男だ。

そうか、ビルを買ったのもあの男はだったのか。

ビルを買ったせいで俺が買えなかった、というクレームをやっているのか。


バカにしやがって。

ビルがどうして、そんな必要ないみたいな扱いを受けなきゃいけない。


「ふざけんな……!」


それに、俺自身にも苛立ちが起きる。

俺が何かすれば、何かしておけば。

多少、結果は変わったかもしれないというのに。


「クズが……っ……!」


仮面の男も。

脂ぎった男も。

俺自身も。


みんなみんな、クズばっかりで。


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!」

「おい騒ぐな、24番!」


瞬間。


「う? う、うぁぁぁぁっ!? も、もえ、燃えてっ、なんだこれ!?」


悲鳴が。

後ろの、俺を運んでいた仮面の男だ。

足元に燃える、黒い炎(・・・)

墨汁がそのまま逆巻くように、燃え盛る。

取り囲むように、コンロの火のように。

さらに。


「な、なんだ、あつ、あついっ!? なにをしたばかものめ、おいい!!」

「あぁぁぁっ!!! みず、みずを、あつい、しぬっ、みずぅぅぅ!!」


脂ぎった男も、それと対応していた仮面の男も。

同じく、黒い炎に巻かれている。


「な、なんだよ、なんだこれ、なんだこれっ!? たす、たすけ、あ」


黒い炎は仮面の男を燃やして。

残ったのはススだらけになった貴金属だけで。

それ以外は、全て……灰になった。


「う、うわぁっ、うわぁぁぁっ」


檻の中で逃げられない。

黒い炎は消えたが、いま俺のところに燃えないとも限らない!


「鍵、かぎは!?」


貴金属の中には、もう、その形を失った鍵が。

小さな小さな、金属片となり、灰の中に埋もれていた。

手は届かないし、たとえ届いたとしても解錠は絶望的だろう。


「あぁ……あぁぁぁ……」


絶望感が頭を支配する。


「くそ、開け、開けよ!」


何度も、殴って、蹴って、檻の扉を壊そうと。


すると。


ボォ……

「ひっ!?」


鉄格子の南京錠が(・・・・・・・・)黒い炎に巻かれ(・・・・・・・)燃え始めた(・・・・・)

ありえない。

金属にそうやすやすと火がつくなど。

この黒い炎は、一体なんなんだ。


「なん、なんなんだよ、なんなんだよいったい!」

ガコォン……


南京錠が壊れ、地面に落ちた。

これ以上は本当に我が身だ。

さっさと逃げる。

久しぶりの檻の外は広く、しかしてまったくもって安心できず。

さっきの灰を見て、背筋が凍る。


「そうだビルっ」


さっきの、二人ともに着火された黒い炎は。

まさか、ビルまで?

契約場に走ると。


「び、ビル、無事か」

「と、も、はる」

「に、逃げよう、ここは危険だ……」

「た、たてない」


腰が抜けているのだろう。

さすがに見殺しにはしたくなかった。

ビルを背負い、さっさと光の漏れる裏口へ。


そこは。


「で、でく、ち……?」


漏れる光は月光。

暗い煉瓦造りの街にはどうにも人影はない。

よし、いまなら。


「み、見えるの? トモハル……ここ、真っ暗で」

「えぇ? こんなに明るいだろ……」


っと、もしかしたら狐の視力で夜目が効くのかもしれない。

人の見えない暗さまで視認できるのだ。


そのまま人のいない大通りを抜け。

見えた。


「あの門、まさか……外!?」

「そ、外、いくの……?」

「分からん……でも、行くしか」


城壁にある大きな門。

察するにあれはこの国の外へ行けるものだ。

人の気配を耳と鼻で調べながら進む。

特にあれが関所だとするならどうしても人がいるはず。


「どこか、逃げられる場所……」


すると、横目に見えた。


「……水路……」


上下水道なんか通ってないが、生活排水を一つにまとめているのだろうか、各家からパイプが伸びてはその水路にみずを捨てている。

どう見ても汚水。


だが、外へ確実に出られるのはこれだろう。


「……ビル、汚れてもいいか?」

「……いやだっ……」

「ビル、いや、たしかに聞いたけど、いまはそんな場合じゃ」

「この国の外なんか知らないっ、出たくないっ……!」


そうか、ビルは、捨て子だったな……

この国以外は知らないのだろう。

だが中にいても……


「俺にはこの国しか無いんだ!」

「うぁっ!」


そのまま手を振りほどかれ、走り去られてしまった。

そうだ、ビルは捨て子で、さらに物乞い。

最低生きていくためには、オークションにでも身を売るしかなかった。


そもそも、ここから大雪原がどれだけ長いかもわからない。

おそらく、ビルは俺たちみたいに雪に適応できない……途中で死ぬかもしれない。


……ビルは、ここにいるのが幸せ、なのかもしれない。


半ば諦観と共に、俺は水路へと飛び込んだ。

改善点などあればよろしくお願いします!

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