第3話 王太子の帰還とキャロルのドレス
「メロディ先輩!」
「ただいま、マイカちゃん。どうしたの、そんなに慌てて?」
数日が経過し、十月二十四日の夕方。週末である。王立学園から王都の伯爵邸へ帰還したメロディの前に慌てた様子のマイカがやってきた。
「これですよ、これ! 『魔法使いの卵』がこんなことになっちゃって!」
「これは……」
卵に翼が生えたような形状をしていたはずの『魔法使いの卵』は、なぜか星型のペンダントに形を変えていた。
「……どういうこと?」
「それはこっちのセリフです! 五日くらい前にいきなりこんな形になっちゃったんです」
「ちょっとよく見せてもらえる?」
マイカから『魔法使いの卵』を預かり、メイド魔法『夢幻接続』で卵の精神世界を覗こうとしたメロディだったが、案の定接続することは叶わなかった。
(うーん、やっぱり入れない。でも、読み取れた情報もある)
「詳しいことは分からないけど、卵の孵化が近いのかも」
「もうすぐ生まれるんですか?」
「卵の中で魔力が一点に凝集されていて、おそらく肉体を形成する前兆だと思う。そのせいで魔力の密度が高すぎて私が入り込む余地がないみたい。卵の形状が変化した理由はよく分からないけど、おそらくあの子が入っているせいでしょうね」
「……ガルム」
「え? 今何か言った?」
「あ、な、何でもないです! そっかー! もうすぐ生まれるんだ、た、楽しみだなー!」
「ふふふ、そうね」
子供のようにはしゃいでみせるマイカを、メロディは微笑ましそうに見つめるのだった。
◆◆◆
明けて十月二十六日。とうとう今週末が学園舞踏祭である。残り一週間を切った状況で、一年Aクラスはホームルームを前にやはり動揺を抑えることが難しかった。
「今日もいらっしゃらないのかしら」
先週からずっと無人となっている二つの空席に多くの生徒の視線が向く。しかし、他の生徒達が揃ったにも拘わらず、クリストファーとアンネマリーの姿は今日もない。
「ダメよ、弱気になっちゃ。オリヴィア様が仰っていたでしょう。クリストファー様のクラスとして恥ずかしくない態度を示さなくちゃ」
「う、うん、そうだけど……」
オリヴィアの叱咤もあってどうにか緊張感を保ってきた一週間。しかし、それにも限界はある。オリヴィアもまた自身を含めてそろそろ限界を感じ始めていた。改めてクリストファーとアンネマリーが自分達の世代の中心人物であったことを思い知らされる。
(それでも、殿下がいらっしゃらない間はわたくしがクラスをまとめなくては。まだ謝罪はできていないけれど、ルシアナさんと協力してどうにか……え?)
オリヴィアが目をやると、ルシアナが後方へ視線を向けているところだった。その表情は平常心からはほど遠く驚きに目をパチクリさせている。一体何がとつられるようにオリヴィアもまた視線の先、教室の後方の扉へ顔を向けると――。
「やあ、おはよう、皆」
「おはようございます、皆さん」
――ずっと待ちわびていた二人の姿がそこにあった。
「クリストファー殿下、アンネマリー様……」
二人を目にした瞬間ふと訪れた沈黙に、オリヴィアの声がよく響いた。直後、他の生徒達からも歓声のように二人を呼ぶ声が重なる。
「クリストファー様!」
「アンネマリー様!」
クラスメートの呼び声に笑顔を返す二人。クリストファーがそっと手を差し出すと、アンネマリーは優雅な所作で手を重ねた。
「さあ、行こうか、アンネマリー」
「ええ、クリストファー様」
互いに笑顔を浮かべ、クリストファーにエスコートされてアンネマリーが席に着く。ついこの間まで二人に漂っていた険悪な雰囲気など微塵も感じさせない、いつもの二人であった。
その光景に涙ぐむ者までいる始末。やっと日常が帰ってきたような安堵感が胸を占めたのかもしれない。それはオリヴィアも同じであった。
ザワザワとにわかに騒がしくなった教室に、担任教師レギュス・バウエンベールが入室した。彼の鋭い眼光がクリストファーを捉えると瞳はわずかに細められ、彼は普段通りにホームルームを開始した。
「おはよう、諸君。そしておかえりなさい、クリストファー殿下とヴィクティリウム君」
「おはようございます、先生。ご迷惑をお掛けしました」
「おはようございます。わたくしからもお詫び申し上げますわ」
「ふむ。君達が休学している間、生徒達はよく頑張ってくれた。特にクラスをまとめたランクドール君と実行委員会の人員不足に対処したシエスティーナ殿下には特に頑張ってもらった」
クリストファーが二人へ視線を向けるとオリヴィアは恥ずかしそうに俯き、シエスティーナはどうってことないとでも言いたげに余裕の笑みを浮かべた。
「先生、できれば前に立って皆にお礼とお詫びを言いたいのですが」
「どうぞ」
レギュスが場所を空けると、クリストファーは教壇の前に立った。
