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第19話 それぞれの舞踏会……メイド少女はまだですか?

 テオラス王国王城南門。春の舞踏会が開催される今宵、その門は舞踏会参加者専用の入退場口として使用されていた。

 既に舞踏会は開始され、ほとんどの参加者は会場入りを済ませている。そんな中、一台の小さな馬車が門前に停車した。


 両脇に立つ二人の門番はその様子を静かに見守る。諸事情につき舞踏会に遅れてやってくる参加者はそれなりにいるので、門番は特に問題視しなかった。

 問題はなかった――のだが、馬車から降りる人影を見た門番達は目を見張った。


 現れたのは一組の男女。男性は一方の門番に招待状を見せると、女性を連れて会場へ向かった。

 二人の門番は会場へ向かう男女の後姿を眺めながら、感嘆の息を漏らす。


「……あんな綺麗な子って、いるんだなぁ」

「……ああ、まるで天使のような子だった」


 そうして彼らは姿が見えなくなるまで、美しい金髪の少女の後姿を見つめていた……。




 全てのデビュタントのお披露目を終えた舞踏会会場では、デビュタント達による開会の円舞曲ワルツが披露された。

 会場の視線は二組のダンスに集中する。


 一組はもちろん、傾国の美姫アンネマリーと王太子クリストファーのペア。

 長年連れ添う夫婦のように息の合った、優雅で洗練された踊りを見せるアンネマリーとクリストファー。

 それほどの踊りをこなしながらも妖艶な笑みを振りまくアンネマリーと、爽やかな微笑みを見せるクリストファーの物腰に、衆目は魅了された。


 そしてもう一組は、妖精姫ルシアナと次期宰相候補マクスウェルのペアである。

 ルシアナ達は本日出会ったばかりの急造ペア。アンネマリー達のような熟練の踊りを披露することはとてもできない。

 だがそれ故に、そのダンスはまるで、妖精が初めて人間の踊りを身に着けたような雰囲気を醸し出していた。


 初々しく、そして微笑ましい気持ちにさせる、可憐なステップを踏むルシアナ。

 頬を紅潮させ、優しい笑みを浮かべる彼女は、振りつけこそ完璧にこなしているが、男性とのダンスはこれが初めてであることは誰の目にも明らかで、恥ずかしがりながらもマクスウェルのリードに素直に従う姿に、多くの者が知らず知らず目を細め口角を上げてルシアナ達を見守っていた。


 そして、ルシアナ達のダンスに魅了される者達がここにも――。


(替わって! マックス、その役目を替わってくれええええええええ! も、萌えええええ!)

(替わって! マクスウェル、その役目を替わってええええええええ! 可愛すぎるううう!)


 衆目を魅了していたもう一方のペアが、微笑みの裏で息の合った悲鳴を上げていた。

 だが、その切望は彼らに限ったことではなく、ダンスを観覧していた同年代の男性陣も同じであったことは言うまでもない。


(((次は俺と踊ってもらおう!)))


 先程、ルシアナを『貧乏貴族』と罵倒していた者達までそう考えているのだから、厚かましいというか、それほどまでにルシアナが周囲を魅了してしまったのか……。

 魅了してしまったのはルシアナのステップ故か、それともメロディーの努力の賜物か、はたまた両方か……まあ、どちらにせよ、今年の他のデビュタント達が少々可哀想な結果になってしまったのは言うまでもあるまい。


 成人した女性陣のお披露目という意味では、今年の舞踏会は失敗だったのかもしれない。

 まあ、当のデビュタント達でさえ彼女に魅了されているので一概に可哀想とも言えないが。

 彼女の隣を踊る別のペアなど、二人してルシアナに目をやり、うっかりステップを踏み外すところであった。ルシアナの隣で踊るペアが皆同様に一度はそうなるので、踊りながらルシアナは、王都では新しい円舞曲のステップが考案されたのかしらと訝しむほどであった。


