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第13話 メイドの再会とルシアナのエスコート

「エスコートですか?」

「そうなの! 今夜の舞踏会にはエスコート役が必要だったのよ!」


 通路でぶつかった青年――王太子クリストファーと別れ、無事式場の控室に辿り着いたメロディは、係員にルシアナを呼び出してもらった。その甲斐あって無事、入学許可証を手渡すことができたメロディだったが、慌てた様子で駆け寄るルシアナにより新たな問題に直面することとなった。


 例年、王立学園入学式の夜には、学園創設以来の恒例行事として王城で舞踏会が催されることになっていた。もちろん今年も例年通り舞踏会が開催される予定であり、学園に入学する貴族子女はこの日が社交界デビューとなるのだが……。


 社交界デビューをする令嬢には、エスコート役となる男性の同伴者が必要だったのだ。

 この年までずっと領地暮らしだったルシアナに、エスコート役を引き受けてくれるような知り合いなど王都にいるわけもなく、控室で知り合った令嬢達と談笑していたルシアナは、この時初めてその事実を知った。


「でも、旦那様も奥様もそのようなことをおっしゃられては――」

「男性は別に一人でもいいのよ。それに、お母様には当時既にお父様がいたの。お父様もお母様もエスコート役で困った経験がないから『うっかり』忘れていたんだわ!」

「……それは……えーと……どうしましょう?」


 主人一家のうっかり具合にさすがに笑顔が引きつるメロディだった。


(うーん、メイドの技術でお助けできることならいくらでも頑張るんだけど、さすがにエスコート役となるとなぁ。私も王都にエスコート役をお願いできるような知り合いなんていないし……)


 どうしようもないので、入学式間近なこともありメロディはルシアナの元を後にした。


「とりあえず入学式が終わった後で同級生の顔合わせがあるから、その時にでもお願いできる人がいないか聞いてみるわ。まあ、望み薄だけどね……」


 苦笑しつつもルシアナは控室へ戻っていった。

 王都ではルトルバーグ家は『貧乏貴族』として有名であった。いくらメロディが屋敷を改修し、彼らの生活水準を向上させたとしても、長年の印象は早々変えられるものではない。実際、彼らの生活水準が向上しているのはあくまでメロディのチートスペックによる恩恵であり、伯爵家の懐事情が改善されたわけではないのだ。


 『貧乏貴族』の令嬢のエスコート役などを買って出て、特別な関係と勘違いでもされれば男性の方の今後の結婚相手探しに影響するかもしれない。

 そんな面倒事の火種になりかねないルシアナのエスコート役を引き受けてくれる人間はいないだろうと、ルシアナはやや諦観しての苦笑であった。


 控室を去ったメロディは学園の通路をうんうんと唸りながら歩いていた。ルシアナのためにエスコート役をどうにかできないだろうかと考えていたのだが、残念ながら早々名案など浮かばない。


(そうだ! この際私が男装してエスコート役をするっていう手も……いや、いくらなんでもダメよね。素性の知れない男性がエスコート役だなんてお嬢様に申し訳が……でも、うーん)


 荒唐無稽な名案を思いついては自らダメ出しをして廃案にする――を繰り返しながらメロディは通路を進む。その中には人道的にヤバい案もあったりしたのだが、もちろん良識を持つメロディは考えた時点でそれをすぐに却下した。何を思いついたかは、もちろん秘密である。

 難しい顔をして歩くメロディの頬に優しい風が触れた。ふと気がつくと、そこは外に繋がる渡り廊下で、メロディの左側には美しい庭園が広がっていた。


「凄く綺麗……」


 屋敷に可愛らしい庭園を作り上げたメロディでさえ感嘆の息を漏らす美しい庭園が彼女の視界を埋め尽くす。庭園を彩るのは春らしい鮮やかな黄緑色――萌木色や若葉色の芝生や木々だ。花咲く季節でありながらその庭園は様々な緑色の濃淡によって豊かな色彩を生み出していた。


 精密に考えられた木々の配置、幾何学的に、そして芸術的な模様に刈られた一面の芝生、歩を進めるたびに変わる景色に心が躍る、庭師の確かな実力が感じられる庭園であった。

 すっかり庭園に魅了されたメロディは屋敷に帰ることも忘れて散策を楽しんでいた。と言っても、帰るのは一瞬で済むうえ、屋敷内外の整備もほぼ完了している。少しくらい庭園を散策したところで仕事が滞る心配などこれっぽっちもなかった。


「素敵なデザインだわ。うちの屋敷にも取り入れられるかも……あ、東屋もあるんだ」


 屋敷の小さな庭園に東屋は不要だろうが、今後の参考にとメロディは東屋へ駆け寄った。

 庭園の中央には小さな東屋――西洋風に言えばガゼボが見える。壁はなく、白塗りの屋根と八本の柱のみで構成された休憩所には丸いテーブルと椅子が四つあるだけ。

 そして、その席のひとつに腰掛け読書を嗜む、一人の少年の姿が見られた。


 後ろで結ばれたハニーブロンドの長い髪は右肩から胸に垂らされ、輝くエメラルドグリーンの瞳は彼の右手が開く小さな本の文字を追ってゆっくりと動く。ピンと背筋を伸ばし、椅子に足を組んで座る姿は思いの外優雅で美しい。


