あなたの声に導かれて
「はぁ、結局、なーんにも手がかりなんて見つけられなかったわね」
入学式の帰り道、両親に馬車の同乗を断ったルシアナは貴族区画を歩いていた。少し一人でゆっくりと考えたかったからだ。
入学式の会場で再会した幼馴染二人はやはり前の記憶など持っているはずもなく、それどころかメロディとのお茶会の思い出がないせいで幽霊屋敷のことを酷く心配されてしまい、相談どころではなかった。
セシリアはクリストファーにエスコートされて控え室に入ったせいでアンネマリーがつっかかってくる事態となり、一見すると三角関係の痴情のもつれみたいな状況になってしまい、やはり相談できる状態ではなかった。
もちろん、今日の入学式にマクスウェルの姿はない。
さすがに四月からシエスティーナまでいるなんてことになっていなかったのは喜んでいいのか悪いのか、判断が難しいルシアナである。
(……春の舞踏会はどうしよう)
一応、古いながらも実家から持ってきたドレスはあるし、パートナーだって最悪ヒューズに頼めばどうとでもなる。
しかし、ルシアナは少し億劫になっていた。
(春の舞踏会に行っても入学式と顔ぶれは変わらないだろうし、手がかりなんて見つかるかな?)
強い気持ちでいようと朝から気丈に振る舞っているルシアナだが、さすがに何の成果もないと落胆を隠しきることはできない。
頼りたかった人達が軒並み以前とは別人のようになっているのだから、それも仕方のないことだろう。その最有力候補であるメロディが別人になっていたことがルシアナの心に重くのしかかる。
そして、ふとあの思考が過ってしまう。
今までのことは全て夢だったのではないかと。
つらい現実を忘れたくて、自分に都合のよい夢を見ていただけなのではないかと。
メロディに教わった勉強や礼儀作法も全て、どこかで読んだ本の内容を夢の中で思い出していただけなのではないかと。
そんなことない!
そう思っても、自分だけが知る世界を示す証拠などどこにもなくて、ただの妄想だったのだと断じられれば、反論する材料がなどどこにもない……。
ルシアナは何度も首を左右に振って恐ろしい考えを否定した。
(弱気になっちゃダメよ、ルシアナ! こんなところでへこたれたりしちゃダメよ!)
「『水気生成』」
指先から魔法の水を生成する。
そして、自分を言い聞かせるように大きく頷いた。
「そうよ。私は魔法が使える。これこそメロディがいたって証拠よ。夢で練習したくらいで使えるようになったら誰も苦労しないんだから……大丈夫、私は大丈夫よ」
指をクルリと回し、宙に浮かぶ水の玉はルシアナの頭上でパッと弾ける。それを見上げたルシアナの視界には、青空が広がっていた。霧のように散り散りになった水は、まるで空へ溶けるように消えていった。
その時だった――。
『お嬢様っ!』
「えっ? メロディ……?」
また、メロディの声が聞こえた。ルシアナは周囲を見回すがメロディの姿はない。
「幻聴? ……違う。絶対に聞こえたはず」
(学園で聞いた声も聞き間違えなんかじゃない。メロディが私を呼んでるんだ!)
「メロディ、どこ!」
呼び掛け、周囲を見回すが反応はない。もはやこれが最後の手がかりだ。これを逃したら本当にメロディのもとへ帰ることはできなくなるかもしれない。
ルシアナは必死で考えた。
(……何か条件がある? 学園と今、何か共通点ってあった? 何か、何か……)
「クエーッ!」
思い詰めるように考えていたルシアナは、ハッとして空を見上げた。王都の空を飛んでいた一羽の鳥が鳴き声を上げたのだ。
『お嬢様っ!』
「……そうか。今も、さっきも、通路でも、私は……空を見上げていた」
『お嬢様っ!』
「メロディ!」
ルシアナは走り出した。声がする方角がはっきりと分かったから。
角を曲がり、貴族区画の奥へと駆け出す。少し進むとルシアナは再び空を見上げた。やはり『お嬢様っ!』というメロディの声が聞こえ、ルシアナは進路を調整して走り続ける。
それを続けるとやがてルシアナが進む路地が段々と細くなっていくことに気が付いた。
「貴族区画にこんな細い道が?」
もう馬車も通れないような細い道だ。だが、空を見上げるとその道の向こうからメロディの呼び声が響いていた。
「もう、行くっきゃない!」
意を決したルシアナは細い路地を走り抜け、開けた場所に辿り着く。
「ここは……?」
そこには、ファンシーな造形の小さな雑貨屋と思われる建物が立っていた。
ルシアナはもう一度空を見上げた。
しかし、もうメロディの声は聞こえなかった。
「ここに何かあるのかしら? ……あっ」
じっと建物を見ていると、ゆっくりと扉が開き始めた。思わず身構えるルシアナ。
扉から出てきたのは白髪の老婆であった。腰まで長い純白の髪は、老いたというよりも神秘的な印象を受ける。
「あら、やっぱり。お客様がいらしていたのね」
ルシアナを捉えた老婆は柔和な笑みを浮かべてそう言った。
「えっ、あの、私……」
「大丈夫よ、落ち着いてちょうだい。さあ、入って。ゆっくりお話を聞きましょう」
「でも私、ゆっくりお話なんてしてる時間は」
「お嬢さん、迷子でしょう。それもとびっきりの。帰り道を占ってあげるわ」
その言葉にルシアナは大きく目を見開いた。
「……あなたは占い師なの?」
「まあ、本職はこの雑貨屋だけど、占いもちょっとだけね。さあ、入って入って」
ルシアナは少しだけ不安に思いながらも、覚悟を決めたのか雑貨屋に足を踏み入れた。
「さて、あなたが無事に帰れるための本日のラッキーアイテムは何かしら」
カウンターに置かれた水晶玉を見つめながら、老婆は優しく微笑むのであった。