「今回は私の不注意で皆に迷惑を掛けてしまい、申し訳なく思っている。そして、私がいなくとも学園舞踏祭の準備が滞ることなく、クラス全体で見事な連携を示してくれた。私は皆を誇りに思うよ、ありがとう」
クリストファーはクラス全体を見回した。まとめ役として頑張ってくれたオリヴィアは目が合いそうになると恥ずかしそうに顔を俯け、シエスティーナは不敵な笑みを浮かべている。ルシアナとルーナは彼の帰還を嬉しそうな笑顔で迎えていた。
幸いなことに、突然の休学になったにも拘わらずクラスメート達はクリストファーを受け入れてくれるようだ。王太子の笑顔を浮かべたまま視線を巡らせていると、ふとセレディアと視線が合い、クリストファーは軽く目を瞠った。
セレディアが能面のような表情でこちらを見つめていたのだ。だがそれも一瞬のこと。彼が瞬きした瞬間には儚げな笑顔で他の皆同様クリストファーの復帰を喜んでいた。
気のせいだったのだろうか。内心で首を傾げつつ、クリストファーは気を取り直して改めてクラスメート達へ視線を向けた。するとサッと挙手をする者が現れる。シエスティーナだ。
「クリストファー様、まずは復調おめでとう」
「ありがとう、シエスティーナ様」
「聞くところによると、クリストファー様は学園舞踏祭で我々を驚かせる魔法の訓練中に怪我をされたとか。どんな魔法なのかよかったら教えてもらえないだろうか。ずっと気になっていたんだ」
これには他のクラスメート達も同意するように頷く。やはり気になるかと、クリストファーはニヤリと不敵な笑みを浮かべて皆に告げた。
「それは学園舞踏祭当日に分かるだろうから、もう少し待ってもらえるかな、シエスティーナ様」
「ほぉ。我々をあっと驚かせる魔法は披露していただけるわけだね」
「そのつもりです。学園舞踏祭夜の部の最後の予定です。楽しみにしていてください」
「分かりました。今日の実行委員会でスケジュールに組み込むよう進言しましょう」
「ご協力ありがとうございます」
爽やかな笑みを向け合う二人。教室にほんのりと緊張感が漂う。
「それでは学園舞踏祭まであと五日。皆で協力してよりよいものにしていこう」
「「「はい!」」」
◆◆◆
「よかった。クリストファー殿下が戻ってきたんですね」
「やっと教室の暗い雰囲気から解放されたわ。おかげで絵が描きにくいったらなかったもの」
放課後の被服室。キャロルから齎された情報にメロディは安心したように笑顔を浮かべた。
(最後に見たのは傷だらけで気を失っている姿だったから、回復してくれて本当によかった)
クリストファーの怪我はメロディの魔法『白銀の風』にも原因があったので復学できて本当によかったと、メロディは思っている。
「……それで、キャロル様は今何をなさってるんですか?」
ジト目を向けて尋ねるサーシャにキャロルはキリッとした表情で答えた。
「一年Aクラスの学園舞踏祭の大切な思い出を記録しているところよ」
「あながち間違ってはいないのですけど、本当に何事も言い方って大事ですわね」
裁縫の手を止めたグロリアナは頬にそっと手を添えて小さくため息をついた。メロディは苦笑を浮かべ、サーシャは呆れた表情で顔を左右に振っている。
結局、今日に至るまで一度も針と糸を手にすることなく、キャロルは衣装班の作業風景をスケッチするだけだったのだから。
「衣装班の班長になる時、オリヴィア様からは衣装のデザインを担当してほしいって言われてるもの。裁縫は得意じゃないとも伝えてあるし、メロディがいれば私一人が作業しなくたって全く問題ないみたいだから」
「「「あ~」」」
今も苦笑を浮かべながらミシン級の裁縫を続けているメロディを見て、残念ながらキャロルの意見を否定できない面々。あの異様な速さは正直気持ち悪いが、あれがなかったらスケジュールはかなり押していたと思われる。
皆、口には出さないが驚きとともにメロディには感謝しているのだ。
「あの、キャロル様。学園舞踏祭の思い出を記録するということでしたら、もう今週しか残っていませんがせっかくですし他の班の作業風景もスケッチされてはどうですか。メイドカフェに展示してお客様に見ていただくのも良いかもしれません」
「いいの?」
メロディの提案にキャロルは瞳を輝かせる。そしてクラスメートの方へ振り返った。彼らもまた「仕方なし」とでも言いたげに眉尻を下げて微笑む。代表して男子生徒が口を開いた。
「構わないんじゃないかな。衣装班の作業は思いの外順調だ。今日まで一切裁縫をしなかったキャロル嬢が抜けたところで予定が遅れる心配もない」
肩を竦める男子生徒の隣で女子生徒が期待を込めて瞳を輝かせる。
「ずっと被服室に籠りきりでしたもの。他の班がどんな作業をしているのか見てみたいわ。ミスイードさん、ぜひスケッチしてきてくださいな。例えばクリストファー様とか」
女子生徒がニコリと微笑むと、もう一人の女子生徒も優雅に微笑んで希望を述べる。
「私はシエスティーナ様がいいです」
