第12話 動き出す影と幻想の銀世界
「魔力って、たくさん流し込んで大丈夫なの?」
「押し込むだけだと危険ですが、私とお嬢様の中を循環させるので大きな負担はありません。ただ、お嬢様は初めて魔力を体内が巡ることになるので少し疲労を感じるかもしれませんね」
二人は互いの両手を繋ぎ、言われるままにルシアナは目を閉じる。
「目、閉じなきゃダメなの?」
「なるべく五感、特に情報量の多い視覚は遮った方が魔力感知をしやすいんです。さあ、お嬢様、少しずつゆっくり魔力を巡らせていきます。自分の内側にある魔力に心を集中してください」
「うん……」
メロディは魔力をルシアナに注いだ。傍から見ると何も変化はないが、今、ルシアナの体内に微弱な銀の魔力が張り巡らされているのである。
だが……。
「お嬢様、何か感じますか?」
「……ううん、何も」
「分かりました。もう少し、魔力を増やしますね」
メロディは魔力をさらにルシアナへ注いだ。だが……。
「お嬢様、どうですか? 何か変化はありますか?」
「……まったく」
目を閉じながら、ルシアナは首を左右に振る。どうやら本当に何も感じていないようだ。
そうやって何度も何度も何度も何度も、メロディは少しずつ巡らせる魔力を増やしていった。ルシアナは想像以上に魔力の感知に鈍感だったらしい。これでは少量の魔力があったとしても魔法が使えないわけである。
想定よりもずっと多くの魔力を巡らせても彼女は魔力に気が付くことはできなかった。普通ならここで一度仕切り直しをしているところだが、運がよいのかそれとも悪いのか、圧倒的で膨大な自身の魔力を完璧にコントロールできるメロディは、そのまま作業を継続するのであった。
(……ここからは私もさすがに集中しないと)
メロディも瞳を閉じ、再び巡らせる魔力の量を増やしていく。既に魔法使い十人では収まらないほどの魔力が二人の間を循環していた。だが……。
「お嬢様、どうですか?」
「いいえ」
「お嬢様、いかがです?」
「全然」
「お嬢様……」
「さっぱり」
ルシアナが否定の言葉を口にするたび、メロディの魔力が増大していく。際限のない魔力の増量は行きつくところまで辿り着くと、とうとう可視化可能なレベルにまで達してしまった。
寝室の中を、光り輝く銀の魔力が迸る。しかし、予防策としてカーテン対策はきっちりされていたおかげで周囲に光が漏れることはなく、誰にも知られることはなかった。
たった一人を除いて――。
王都に点在するとあるスラムの影から、一人の少年が姿を現した。ぼさぼさに切られた紫色の髪に、泥だらけの襤褸を纏った姿はまさに浮浪児のようだ。
とても十八歳とは思えない小柄な男の名前はビューク・キッシェル。
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』における第四攻略対象者。魔王を封じていた剣に操られ、春の舞踏会を襲撃した張本人である。
だが、その魔王も剣が破壊されたことでビュークの元を去り、メロディによって無自覚に浄化されている。だから、今の彼は既に自由の身のはず……なのだが。
ビュークは右手に破壊された魔王の剣を握りながらとある方向――王立学園へと、その濁った灰色の瞳を向けていた。
「……銀の、魔力。……聖女の、魔力」
さらに強く剣を握りしめ、ビュークは震えるように声を吐き出す。その声音には怨嗟の色が滲み出ており、彼の声に呼応するかのように剣身から闇色の靄が溢れ出していた。
「聖女……許せない……許せない……銀の聖女を、魔王は……許さない……」
ビュークは再びスラム街の影に姿を消した。
ところ戻ってルシアナの寝室。一向に自身の魔力を感知できずにいたルシアナは焦っていた。
(もうメロディが声を掛けるのは何度目かしら。でも、何も感じない……)
私ってやっぱり魔法の才能がないのね、と内心で落胆する中ふと気づく。
メロディの呼びかけが、止んだ。もしかして魔力を巡らせるのをやめたのかと思い、ルシアナはそっと目を開けた。そして、しばし呆然としてしまう。
「……え? な、何これ……」
眼前に広がるのは一面の銀世界。雪ではない。銀色に光る空。そして地平線の彼方まで広がる白銀の花畑。雪の結晶のような不思議な花が視界を埋め尽くしていた。
