第20話 奴隷
閉じ込められて、3日が過ぎた。
気が狂いそうだ。
昼夜もわからない、食事で時間をはかる毎日。
運ばれてくる、この世界で初めてのパンはボソボソのスカスカ。
これまでジューシーなものばかり食べていたからか、発泡スチロールでも食べている感覚に陥る。
結局食べ残してしまうのだが……
「……ねぇ」
「あぁ……今日も欲しいかい」
「……うん」
となりにいる、赤い髪の男の子。
青年というよりまだ少年、目がつり目できつい印象があるが、支給されるパン2つじゃあ足りないらしく、いつもお腹を鳴らしていた。
なので、毎食1つパンをあげていたのだ、結局俺も一つ食べるのが限界だし。
ビルという名前らしい、見た目からも明らかに人間。
「ん……ありがとう、トモハル……」
パン3つを食べ終え、ビルが軽く笑ってきた。
望むべくもなく、こんなことになってしまったが、呼び捨てで呼ばれるのは久しぶりでやっぱり心地良い。
ビルとはいくつも話をした。
俺が大雪原から来たこと、大雪原には温泉があること、ラクたち狐尾族のこと。
逆に、ビルは捨て子で、この国から出たこともなく、教会の温情や物乞いなどをして生きていたとき、限界になってこのオークションに身売りした、と。
この場所の関係者に聞かれると面倒だったのであまり長くは話せなかったが……少なくとも、正気を保っていられるのはビルとの会話のおかげだろう。
ちなみに、鍵開けの試みは失敗に終わっている。
そもそも、俺もビルも魔術が使えないのだから、仕方がない。
さらに、この場所には魔術を使えなくする仕掛けがあるらしい、正式名称は知らないけど。
「ビル、もう寝よっか……もうじき夜だ……」
「うん……」
明日は4日目。
つまり、オークションまであと少し、ということだ。
もう出来ることはない、絞首台の前で待つ死刑囚と変わらない。
「おやすみ、ビル……」
「あぁ、トモハルも……」
〜〜〜〜〜
一方、狐尾族は。
「探しに行かせてください……!」
「ならん、男衆が総出で探して、見つかったのがそりの跡だけ……トモハル殿はニンゲンに捕まったのだ……」
「だから、それを探しに行くって言ってるんですっ!!」
ラクは激昂していた。
あまりに突然な、恩人の消失。
あの時温泉からこちらに微笑んでくださった方がニンゲンに連れ去られたなど。
ラクには到底許せなかった。
「マカさん! マカさんなら!」
「無理です……大雪原の奥にまでこれる装備を持っているなど、帝国の人員の可能性が高い……あなたの捕まった帝国の、です」
「っ……だ、だと、しても」
「ラク! 聞きなさい!」
空気は最悪。
マカがいくら優秀だとしても、大国の魔術師には到底勝てない。
闇夜に紛れて侵入しようにも、それほどの技術も度胸もない。
「私に……私に、力があればっ……」
ラクはそう願わずにはいられなかった。
「……いまは、あの方の知恵で助かることを祈るほかない。聡明なお方だ、何もせずにくすぶっていることは無いだろう。それが成就することを祈るしかあるまい」
村長はこういうとき、絶対に感情に流されてはいけない。
老い先短いこの命、間接的とは言え助かったのはトモハルあってこそと。
そんな考えに、身体を任せてはいけないのだ。
「悔しくないんですか……!」
「悔しいに決まっておろうが!!」
「ひゃ」
「……悔しい。我々狐尾の民は代々ニンゲンから逃げて生きて来た。時にはさらわれるものも居た! だのに、今回ばかりは怒り狂い、ニンゲンを残らず殺してやりたいほどだ」
だが、だが。
「いまは無血で耐えねばならぬのだ! たとえトモハル殿が死のうと!あらゆる恩義に背こうと! 村民だけは守らねばならぬ……」
文句など言えようものか。
こんなことを言えば村長という立場は傷だらけになる、だからこそ言ったのだ。
明確に、示すために。
「我々は生きねばならん。助けに行けるなどと思うな。我々は弱い。ずっと、こうして生きて来た」
「っ……っ!」
ラクはなんとか反論しようとする。
だとしても、ラクには知恵がない。
実力がない。
技術がない。
何もない。
ラクが帝国から逃げだせたのも運が良かったから。
ラクだって一心不乱に逃げていた以外のことは覚えていない。
「見殺しにしろというのではない、耐えよ。トモハル殿は絶対に戻ってくる。わかったな」
仕方がない。
そう言うしか、無いのだ。
奴隷系主人公。