ルシアナのラッキーアイテム
ずっこけたルシアナは即座に立ち上がると、カウンターに両手を突いて声を荒げた。
「もう! 思わせぶりな雰囲気出しといてそれはないでしょう!」
老婆は頬に手を添えると不思議そうに首を傾げる。
「ごめんなさいね。いつもならパッと見えてくるはずなのだけど……なぜかしら?」
「……本当に、何も見えなかったの?」
ルシアナの口から消え入るような声が漏れ出た。今の彼女にとって老婆の占いは唯一にして最後の手がかりかもしれないのに、何も見えなかったと言われては不安にもなる。
「水晶玉に反応があるから何もないってことはないはずなのだけど……」
老婆は小さな文字を読むようにギュッと目を細めながら水晶玉を見つめた。
「……やっぱり見えないわ」
「そんな……」
気落ちしたルシアナはガクリと項垂れると椅子に腰を下ろした。老婆は目が疲れたのか指で眉間を揉みほぐしながら言う。
「いつもならこの雑貨屋にある商品からお客様に合ったラッキーアイテムが見えるはずなのに、今回はまったく見えないわ。せっかく高額で売り込むチャンスだったのに」
老婆はため息をついた。ルシアナは眉間を揉みほぐす老婆にジト目を向けた。
(……私、やっぱり騙されてるのかしら?)
この場にマイカでもいれば「霊感商法!」とでもツッコんでいたかもしれない。残念ながらルシアナはそんな言葉を知らなかったのでモヤモヤした感情に悩まされるだけであったが。
いや、正直に「何も見えない」と告げて実際には商品を売り込もうとしていないのだから、霊感商法とは少し違うのかもしれない。
だが、ルシアナにとってそれは大した問題ではなかった。
(……結局、ここにも手がかりはなかったわね。メロディの声を聞いたと思ったのは、やっぱり幻聴だったのかしら? ……そうなると、これからどうしたら)
ここにいてもしょうがない、もう帰ろう。
ルシアナがそう考え、立ち上がろうとした時だった。
「はぁ、本当に残念だわ。せっかくお客様がいらしてくれたのに、お嬢さんのラッキーアイテムがうちの商品じゃなくて、お嬢さん自身の持ち物だなんて」
「……えっ?」
浮き上がった腰がピタリと止まる。ルシアナはため息をつく老婆を見た。
「今、何て……何も見えなかったんじゃないの?」
「ええ、うちの商品は何も見えなかったわ。見えたのはお嬢さんのスカートのポケットに入っている物だけね。まさか当店自慢の品々よりもお嬢さんの持ち物の方がラッキーアイテムとして効果が高いだなんてびっくりよ。何度見直してもうちの商品は影すら映らないのだから相当ね。お嬢さん、そんな凄い物を持っておきながらどうしてうちを訪ねてきたの?」
「スカートの、ポケット……?」
今朝、制服に着替える際にポケットの中は確認したはずだ。もちろん、何もなかった。そのはずである。
ルシアナは恐る恐るスカートにそっと右手を添えて……手のひらに硬い感触がした。
「――っ!」
慌てるようにバッと右手が動く。スカートのポケットに手を入れた瞬間、それが何であるのか理解できた。それはルシアナの手によく馴染む、この世界にはないはずの物だった。
震える手がポケットから抜かれ、ルシアナはそれを目にした。
「そう、それが本日のお嬢さんのラッキーアイテム……扇子よ」
ルシアナの手にある物。それは、彼女の誕生日プレゼントとしてメロディから贈られた扇子であった。
「どうしてこれが……だって、絶対さっきまでポケットに入ってなんて……」
右手から魔力を流し、ルシアナはバッと勢いよく扇子を広げた。その瞬間、扇子はハリセンへと姿を変える。
手によく馴染むそれは、間違いなくルシアナ愛用の『聖なるハリセン』であった。
「……メロディっ」
「まあ、随分と面白い扇子なのね……美しい白銀の魔力だわ」
ルシアナは思わずハリセンをギュッと抱きしめていた。瞳から雫が零れ落ちそうになるが、根性でぐっと堪える。
(やっぱり、夢なんかじゃないのよ。メロディはちゃんといる。私が帰るべき世界はちゃんとあるんだわ……! これがあれば、これがあれば……えっと……これがあれば?)
感慨に浸るルシアナだったが、徐々に冷静さを取り戻していく。メロディのハリセンが見つかったことは僥倖に思えるが、しかし、今の状況をこれでどうしろというのだろうか。
「えーと……」
「ふふふ、お困りのようね、お嬢さん」
「あっ、その……なんかごめんなさい」
一人で感極まっていたのが恥ずかしくなったのか、ルシアナはほんのり頬を赤らめると、改めて椅子に腰掛けた。そして老婆へ向き直る。
「このハリセンが私のラッキーアイテムで、いいのよね?」
「ええ、そうよ。本当はうちの高額商品を売り込みたいところだけど、自分の占いで嘘をつくつもりはないわ。それ以上にあなたに幸運をもたらしてくれる品は、当店にはありません」
「そう、なんだ……えへへ」
メロディからもらった誕生日プレゼントが、ルシアナにとって一番のラッキーアイテムだと言われたのだ。少し照れるが、やっぱり嬉しいルシアナである。
「でも、これでどうすれば私、帰れるのかしら」
「あら、その答えは簡単よ」
「どうすればいいの?」
「ラッキーアイテムは、その道具を正しく使うことで持ち主に幸運をもたらしてくれるのよ」