「えっと、私の寝室は? どこなのここ……だって、さっきまでメロディと……きゃっ」
突然、風が吹いた。それほど強いものではないが、ルシアナの金色の髪が風になびく。地面に咲いていた銀の花達も一斉に揺れ、一部の花弁がたんぽぽのように宙を舞った。
雪の結晶が空からではなく、地上から天へと還っていくような不思議な光景を目にし、ルシアナはしばし見入ってしまう。
風がやみ、舞い上がった花も姿が見えなくなったが、ルシアナはまだ空を見上げていた。
すると、空の上の方で小さな銀色の光が煌めいた。
「あれは……」
それは先程天へと昇って行った銀色の雪の結晶のような花。ひとつだけひらひらと地上へ舞い戻ってきたようだ。ゆっくり、ゆっくりと、ルシアナの方へ降りてくる。
ルシアナは自然と両手を上げてその花を受け止めていた。
「……綺麗」
その花は、仄かな銀色の光を帯びていた。それを見つめていると不思議と優しい気持ちになる。まるで、どんな悲しみも苦しみも洗い流してくれるような、清らかな光を感じた。
(でも、こんな感じの光を……優しさを、私は……知って――)
「お嬢様!」
ルシアナは、パチリと目を開けた。そして何度も瞬きをして、周囲を見回す。目の前には心配そうな顔をしたメロディの姿があった。ここは学生寮のルシアナの寝室だ。
「あれ? 私……」
(元の部屋に戻ってる? さっきまで私……私……あれ? ずっと寝室にいたわよね?)
「大丈夫ですか? 意識はしっかりしていますか?」
「あ、うん。大丈夫……私、どうしちゃったんだろう」
メロディはホッと安堵の息を漏らす。
「一度休憩しようと思って魔力循環を止めたのですが、お嬢様に声を掛けても反応がなかったんです。何度か揺さぶってようやく気が付かれたんですが、覚えていませんか?」
ルシアナは首を左右に振った。
「少し魔力を流し過ぎたのかもしれません。本当に体調が悪いところはございませんか?」
「ええ、大丈夫よ。特に苦しいところはないわ」
メロディはもう一度、安心したように大きく息を吐いた。
「最初から少し飛ばし過ぎたのかもしれません。今日はもうお風呂に入ってお休みください」
そう言って、メロディはルシアナの寝室を後にした。ベッドに腰かけながら、しばらくボーっとしてしまうルシアナ。身体を動かしたわけでもないのに、不思議と疲労感があった。
「あ、お風呂に入るんだからもうアクセサリーは片付けておかないと」
ルシアナはいつも身に着けているペンダント――メロディからプレゼントされた指輪に鎖を通したもの――を首から外し、寝台の横のチェストに片付けようとして「あれ?」と何かに気付く。
「この指輪の石にこんなアクセント、付いてたっけ?」
指輪にはめ込まれた藍色の石の中心に、とても小さな銀色の結晶が埋まっていた。まるで夜空に浮かぶ一番星のように美しい、煌めく銀色の光。とはいえ、最初からなければどうやって埋め込まれたのだという話だ。少々腑に落ちないところだが、ルシアナはあまり深く考えないことにした。
(それに何だか、この光を見ていると……)
――優しい気持ちになる。
ルシアナは指輪を見つめながら自然と笑みを浮かべていた。
「お嬢様、お風呂の準備が整いました」
「ありがとう、今行くわ」
ルシアナはペンダントを片付け、お風呂場へ向かった。
その翌日、もう一度メロディに魔力を流してもらったルシアナは、驚くほど簡単に自身の小さな魔力に気が付くことができたという。
まだ魔法を使うことはできないが、それは大きな一歩であった。ルシアナは大喜びし、訓練が上手くいったメロディもホッと胸を撫で下ろす。
二人は嬉しい気持ちを抱いたまま週末を迎え、家族が待つ伯爵邸へと帰路に就くのであった。
……まさか注目の新人メイドに口をポカンと開けて出迎えられることになるとは露知らず。
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シリアスさん「(゜-| ま、まさか?」
シナリオさん「|・ω・*) と、とうとう?」
コメディさん「(#-∀-)……懲りない人達っすね」
レンアイさん「(´-ω-`)ヒトは希望に縋らずにはいられないイキモノなのよ」