 こけすぎだ……精進せよ、乙女達。


 恥ずかしがりながらも楽しそうに踊るルシアナの姿を、彼女の父ヒューズと母マリアンナは他の出席者達に混ざって眺めていた。

 ちなみにこの夫妻、皆がダンスに注目している隙を狙ってか、会場で堂々と指を絡ませて、所謂『恋人繋ぎ』をしている。仲がよろしいことで……。


「正直、娘のあんな姿を見られるとは思っていなかったよ」

「あなた……」


 ヒューズの握る手に力が増し、その呟きを聞いたマリアンナは見上げた先でヒューズが今にも零れ落ちそうな涙を浮かべている姿を見た。

 ヒューズの言葉は、マリアンナも内心思っていたことだ。長年『貧乏貴族』の妻として生きてきたマリアンナには、今でもこの光景は都合のいい夢なのではと疑いたくなる。

 だが、夫の力強い握力が、今この瞬間が現実であることを伝えてくれている……。


「……いずれこの恩を、返さなくてはな」


 涙を拭ったヒューズは、笑みを保ったまま真剣な声がマリアンナの耳に届いた。

 それが誰への言葉なのかは、彼女にもよく分かっている。

 出会ってまだ一ヶ月も経っていない、黒髪の少女の姿が脳裏に浮かぶ。


 彼女が自分達に与えた恩恵はあまりにも大きい。

 新築のような王都の屋敷、領地では食べられなかった料理の数々、現在身を包んでいる自分達の素晴らしい衣服ですら彼女が用意してくれたものだ。

 普通のメイドにできることではない。それほどに、彼女の技術と魔法は常軌を逸していた。

 恩義を感じないのは無理というものだ。ヒューズの言葉にマリアンナも首を縦に振る。


「ええ、いずれしっかりとこの恩に報いましょう。……とりあえず、今夜のルシアナの活躍を目に焼き付けておかなくては。今日のあの子の勇姿をしっかり教えてあげないとね!」

「……そ、それは恩返しになるのかい?」

「何を言っているの? ヒューズ。メロディーは何よりもそれを待っているのよ?」


 意気込むマリアンナを前に、ヒューズは笑顔を浮かべつつも訝し気に首を傾げた。

 マリアンナは既にメロディーの趣味をよく理解しているようだ……。

 ちなみに、断っておくが、メロディーにはアンネマリーのような性癖はない。あくまで、お仕えするお嬢様の話を聞くのが好きなだけである。ある意味夫妻の話でも構わないとも言える。


「なんとも美しい令嬢じゃないか、ルトルバーグ伯爵」

「これは……宰相閣下」


 ヒューズの前に宰相府の最高責任者たる、宰相ジオラック・リクレントスが姿を現した。突然の上司の登場に夫妻は慌てて礼を取る。

 年相応のマクスウェルといった面持ちの美男、それがジオラック・リクレントスである。マクスウェルとは違い、髪は耳に掛かる程度に切りそろえられてはいるが、それでも二人が親子であることはその容貌から明らかであった。

 ジオラックは朗らかな笑顔で、顔を上げた夫妻と言葉を交わす。


「今までどの夜会にもパートナーを付けなかった息子が当日になって突然デビュタントのエスコートをすると聞いた時は驚いたものだが、まさかあのような妖精に魅せられていたとは」

「きょ、恐縮でございます」


「いやいや、私は安心しているのだよ、伯爵。初め、君が娘を使って息子に取り入ろうとしているのかと疑っていたのだがね、彼女を見てそれが杞憂であったと分かったよ。むしろあの表情や仕草が演技だというのなら、それはそれで重畳というものだ」

「は、はあ……?」


 ヒューズ・ルトルバーグは『貧乏貴族』であったがために、権謀術数を巡らせる機会など皆無であったためか、ジオラックの言葉の意味を理解できなかった。


(取り入ったりはもちろんしていないが……娘のあれが演技だと何が重畳なのだろうか?)


