第17話 暇と呪術
「暇だなぁ……」
「暇ですねぇ……」
今日も今日とてラクとごろごろ。
もっと異世界ファンタジーって激しいものじゃなかったか。
こう、剣と魔法で悪しきものを吹っ飛ばすみたいな爽快感。
無い。
どこにも、ない。
剣?
戦う相手がいないので木刀すら無意味。
魔法?
使えない。
八方塞がりである。
確かに平和な方が望ましいしそんなに血なまぐさいことが好きなわけでもない。
ただ……娯楽がない。
基本的に、衣食住の充実したものなら自然と思いつく、娯楽。
つまりは、人類は暇という時間を見出すことになったのである。
今度はそれを潰すために四苦八苦するわけだが……
「釣りもなぁ……取り過ぎてもいいことはないし」
いくら干物にして保存食に出来ると言っても限度がある。
具体的にはプッチーは釣れ過ぎてしまうために、多人数で行くと……まぁ、お察しである。
「すでに冬を越せる分は取れましたし、何か他に見つけることになりますよね」
「ただなぁ、木材は貴重だからな……」
木片すらも泥に混ぜて建築材料として使いたい今、木材は中国の豚並みに余すところのない存在。
言わずもがな、大量にもない。
結果、こうしてぐだぐだするしかない。
雪合戦でもすればいいだと?
目の前から雪が迫ってくるのがトラウマになってるのが多数いるのだ。
すでにかまくらに住んでいる、つまり雪に覆われているというストレスがかかっているのだ。
なのであり余る雪を使った遊びはNG。
「魔術の練習でもするっかなぁ……」
「お付き合いしますー」
最近ラクの態度もかなり軟化傾向にある。
非常によろしいことだ。
というわけで、今日も今日とて。
「出来ない……」
挫折。
しかしてそれをバネにするほどの活力もひらめきも無い。
「うーん……イメージが無いわけでもなさそうですし……」
俺のイメージ上、火属性の魔術はガスコンロだと思っている。
魔力を燃料にして、着火。
イメージは完璧のはず……
「やはり魔法陣と触媒を使うしか無いかもしれません」
「そうなのかなぁ……」
魔法陣と触媒。
いわゆる制御と発動の手助けをしてくれる、アタッチメントみたいなもの。
それがあれば、初心者でも魔術は簡単に使えるらしい。
もっと級の高い魔術を使おうとすればどちらも必要になる場合が多いらしいが。
「下級の魔術の魔法陣は一律なんです」
ラクは地面に1mほどの円を描き。
その中に三角を上下それぞれに描く。
六芒星と呼ばれるマークだな。
「これで完成です」
「意外と簡単なんだな」
《炎槍》はとんでもなく複雑だった。
なんか変な文字っぽいのめっちゃ描いてたし。
「まぁ下級ですから。上級とかになってくると直接魔法陣に詠唱を書く必要が出てきます」
そうなのか。
それであの文字が。
複雑化もやむなし、ということか。
「で、触媒は今回、私で」
「ラクが触媒に?」
「他にできるものもないですから」
魔力のこもっているものなら何でもいい、というのが触媒の定義だが、つまりそれは魔力がないと触媒には出来ない、ということだ。
そんじょそこらの小石を触媒には出来ない、ってことだな。
「では、手を」
魔法陣にラクが乗り、こちらに手を差し出してくる。
なんかいける気がしてきた。
手を取り、目を瞑る。
「んっ……」
ラクの声が耳に届く。
魔法陣とラク、自分の中の魔力の存在を見通せる。
今までにない感覚。
いける。
さぁ、使うぞ魔術!
イメージは……ガスコンロ!
「自然の力よ、応えよ」
ふぅ、と息を吐き。
「《火球》ァァ!!」
………。
………………。
…………………………。
「ダメなんかい!」
いまいける雰囲気だったじゃん!
魔法陣今なお光ってんじゃん!
成功するはずじゃん!
「ここまでして使えないなんて……」
ラクすらも驚きの表情。
嘘だろ承○郎。
「これじゃあ狐のヤローを呪い返すことも出来ないぞ……」
一応目標っぽいものはそれしかないからな。
「呪い……そうですよね、トモハル様は狐さんに呪い殺されたんですよね」
字面にするとインパクト強いな。
頷いておく。
「なら……呪術のほうは使えるのでは?」
その時俺の頭に電流走る。
魔術よりも難しいし意味が薄いと言われて目をそらしていた、というかアウトオブ眼中だった存在、呪術。
使えるかどうかなど考えてもいなかったわけだが……
そうか、そう考えてみると。
呪術で殺されたと仮定し、この世界に転生すると死因となるものを使役できる存在に生まれ変わるとしたら。
「呪術って、どうやるんだ?」
〜〜〜
「これで準備は整ったと思います」
目の前に、複雑な魔法陣と、その上に乗ったラク。
見た目はさっきとあまり変わらないが、魔法陣の内容が明らかに異なる。
やっぱり変な文字が書いてあるし。
大量に。
「これを発動したらどうなるんだ?」
「さっきと同じく火がつくらしいですが……」
何せこの狐尾族、呪術の使用経験が全員ゼロらしい。
魔術でどうにかなることがほとんどであり、狐尾族の生存戦略はひたすらに逃げ延びることであるからだ。
つまるところ、相手を攻撃することに特化した呪術は大して必要にはならない、ということだ。
「えーと、詠唱は……呪い狂えよ我が咎よ、猛り殺せよ我が罪よ、今別天津神にかしこみもうす、黄泉の国へと至らんその道程を祭儀と共に、全ての命と我が過去に、死の祝福あれ」
長っ。
しかもかなり痛い。
カルト宗教でもここまでのこと言わんぞ多分。
ていうか神に祈るほど殺したいのかよ。
たかだか火を起こすだけでそんな犠牲払わなくていいから。
「呪術の名前は、《狐火》」
「まぁ、そこは納得できるというか……」
尻尾の先端とか燃えないだろうな、大丈夫か?
「まぁ、とりあえず唱えてみるか……」
これ発動してもしなくても俺厨二病真っ逆さまだな。
片足どころか沼に肩までどっぷりだわ。
「呪い狂えよ我が咎よ、猛り殺せよ我が罪よ、今別天津神にかしこみもうす、黄泉の国へと至らんその道程を祭儀と共に、全ての命と我が過去に、死の祝福あれ……」
違和感は無い。
手ごたえも。
霞を掴むようだ。
「《狐火》っ」
………………。
「やっぱり何も起こらないじゃねーか!!」
それでもうまくはいきません。