第13話 本
本。
この世界において、紙とは高級品。
製紙技術が発達していないからである。
できていてもボロボロだったり劣悪。
代わりに、羊の皮を使った羊皮紙を採用している。
現代の日本人には少々えげつなさを感じざるを得ないが、昔は本当に使われていたものだ、歴史に感謝しながら読むのだ。
ま、それでもめちゃくちゃ高級品だけど。
これは後から知ったことだが、羊皮紙だってそのまま使うわけにはいかない。
伝染病、寄生虫にかかっていないかなどのチェックで良し悪しが出来てしまうのだ。
それから一枚を仕上げるのに十数日もかけるとか。
恐ろしい。
村から持ってこれた本は数冊。
重要な本だけでも、となんとか掘り起こしたらしい。
インクが滲んでいるものも多かったようだが。
「…………」
そんな中の分厚い魔術の本を借りて読むわけだが。
一頁ずつが柔らかくて読みづらいのはまだいいだろう、だが……
「……読めん」
そもそも文字がわからん。
いやわからんて。
地図すら読めない俺が本なんて読めるわけがないだろう。
うわぁ我ながらバカっぽいこと言ってんな。
「ラクちゃぁ〜ん……へるぷみぃ〜……」
「ど、どうなされたのですか!?」
いやそんなに尻尾ボワッとしなくていいから。
そんなおおごとじゃないから。
「読めない……」
「へ?」
こて、と首をかしげるラク。
可愛い。
「いやぁ……この前まで違う世界にいたから……なんて……」
冗談っぽく、あくまでヤバい奴に思われないぐらいに。
すると。
「へ? もしかしてトモハル様は元はニンゲンの、異世界人なのでございますか?」
「へっ?」
「へっ?」
どこかの泉並みにへの文字が横行していく。
へぇボタンかなにかが欲しいところだ。
いやいや、それよりも。
異世界人と言ったか?
「異世界人って……異世界人?」
「異世界人ですよ、違うのですか?」
「えっ、もしかしてそれって……」
「……まぁ、魔術を知らないとか、そういうところで違和感はありましたが……なるほど、そういうことだったのですか、何度か魔術は使えないと聞きましたし……」
なんか納得された。
え、日常茶飯事なの?
異世界転生ってそんなに頻繁に行われていいの?
感覚としては宇宙人にアブダクションされてるみたいなものなんだけど。
みんな好き好んで異世界に行ってるの?
グアムかなんかじゃないんだから。
「異世界人、数は少ないですが……この世界に来ていますね」
「えっ、あっちの世界から?」
「まぁ……それを信じるなら」
えぇ……
「こちら側に渡る人たちは必ず、一度死ぬんだそうです。それで、こちら側に渡る権利……まぁそれが何かは知りませんが、時折こちらに来るそうです」
「へぇー……」
「それで、"自分が殺されたものを使えるもの"に転生するんだそうで……」
「えっなにそれ」
「なんだか、とらっく? とかいうものに殺された人はニンゲンになるんだそうです」
あぁ、理解した。
つまり、トラックは人間にしか使えない、だから異世界には人間で復活するのね。
まぁなんでその原理に落ち着いたのかは知らないけど……
「え、じゃあつまり蠱毒とかにやられたら……」
「……毒虫に?」
うわぁ惨めだ。
病気にでもやられたら病原体、蚊とか……ウィルス性だったらウィルスにすらなってしまうかも。
こえぇ……俺はあのまま死んでよかった……
……いや待て。
「じゃあ俺は狐尾族の誰かにやられたってことか!?」
「わ、わかりません! ですけど、私の村の人はそんなことしませんから!」
いやわかってるけど……
ていうかそもそも俺を殺す動機どころか、俺自身狐尾族に前世では会ったこともないんだぞ。
と、なると。
記憶の中にある、狐……
きゅぅん。
「あいつかぁぁぁぁっっ!」
「へっ!?」
「あの畜生……恩を仇で返しやがって……!」
助けたのは俺だぞ名もなき狐よ!
何故こんな事をするのか!
一応死ぬまでのことを手短に話してみる。
「あー……呪術、かもしれないですね、その狐さんの……」
「呪術?」
また新しい単語が。
「んー、マイナーなんですけど……後ろのページにほんの少し書いてあったはず……あ、これです」
本当にほんの少しだな、数ページしかないぞ。
どうやら、魔術と違って呪術は生活に役立つことも少なく、魔力を使う量は多いし、そもそも触媒がないとまともに発動すらしないし、魔法陣が無いと対象の制御も出来ないと、まぁダメな子。
一応成功したら安定して性能は高いらしいが……
魔法陣が水力発電や風力発電だとしたら、呪術は火力発電……みたいな感じなのだろうか。
んで、その気になる呪術の力と言えば、読んで字のごとく、人を呪うものらしい。
例えば、歩けなくなるとか。
例えば、正気を失うとか。
例えば、腹痛に悶えて死ぬとか。
まぁ……えげつない。
もちろん対象は人に限らない、動物だろうが呪えるらしいが……
「また恐ろしいもんに殺されたな……嫌われるようなことしてないんだけど……」
「ま、まぁ……動物って気まぐれですから……ひょんなことからこっち側の狐さんが向こうに行った可能性もあります」
「え、そっちの可能性もあるの?」
「まぁ、あるかもぐらいの感覚ですよ。そちらの世界でも、異世界に行った人は認知されていないでしょう?」
そういえばそうか。
それなら、こっち側の人が向こう側に行ってもこっちは気づけない。
にしても、そんなんありか。
「はぁ……あの狐め、いつか呪い返してやる……」
「あはは……」
ぱたむ、と本を閉じ。
ところで。
「……もとの世界に帰ったって記録は?」
「……わたしは聞いたことがないです」
ま、そうだろうなぁ。
世界を観測できていない以上、消えてもそれはただの消失事件なだけ。
電気を用いた科学文明が根付いていないこちらでは殊更に、神の仕業だの悪魔のせいだの言われる可能性が高い。
その質問は難儀なものだった。
まぁ、一旦もとの世界に帰ることは考えなくてもいいかもしれない。
この前も言ったかもしれないが、この身体で両親にあったところでただ引かれて通報されるだけだ。
「とりあえず、かまくら作ろっか」
「はいっ」
今は住居の確保。
先にほかの連中には指示してあるが、ラクの家族の分は手伝っておこう。
パピルスと羊皮紙ってどっちのほうがいいとかあるんですかねぇ
知識不足なのでより単純そうな方を選びました