第2話 白い世界
ざく、ざく、と雪を踏み込む音だけが聞こえる。
もちろん裸足。
なにこの拷問、流石に服ぐらいくれてもいいじゃないの。
あれか、動物に服はいらんと、そういうことか。
無慈悲はまだわかるが無頼は違うだろう、人間だし。
……まぁ人間9割だろうと言われれば何も言い返すことは出来ないが。
何故かはわからないが、簡潔にまとめると、俺はそれなりに大人の女性の身体となり、その上でキツネの耳と尻尾が生え、そして、白い雪の積もる場所に裸で連れ去られた。
なぁにこれ。
ショ○カーだって初代にここまでのことはしなかったぞ。
……いやトントンか。
まだ日が出ているからマシ、と思うべきか。
寒すぎて死にそうなのは変わらないが、現在進行形が過去形になっていないぐらいの致命傷である。
せめて何か、雪を踏まないで進めるなにかがあれば良いのだが。
だが……駄目……っ!
一面銀世界……っ!
想像するなら、ウユニ塩湖とかいえば分かりやすいだろうか。
青と、白だけ。
空が反射しないだけ幻想的では無いが、それはご愛嬌。
こちとら生命の危機なのだ。
すると。
「……ん?」
なんだか、小さな……なにかが視界の端に。
白くない。
一気に高揚感がアクセルを踏む。
尻尾がもさっ、と膨らんだのが理解できた。
あぁやっぱりそういう感じなのね……
いいや今はとにかく、あそこにあるあれだ。
「あそこまで、行けば何とか……」
その物体は近づく程に大きくなる。
それは。
「……嘘やん」
岩やった。
思わず言語を間違えるぐらいには脳細胞が解散していく。
あーやめて戻ってきて、いま脳麻薬が無いとだいぶやってられないから。
とはいえ、この二色しかない拷問の世界に舞い降りた灰色の小悪魔は俺には少々いいものに見える。
いやだいぶ、かなり。
「よっ、と」
冷たいが、とにかく我慢して登る。
雪よりはマシだ。
まぁ、結局積もった雪は落とすのだが。
「はー……っ……はー……っ……」
脚に息を吹きかけ、何とか蘇生を試みる。
あとはマッサージで血行を良くしたり、とにかく温度を上げる。
最悪凍傷起こして死ぬかもしれないのだ、これでも全く足らない。
「……ここはどこなんだ、一体……」
岩の上に座り込みながら、あたりを見回す。
現代日本においてここまで文明のない土地がかつて存在しただろうか。
あってもおそらく草木ぐらいは生えるだろう。
冬だったとしても、枯れ木は見つかるはず。
よしんば日本でなかったとして。
「……それでもありえんよなぁ」
そう結論づけられる。
ここは、異常なのだ。
このまま岩の上にいれば救助ヘリでも来てくれないだろうか。
すると、またしても小悪魔のイタズラか。
「……ん」
小さなものが視界の端に見えた。
希望と夢を持たせて一気に突き落とす手法、あまりにも卑劣である。
まさかこの世界のラスボスか? 岩。
……とはいえ、それが"何か"であるという、可能性を捨てきれないのが人間の悪いところである。
それがいいところだった人間も少なくはないのだが。
とにかく、この岩は我が不滅の要塞、ここから足を出すことなど俺の痛覚が許さない。
とにかく目を凝らして見てみる……が、あまり良く見えない。
視力は2.0だったはず、少なくとも物体の形ぐらいは見えると思ったのだが。
とにかく、憂鬱であるが。
遺憾の意を示すことになるが、今は向こうに行ってみるほかないだろう。
たとえあれが岩だったとして、対してやる事は変わらない、その上に登るだけだ。
そして数分後。
事態は思わぬ形で好転する。
「……えっ……」
そこにあったのは……雪に埋もれた何か。
だが、その周辺のものは。
草や竹で編まれた装備は。
「お、おい、おいっ!」
痛みや寒さも忘れ、雪を振り払う。
出てきたのはヒゲを蓄えた男。
その身体は変色した肌色で。
その皮膚は雪よりも冷たかった。
足跡は俺のものしかない、確実に時間が経っている。
男は、死んでいた。
「……っ……」
ぼす、と雪に座り込んでしまう。
いいのだ、この男には一切思い入れがない。
すなわち、極端な話死んでいても悲しくなどはない。
それよりも。
「……死にたく、ない……」
死のビジョンが、より鮮烈に、先鋭に。
肌を刺す冷たさは棘に思え、風の行く音は死神の笑い声にも聞こえた。
そうだ、死ぬんだ。
このままだと、俺は、こいつと、一緒に。
そこからの行動は早かった、全ての装備を根こそぎ剥いだ。
どこか古風な出で立ちだが、まぁいい。
さっきよりはマシだ。
尻尾と耳のおかげで腰布や三度笠が付けづらかったが、なんとか上手くやった、
一応死体に合掌して。
「おぉ、おお」
男がつけていた足袋、こちらでやってみると随分と雪の冷たさが和らぐ。
素晴らしい。
少々胸のところがきついが、これに関しては後で考えるべきだろう、今はとにかく余裕がない。
そのとき。
「……!」
男の装備に、面白いものを見つけた。
「これ、地図!?」
雪に濡れてぐしゃぐしゃであったが、かろうじて読める地図。
動物の皮の鞄に入っていた、これは本当に助かる。
他にも石のナイフだとか、ろうそくだとか色々。
だが。
「……な、なんて読むんだ? これ……」
地図には見慣れない言語が大量に書いてあった。
英語どころか日本語すらも怪しい現代日本男児に未知の言語を解読させようとは、随分な試練である。
仕方がないので、それっぽーいものから判断するほかない。
たとえば、この小さな丸が集まる場所。
ここは……
「……村?」
記号などはない、と思うので、イメージだけで考えることになるのだが……
それが一番、脳の中で早く名乗りを上げた。
「……行ってみるか」
と、言ってみたはいいものの。
四方八方四面楚歌。
白い世界はあゝ地獄の如し。
すなわち。
「……どっちがどっちだ」
結局、遭難は続くそうなんです。
改善点などがあれば感想欄などにお願いします。