第14話 魔術その2
「おー、意外とあったかいのなぁ」
「人肌もあるかもしれませんが、予想以上ですね」
かまくら作りは無事完了した。
よくある漫画みたいな丸いものでなく、小さな丘みたいな感じのを作って掘り、地面を床にした。
ビーバーのダムのように、潜り込むようにして中に入ることが出来る。
雪が積もらないようにそこだけは屋根を作って。
土と雪を掘ればそれなりに広がるので、意外と人数が入る。
一応人が踏まないよう、かまくらの屋根を囲うように枝を刺し。
布で出入り口、中身をくり抜いた木で排気口を作れば。
「意外と完璧だな……」
「初心者でも、集まれば出来ることはある、ということです」
四人家族ぐらいは眠れるスペース。
小さなざる。
雪解け水を入れる木の甕。
石器時代的な装備だが、かなり人間らしい家だ。
スコップを作ったり、バケツを作ったりする器用な男性陣に感謝するべきだ。
「では、ここをトモハル様のお家に」
「いやなんで?」
ここはマカがスペースが欲しいっていうから掘ったものだぞ。
言うに、魔術の研究がしたかったらしいが……
「ですが、気に入られたのでは?」
「そりゃそうだが、俺にはあの木の奴が……」
「申し訳ありませんが、心許ないのでは?」
「う……」
そこを言われると、このかまくらや、ほかのかまくらの完成度に比べると、あれは本当に巣と形容するのが正しく感じられるほど粗末で心許ない。
マカの言う通りであるが……
「それとも、さらに広いのをご所望に?」
「違うって」
んー……だけど、木を多く使えない現状において、むしろかまくらは最善策。
あの家に使っている木材すら、ほかの何かに流用したい。
それもかまくらを作るのならということになるが……
「ぶぇっくし!」
外から男らしいくしゃみが。
「はー、この湯冷めんときだけはどーしても治らんのよなこいつ……」
あー、風呂から上がったのか。
温泉は意外と、男陣に好評である。
汗を楽に流せて疲労も回復出来るとのこと。
確かにそれは認める。
しかし、併用して。
やっぱり、雪から離れているとはいえ寒さはある。
湯冷めは一気に突撃してくるためにどうしても身体が冷えてしまうのだ。
風除けか何か……
「魔術をいちいち使うのも大変ですしねぇ」
「心を読むな心を」
「ふふっ、申し訳ありません」
マカはこういうところがある。
真面目に見えて、俺の可愛いところを見るのが好き、とか普通に言ってくる。
しかもシラフっぽいからなぁ……まぁそもそもここに酒は無いが。
「ま、やるとしたら脱衣所でも作ることになるなぁ」
「そうですねぇ……」
結局はそこに行き着くわけだ。
とはいえ、そうして作るとなればそれなりの材料は必須。
まずは木を乾かすなど、本格的な作業をしないと難しいだろう。
かといって温泉の近くだ、かまくらなど作ればたちまち溶ける。
どうすっかねぇ。
とはいえ、放置は危険だし。
急激な体温の上下が毎日だと、心臓に負担がかかる。
兎にも角にも、俺と狐尾族の技術じゃあ限界がある、というわけだ。
とはいえ、ここらへんにあるものといえば雪ぐらいだ。
森に行くなら、もう少し待ってからでないと。
「んー……魔法陣で適当な範囲の温度を上げる、みたいな……」
「《熱加減》を使えば可能ですが……それを魔法陣はいいとして、魔力供給源に一人いないといけませんね。温泉を上がった人にそれをやらせるとしても、おそらく私以外なら結局魔力消費量に疲弊してしまうでしょう」
ぐぬ……魔術も万能ではないということか。
疲れてしまうなら温泉の意味はないし。
「上手くいかんなぁ……」
「そうですねぇ」
石でも集めて石室でも?
