第20話 山頂の戦い
メロディについて行き、コテージに着いたレクトは、これまでの経緯を改めて聞いた。
「……つまり、俺はメロディが魔力を溜めている間、彼女の護衛をすればいいんだな。了解した。任せてくれ」
「いいんですか、レクトさん?」
メロディが尋ねると、レクトは軽く頷く。
「ああ。むしろ、もっと早く頼ってもらえたらよかったな」
「ありがとうございます」
メロディは礼を言った。ルシアナがすぐに悪態をつく。
「ふーんだっ! 部外者と一緒に旅なんてできるもんですか。今回はたまたま、仕方なく、武器と肉壁が必要だから呼んであげただけなんだからね! ありがたく思ってちょうだい!」
ルシアナはわざとらしくプイッと顔を背けた。
「お嬢様! 肉壁だなんて、そんな言葉どこで覚えてきたんですか! さすがに怒りますよ」
「うう、だってぇ……」
「レクトさんを頼るよう私に助言したのは、お嬢様じゃないですか」
「……そうなのか、ルシアナ嬢」
「べ、別に! あなたなら喜んでメロディの護衛をするだろうから、手間が省けると思っただけよ。私があなたを頼りにしているなんて、勘違いしないでよね!」
「……そうか」
レクトはクスリと微笑んだ。誰も口に出さなかったが、みんなの心の中では「十分頼りにしてるじゃん」と思っていた。言わぬが花というやつである。
ルシアナのツンデレ全開の態度はさておき、これでようやく戦力が揃った。
「えっと、こんな感じでどうかな、セレーナ?」
「はい、いいと思います」
「よかった。じゃあ、レクトさんとリューク、これをどうぞ」
メロディは二人に銀製の剣を手渡した。レクトが持ってきた物だ。メロディは自身の魔力を注ぎ込み、二人に渡した。
銀製武器に魔力を通せば、黒い魔力の魔物にも攻撃が有効になる。しかし、メロディの魔法で作られたルシアナの武器『聖なるハリセン』には遠く及ばない。
セレーナから進言されたメロディは、二人の武器に自身の魔力を注ぎ込んだのである。
「これで本当に準備は完了ね。それじゃあ、メロディ。そろそろ行きましょう」
ルシアナに促され、メロディも頷く。
「セレーナ、準備はいい?」
「ええ、いつでもどうぞ、お姉様」
リビングの空いた空間に二人は向かい合う。
「「『銀清結界』」」
手を取り合った二人を、白銀の光が包み込んだ。
「「見ちゃダメだから!」」
「「……」」
レクトはルシアナに、リュークはマイカに目隠しをされ、ただ静かに時が過ぎるのを待つ。
メロディのメイド服が糸状にほどけ、宙を舞う。セレーナはその身を白銀の魔力に変え、糸と絡み合いながら光の中で形を整えていく。
やがて一糸まとわぬ姿となったメロディは、滑らかな糸の動きに合わせて舞い踊るようにして、新たな姿を完成させた。
男性陣にはなかなか刺激的な光景だろう。
「でもやっぱり、大事なところは見えないのよねぇ」
「だから変態入ってますって、お嬢様。あ、今の際どかった」
「「……」」
男二人は無言でじっと耐えるしかなかった。
光が収まり、変身が終わる。黒い髪は白銀に、瞳は瑠璃色に変わり、白銀のメイド服に身を包んだメロディが姿を現す。
「メイド魔法奥義『銀清結界』、タイプ・ハウスメイド。これより職務を開始します」
優雅にカーテシーをするメロディ。右手には掃除道具を入れた箱型の鞄――ハウスメイドボックスを握っていた。
その姿に感銘を受けたルシアナとマイカは、男性陣から手を放し、思わず拍手する。レクトも神秘的な美しさに見惚れてしまった。
メロディは少し恥ずかしそうに微笑むと、表情を引き締め、声を張る。
「さあ、行きましょう、山頂へ」
白銀のメイド姿で、メロディは意気揚々と作戦開始を告げた。
「みなさん、私に集まってください」
変身を終えたメロディが声をかけると、ルシアナたちは自然と彼女の周りに集まった。
「清らかなる息吹の調べ『白銀の風』」
メロディの手元から、白銀の光を帯びた風がふわりと立ち上り、仲間たちを包み込む。冷たくも温かいその風が、彼女たちの身を守る結界となった。
「これで、扉を通り抜けたらいきなり襲われても大丈夫ってことね?」
ルシアナが尋ねると、メロディが頷いて答えた。
「はい。前回の件を踏まえて、念には念を入れないと」
先程は山頂に降りた途端に黒鞭に襲われてしまった。次もそうなる可能性が高い。
メロディはルシアナ達を一瞥し、コクリと頷く。
「それでは、行きましょう」
「みなさん、頑張ってくださいね!」
見送るマイカを背にし、メロディ達は『通用口』の扉を開けた。
その瞬間、メロディの備えが正しかったことを、彼女達は思い知らされる。
山頂に踏み出すや否や、黒光りする鞭が二本、らせんの柱から生まれるようにして襲いかかってきた。まるで闇が実体を得たかのように、鞭は空中で交差し、攻撃のタイミングを計っている。
しかし、メロディの『白銀の風』が鞭を迎え撃った。