「あ、あの、僕はアンネマリー様も見てみたいかなって……」
平民の男子生徒も少し恥ずかしそうに要望を告げた。キャロルは腕を組んで悩み始める。
「みんな実行委員会メンバーじゃないですか……許可もらえるかな?」
「実行委員は昼の部だけでなく夜の部の準備もしていますものね。お忙しいのではないでしょうか」
グロリアナが言う通り、現在の実行委員会はかなり慌ただしい。クリストファーとアンネマリー、そして一日だけだがセレディアが抜けた穴を埋めなければならず、こちらと比べてスケジュールがかなり厳しくなっているのだ。
悩みつつも楽しそうにするキャロルを横目に、サーシャはメロディに話し掛ける。
「ねえ、メロディ。ルシアナ様のドレスってもう準備できてるの?」
「お嬢様の? ああ、夜の部の舞踏会で着るドレスですね。はい、もちろんです」
学園舞踏祭の昼の部はクラス単位の催しが開かれるが、夜の部では全校生徒参加の舞踏会が開催される。これまで夜の部のドレスについて言及した者はいなかったと思われるが、メロディはちゃんと用意していたようだ。
「ルーナ様やオリヴィア様の分のドレスも準備済みなんですよね?」
「ええ。夏季休暇中にご実家でね。試着姿を見たけど、ルーナお嬢様は凄く可愛いわよ」
「あら、オリヴィア様も負けませんわよ。今回、アクセサリーについては私も相談に加えていただいているんですよ」
「わあっ、それは楽しみですね。そういえば、キャロル様はどんなドレスを用意されたんですか?」
「うーん……え? ドレス? 用意してないけど?」
「「「「「えっ?」」」」」
耳を疑ったのはメロディ達だけではなかった。クラスメート達の声も重なって、被服室にしばし沈黙が訪れる。
そしてまもなく、沈黙は破られた。
「「「「「ええええええええええええええっ!?」」」」」
「あっ、そういえばオリヴィア様が明後日に衣装の試着がしたいって言ってたわよ」
「「「「「ええええええええええええええっ!?」」」」」
「それじゃあ私、他の班のスケッチに行ってくるわね」
「行かせませんわよ!」
慌てて駆け寄った女子生徒がキャロルの肩を掴んで引き戻した。続いて男子生徒が叫ぶ。
「報告・連絡・相談! 班長なんだから重要事項は伝達してくれ! 未完成の衣装はいくつある!? 間に合うか!?」
「あの、私、学園が提供している平民向けの貸し衣装が残ってないか確認してきます!」
「お願いしますわ! 学園舞踏祭の夜の部の衣装を用意してないだなんて、どういうおつもりですの、ミスイードさん!?」
「え? だって私踊れないし、ホールの隅っこで皆がダンスしてる絵を描いていられれば別にいいかなって」
「全然よくないですわよ! ああもう! ……貸し衣装が残っていればよいのですけど」
ついさっきまでスケジュールに余裕があったはずの衣装班。だがしかし、キャロルの発言によって一気に慌ただしくなった。メイド服と執事服の確認を手伝いながらメロディは思う。
(キャロルさんってこんなに大雑把な人だったっけ? セシリアとして会っていた時はもう少し落ち着きがあったと思うんだけど……ああ、でも、そんな雰囲気はあったっけ)
初めてキャロルに出会った日。髪に付着した絵の具が邪魔だからとばっさり切り捨てようとしていたことを思い出す。最初からそういう節はあったのだ。しかし、やはりもう少し常識的だったと思うのだが、今こうなっている原因は明らかだった。
(キャロルさん、絵を描くことが吹っ切れたみたいだし、今が一番楽しいんでしょうね)
セシリアをモデルに絵を描いていた時、彼女には画家に対する葛藤が見て取れた。だが、今は何の柵もないとばかりに絵に傾倒しているのは明白だ。
(原因は分からないけど、キャロルさんが絵を描くことを楽しめるようになったのは嬉しいことね。だけど……)
「ねえ、私そろそろ他の班のところへ行ってもいいかな?」
「なんでそうなるんだ!? せめて貸し衣装の確認ができてからだ!」
(絵を描くことが好きすぎて周りが見えなくなってますよ、キャロルさん)
キャロルと男子生徒のやり取りを横目に見ながら、メロディは小さくため息を吐いた。
「私、メイド班の練習風景を見に行きたいんだけど」
「お供致します、キャロル様」
「「ちょっとメロディ! あなたまで暴走するのは本気でやめてちょうだい!?」」
キャロルの背後にそっと現れたメロディに、サーシャとグロリアナは絶叫するのだった。
年末年始4日間連続投稿終了。
次回は1/6より毎週 月・水・金 更新予定です。
【お知らせ】
アルファポリス様で連載中という名のエタッていた私の作品『最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?』が連載再開の運びとなりました。
メイドの読者様には直接関係ないのですが、こっちも読んでたという方がいらっしゃればぜひお立ち寄りください。