いや技術が無いし……
地面を掘ってもなぁ……
一人ずつ着替えるにしても難しい。
どれもこれも木材が無いせいだ。
どうにかしないと。
「木材って森から取るしか無いのか?」
「ニンゲンの国から強奪するなど?」
そんな狂気的な発想はないし実行もしない。
「まぁ冗談です。現実的なのは、仲間の狐尾族が冬を越して、こちら側に移動するのを祈る、ぐらいでしょうか」
狐尾族は一定の場所には住まない。
特定の場所に本格的な住所は作るが、そこをいくつかのグループでローテーションする。
だいたい一年ずつぐらいで次の住まいに移るらしい。
理由として、誰も住まない村を作る、というものがあるらしい。
何故なら、狐尾族は見目麗しく、特に女性ならば観賞用として、またその尻尾の毛などは高く売れる。
人間に、だ。
そのため、狐尾族のグループよりも3倍近い無人の村を作り、人間を撹乱させる目的があるのだとか。
なので、今回雪崩で村がひとつやられたのはかなり痛手らしいが……
「さすがに都合よく考えすぎ、だよな……」
「まぁあり得ないでしょう。最近ここいらでは人間の活動が見られましたし、場合によっては移住を考えていました」
最近になってわかったことだが、狐尾族は人間にかなり恨みを持っている。
当然と言えば当然の話だろうが……
まぁそれとして。
俺も気軽に人間に向かってはいけないようだ。
魔術もない、スポーツも子供の頃野球やったぐらい、護衛などてんでダメな俺が。
いわゆる、とんでもない価値になったわけだ、貨幣的な価値だが。
そうなればもう、それは喋る金塊。
取ってくれと言わんばかりらしい。
「人間に……ならなかった、か……」
「あぁ、ラクから話は聞いております。前世はニンゲンであったと。まさかトモハル様が……」
「幻滅した?」
「とんでもない。命を救われた相手を邪険にするほど、我らが誇りは腐ってはいませんよ」
そう言われると嬉しい。
彼らはニンゲンというジャンルを嫌っているのではなく、人間の本質を嫌っている。
まともなニンゲンがいれば、ちゃんと人間として認める、認めてくれるのだ。
「それに智慧者でありますし、優しく、気高く、それでいて……」
「待って誰その完璧超人」
「もちろん私の目の前におわすお方ですわ、トモハル様?」
確かに、あの時多少無茶したのは認めるし、側から見たらカッコよかったとは思うけど……
「……恥ずかしい」
「はい♪ 素直なのは良いことです」
こいつは本当に。
「命の恩人で遊ぶなよぉ〜」
「命の恩人だからこそ、ここまで気を許しているのですよ?」
勝てる気がしない。
こんな性格で魔術まで使えるのだから、前世のゲームにでも出てくればさぞかし人気のでたキャラクターだったんだと思う。
……ふと。
「なぁ、俺が魔術を使えないことって聞いてる?」
「はい、異世界人の場合はまれにそういうこともありますから」
「……治せたり」
「しないとおもいます。異世界人はこの世界では大概、魔術は使えないが智慧者、という立場ですね」
「妙に強かったりとか……」
「ごく稀に。ですが、そういう人材は国交の交渉材料になったりするので自由は無いそうです。あとは強さを過信して竜種に単独で挑んだり、女の子と何人も結婚した結果刺されたりと、無残な死に方もしばしば耳に」
どんだけ異世界人に厳しいんだこの世界は。
いやそもそもここに突然裸一貫で落とされて未だに生きてるどころか多少の生活空間を得てしまった俺が言えた義理では無いが。
「トモハル様はそんなことはしないようにして下さいね。凍傷すら、直すのに何時間もかかったので。致命傷は治せませんよ」
マカの使っていた魔術、《治療》は万能では無い。
そもそも魔術にはランクがあり、下級、中級、上級、超級、特級があるらしい。
そもそもは上級までしか無かったらしいが、まれに異世界人が強力な魔術を生まれ持っていることがあり、それがインフレを起こし、特級まで作ることになったらしい。
異世界人ののこした手記のおかげで超級の使役者はこの世界の住民でも結構いるようだし、特級持ちも少ないがいないことはないようだ。
《治療》は中級の回復魔術。
つまりまぁ、そうすごいものでもない、ということだ。
マカは火属性の魔術は上級、それ以外は中級か下級クラスのようで、これでもかなり優秀のようだ。
上級がひとつ使えれば魔術師としてはそれなりに地位がある、との事。
話を戻すと、中級の回復魔術程度では、凍傷で死にかけた手を戻すのには何時間という時間を要する。
超級にもなれば数分で治るらしいが。
恐ろしい。
ちなみに、下級の場合はよっぽど運が良くないと治らないようだ。
「はいはい、わかったよ」
「なーんだか、怪しいですねぇ」
どっちのセリフだ、どっちの。
異世界に行ってみたくもありますが、雪の上に全裸でポイ捨てされるような世界は勘弁してください。
1/22 修正しました。