普段の彼女なら、二本同時の攻撃に防御を破られただろう。しかし今は『銀清結界』を纏っている。風は一層鋭く、強固で、鞭の攻撃を弾き返す。
「初撃は防ぎました。あとはお願いします!」
「任せろ……揺蕩う風の鎧を纏え『風の守護者』」
リュークの剣先から渦巻く風が立ち上り、ルシアナとレクト、そしてリューク自身を覆う結界となった。
「メロディの魔法には遠く及ばないが、一撃くらいなら……致命傷は避けられるんじゃないか?」
無表情のまま、リュークは淡々と魔法の説明をした。ルシアナとレクトは苦笑する。
「頼りないなぁ、もう。でも、当たらなければいいだけの話ね! ありがとう、リューク」
ルシアナがそう言うと、レクトも頷いた。
「まあ、そうだな」
「メロディは必要ないんだったな」
事前にそう伝えられていたリュークが確認すると、メロディは頷く。
「はい。魔力を溜める時は、他の人の魔力はない方がいいので」
「分かった。俺達でしっかり守り抜く」
「ありがとうございます、リューク」
リュークは頷くと、黒鞭の方へ振り返った。
「一人一本、鞭の相手を頼む。俺は魔法で補助をする」
「任せて!」
「了解」
ルシアナとレクトが前衛、リュークが後衛に立ち、布陣は完成した。
「準備完了だ、メロディ。魔法を解いてくれ」
「はい……『白銀の風』解除」
四人を包み込んでいた風の守りが、しゅるりと消えた。
辺りには、ただ風のざわめきが残るのみ。
その静寂を破るように、黒鞭が空気を裂いて襲いかかってきた。
「いくわよ!」
「「おう!」」
こうして、戦いは始まった。
(私も、自分の役割をこなさなくちゃ……!)
三人が二本の黒鞭を押しとどめている間に、メロディは素早く動き出した。
ハウスメイドボックスから石鹸を一つ取り出す。掌に乗ったそれは、彼女の魔力を感じ取ったのか、ふわりと宙へ浮かんだ。
メロディはボックスをそっと地面に置き、両手を掲げ、石鹸を包み込むように翳す。
(魔力を……全部、ここに。ガルムさんを浄化した時よりも、もっと強く……!)
彼女の意識が深まっていくにつれ、石鹸の内部に白銀の光が灯りはじめる。最初は小さく、心臓の鼓動のように脈打つだけだった光が、魔力が注がれるほどに淡く、そして力強く輝きを増していく。
長い集中が必要だ。メロディは邪念を振り払うように静かに目を閉じた。
その体から溢れ出す白銀の魔力は、もはや“光”と呼んで差し支えないほど濃密で、奔流となって空気を震わせる。
その気配に、黒鞭が敏感に反応した。
蛇のように地を這う気配とともに、鞭が一気にメロディへ向かう。
「あんたの相手はこっちよ!」
「メロディのところへは行かせない!」
ルシアナとレクトが飛び出し、黒鞭の進路を塞ぐ。
白銀の魔力を宿したハリセンの一撃と、輝く銀剣の斬撃が、鞭を叩きつけるたびに火花に似た光が散った。
黒鞭はしなるたびに空気を裂く音を鳴らし、まるで意思を持つ生き物のように二人を狙いすまして襲う。
戦況を拮抗させているのは、後衛のリュークだ。
本来なら鞭は不規則かつ超高速で、ルシアナたちの反応速度では完全に捌ききれない。
だが、リュークが風の魔法で鞭の動きを鈍らせ、空間そのものに抵抗を生んでいるため、黒鞭の自由な挙動を封じていた。
熟練者の彼でなければ、とても維持できる術ではない。
そして、彼の補助がなければ、いかに優れた前衛であるルシアナとレクトでも、戦いにすらならなかった。
ルシアナがタイミングを見逃さず、ハリセンを黒鞭に叩きつけた。
白銀の輝きが炸裂し、黒鞭は大きく弾き飛ばされる。
しかし……。
「くぅっ! ひび一つ入れられない! メロディと戦った時は壊せたのに!」
悔しそうに歯噛みする。
「目的は時間稼ぎだ。あまり熱くなりすぎるな!」
「分かってるわよ、それくらい!」
息を切らしながらも、ルシアナとレクトは言い合いながら黒鞭に応戦する。
ルシアナのハリセンは衝撃を与え、鞭を吹き飛ばすことまではできるが、破壊には至らない。
レクトの銀剣も、確かな手応えはあるものの、黒鞭を切り裂くには一歩足りない。
均衡は保たれている。だが、ほんの一瞬の隙――それだけで全てが瓦解しかねない危うい均衡でもあった。
さらに、三人は戦闘開始から一秒たりとも力を抜けずにいる。
その負荷は確実に蓄積し、体力も集中力も限界へ近づいていた。
三人の思いは、同時に一つへ収束する。
(((長くは持たない……)))
「それでも、負けないんだから!」
「ああ、その通りだ!」
「……そうだな」
最も威勢のいい声を出しているのが十五歳の少女である事実に、レクトとリュークは思わず苦笑する。
だが、次の瞬間には二人とも表情を引き締め、再び黒鞭へと立ち向かった。
メロディを守るために。すべてを繋ぐ白銀の光が完成する、その瞬間まで。
そして、その時は思いの外すぐに訪れた。
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