 ジオラックは息子とダンスを踊る少女を、楽し気に見つめていた。


(長年『貧乏貴族』と言われてきた家だ。後ろ盾がない代わりに、余計な虫もついていないからプラマイゼロか……いや、確か近隣の裕福な新興貴族とは懇意にしていたはずだ。ならばむしろ優良物件かな? 資産はともかく伯爵家なら家格は十分……何、金などこれから稼げば問題あるまい。何より、あれがようやく興味を示した女性だ。一考の余地はあるか……ふふふ、もしもあれが息子を篭絡するための演技だというのなら、むしろ願ったり叶ったりだ。未来の侯爵夫人ならそれくらいのことを当然のようにこなせなくてはな。演技でないならそれも問題あるまい。自然と他者を魅了する振る舞いができるということなのだから……)


「宰相様?」


 じっとルシアナ達のダンスを見つめるジオラックの姿に、ヒューズは首を傾げた。


「――ああ、何でもないよ。……そうだ伯爵、向こうにクラウドを待たせているのだ。よかったら君も来ないかね? 奥方もご一緒にどうかな? 私の妻も向こうにいてな、どうか話相手になってやってくれ。あのままクラウドと話を続けられては奴の魅力に妻を奪われかねんのだ」

「クラウド……レギンバース宰相補佐様ですか? も、もちろん、喜んで!」


 居酒屋か! 王太子ペアがこの場にいればそんなツッコミもあったのかもしれない……。


「まあ……では、ご一緒させていただきます」

「それはよかった。では行こうか」


 三人は舞踏会場の端、休憩エリアへ移動した。




「お初にお目にかかります、リクレントス様。ルシアナの友人のベアトリスです」

「同じくミリアリアですわ」


 デビュタントのダンス終了直後、どかどかとルシアナの元へ駆け寄ったのはアンネマリー達ではなく、昔からの友人であるベアトリスとミリアリアであった。

 アンネマリーとクリストファーはその立場上、ダンス直後に自由な時間を取れるはずもなく、今はその他大勢に取り巻きにされ、挨拶で大変忙しくしていた。

 二人の少女はドレスの端を軽くつまむと、マクスウェルに対し淑やかな礼を取った。


 赤み掛かった栗色の髪と黒い瞳の少女ベアトリスは、その長い髪を右に寄せ、三つ編みにして肩から胸元へ垂らしている。

 橙色を基調としたオフショルダーのドレスを身に纏う、如何にも快活な印象の少女だ。

 対するミリアリアはその丁寧な口調と同じく、淑やかな印象の少女だ。腰まで長い、紫掛かった水色の髪は流れるようなストレートヘア。優し気なブラウンの瞳がマクスウェルを捉えていた。


 明るい印象のドレスを着ているベアトリスとは対称的に、ミリアリアのドレスは紺色を基調としたシックなドレス。袖は長く、胸元・首元もしっかり隠されているが、ルシアナやベアトリスにはない豊かな双丘が、ミリアリアの女性的魅力を十分に引き立てていた。


「はじめまして、お二方。今宵、ルシアナ嬢のパートナーを務めます、マクスウェル・リクレントスです。お見知りおきを」


 そう告げると、マクスウェルは二人の手の甲にそっと口元を添えて親愛の挨拶をする。


((きゃああああああああああああああああああああああああっ!))


 国内屈指の美男子からの挨拶に、内心悶える二人だったが、実家の教育の賜物かそれを表に出すことはなかった。

 その様子を見たマクスウェルは「なかなか鍛えられている」と、二人の評価を上方修正する。


「はじめまして、リクレントス殿。ベアトリスの兄のチャールズ・リリルトクルスです」

「私の名前はリーベル・ファルメン。ミリアリアの母方の従兄です。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 三人は互いに握手を交わした。

 ベアトリスは十九歳の実兄を、ミリアリアは十八歳の従兄をパートナーにして舞踏会に参加した。

 チャールズはまさにベアトリスを男にしたような風貌で、リリルトクルス家の次期当主。明るく親し気な印象だが、格上のリクレントス家への礼儀は忘れず丁寧な話し方だ。


 キリリと鋭い目つきの青年、リーベルはミリアリアの母の実家、ファルメン子爵家の三男。余談だがリーベルは今回、一人っ子であるミリアリアの婿養子候補としてパートナーに選ばれた――のだが、リーベルもミリアリアもその事実を教えられてはいない。


 二人の相性を見てみようと、彼らの両親達が只今観察中なのである。もちろん今も……。

 ひと通り挨拶を終えたことを察したベアトリスとミリアリアは、さっとルシアナの両脇を固めると「「じゃ、そゆことで!」」と声を揃え、ルシアナを引きずって休憩エリアへ行ってしまった。


 その様子に呆気に取られるマクスウェルだったが、苦笑しながら三人を見送るチャールズとリーベルを見て、彼女達はあれで普段通りなのだと察した。


「……折角ですから、私達も少し休憩しましょうか。こんなところに男だけで屯していては、いつご婦人方からダンスを誘われるか分かりませんし」


「ははは、女性の方からダンスに誘ってもらえるなんて羨ましい話ですね。ですが、私としてもぜひあなたとは一度話をしてみたいと思っていました。せっかくの機会です、その提案に乗らせていただきましょう。構わないよね、リーベル?」


「問題ありません。それに、ミリー達をあのまま放置しておくのもよくないです。特に今回はルシアナ嬢が目立ち過ぎました。障害がないと思われれば誰が近づくか分かったものではない。とばっちりでミリーに変な虫でもつかれては困ります」


 ……ミリアリア、リーベルの両親よ、リーベルにさっさと説明してしまった方が、話はスムーズに進みそうである。まあ、ミリアリアの気持ちはどうか分からないが。

 リーベルの言動にチャールズは苦笑し、マクスウェルは一瞬瞠目したが、すぐに状況を理解すると休憩エリアの方を向いた。『ミリー』と愛称で呼んでいるのだ。察せられないでか……。


「ふふ、では私達も参りましょうか」


 ルシアナ達に続いて男性陣も休憩エリアへと足を運んだ。



「殿下、よろしければ……その、わたくしと……」


 頬を赤らめ、胸元で両手をもじもじさせる、デビュタントの一人である公爵令嬢に――。


「美しい姫君、では次の曲をご一緒していただけますか?」

「――っ! はいっ! 喜んで!」

(居酒屋か! くそおおおお! 俺もあっちの妖精ちゃんのところに行きたいよおおおおお!)


「ヴィクティリウム嬢、よろしければ次の曲を一緒に踊っていただけませんか?」


 先程の公爵令嬢のパートナーであり、彼女の兄である次期公爵殿がアンネマリーの前に優雅に右手を差し出す。


「……ええ、よろしくお願い致しますわ。楽しいダンスを期待しております」

「ええ、喜んで! あなたを楽しませると約束しましょう!」

(居酒屋か! もおおおおお! 私もあっちのルシアナちゃんとお話したいよおおおおおお!)


 どこまでも似た者同士な二人は、まだしばらく本懐を遂げられそうにない。

 ……というかこの二人、聖女とか魔王とか忘れてやしないだろうか?

 可憐な少女に魅了され、あっさりと欲望に流された感が否めない……。



 デビュタントのダンスが終わり、ひと段落ついた現在は他の参加者達も交えた軽快なダンスが会場内で披露されていた。ある者はダンスを楽しみ、ある者は知り合い同士で歓談し、ある者は会場の端に用意されている軽食に舌鼓を打つなど、思い思いに今夜の舞踏会を満喫していた。

 深夜まで続く舞踏会はまだ始まったばかり。長く続く舞踏会では、遅れてやって来る者や途中で退場する者もしばしば。

 だから、このタイミングで会場の小扉が開いても誰も気にする者はいなかった。




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