「……マックスさん?」


 東屋でメロディが見つけた人物は、以前王都へ向かう馬車に同乗した少年、マックスだった。


「……メロディ?」


 普段彼を『マックス』と呼ぶ者は少ない。昔からの付き合いである王太子ですら公共の場では彼を『マクスウェル』と呼ぶ。まさか学園内でその名を呼ばれるとは思いもしなかった彼は、少々驚き気味に声の方を向いた。

 そこには、以前王都へ向かう馬車で同乗した可愛らしいメイド志望の少女、メロディがいた。


「……久しぶりだね。その格好、どうやら希望通りメイドになれたみたいだね」

「お久しぶりです、マックスさん! その節はお世話になりました!」


 優しい笑みを浮かべるマックスに、メロディもまた笑顔を返しペコリと頭を下げた。見れば彼は学園の制服を身に纏っている。青いネクタイから察するに二年生だろうか。


「マックスさんは学園の生徒だったんですね。二年生ですか? ……というか、生徒ってことは貴族のご子息だったんですね!? あわわ、失礼しました!」


 再び慌てて頭を下げるメロディに、マックスは苦笑して頭を上げるよう告げた。


「俺達は友達だろう? そんなこと気にしなくていいさ。とりあえず質問に答えると、俺は学園の生徒で二年生さ。それより久しぶりなんだし、少し話をしないかい?」


 マックスは隣の席をポンポンと叩きメロディに座るよう促す。久しぶりに友人に会ったメロディも嬉しくてついその誘いに乗り、しばしの談笑を楽しんだ。


「そういえば、マックスさんはどうして今日学園に? 入学式には新入生とそのご家族しか出席しませんよね?」

「今年の新入生に知り合いがいてね。良く言えば付き添い、悪く言えばおもりといったところかな? 優秀なんだけど、時々壊れたように暴走する奴でね。そばで見張っていないと危なくてね」

「まあ、それは大変ですねぇ」


 気の毒そうな顔でマックスを見るメロディ。まさかこの国の王太子だとは夢にも思うまい。


「メロディこそ、どうしてここに? その格好はメイドだろうけど、学園のメイドではないよね?」

「はい。ルトルバーグ伯爵家のメイドをしています」

「……ルトルバーグ?」

「はい! 今日はお嬢様の忘れ物を届けに来たんですよ」


 忘れ物を届けに来ただけだというのに、メロディはそれはそれは楽しそうに答えた。

 マックスはルトルバーグという名に聞き覚えがあった。最近宰相である父と宰相補佐レギンバース伯爵が直々に採用した人物が、確かそんな家名だったはずだ。いずれは宰相を目指すために宰相府を出入りしていたマックスはルトルバーグ伯爵と多少の面識を持っていた。


(まさかあの『貧乏貴族』ルトルバーグ家に仕えていたとは。伯爵の人柄と、メロディの様子を見る限り酷い目にあっている様子はなさそうだけど、苦労しているかもしれないな……)


「いきなり貴族の屋敷に務めるなんて大変だろう? 困ったことはないかい? 俺にできることなら手助けするよ?」

「いいえ、大丈夫です! 旦那様も奥様も、もちろんお嬢様も皆さんとてもいい方ばかりですし、やりがいのあるお仕事ばかりです。私もう楽しくって!」

「……そう、それはよかった」


 満面の笑みでそう言われてしまっては手の貸しようがないなと、マックスは少々残念そうに微笑み返した。


(……残念か。まさか俺の方から女性に手を貸そうとするとはね)


 自身の美貌ゆえに女性にモテまくるマックスは、それゆえにしつこいほどに女性からアプローチを受け、女性というものに辟易していた。別に嫌っているわけではないが、自分から女性に関わろうとは思えなくなっていた――のだが、メロディに関してはそうでもないようで、自分でも少々驚きの感情であった。別に『恋』というわけではないと……思うのだが。


「――あ、でも、お嬢様が……」

「……何かあるのかい?」


 メロディから笑顔が消え、何かを思い出すと暗い顔で俯いてしまった。メロディのそんな顔など見たことがなかったマックスは真剣な面持ちでメロディの答えを待つ。まさか、ルトルバーグ家のお嬢様がメロディに嫌がらせを? もしそうならそのお嬢様とやらには俺が――。


「お嬢様のエスコート役が決まらなくて……」

「――エスコート?」


「今夜の夜会がお嬢様の社交界デビューなのにエスコート役が見つからないんです。どうにかしてさしあげたいんですけど、いい案が思い浮かばなくて。マックスさんとの話が楽しくてうっかり忘れてしまっていました。大切なことなのに……メイド失格です」

「――ぷふっ、ぐっ……ははははははははははははっ!」

「マックスさん!?」


 大笑いするマックスなど初めて見たメロディは目を点して彼を見つめた。


「私が真剣に悩んでいるのにどうして笑うんですか!」

「いや、ぷくくっ! ゴメン、ゴメン。まさかそんなこととは……ぷふふっ!」

「お嬢様にとっては一大事なんですよ!?」


 そう、一大事なのはあくまでルトルバーグ伯爵令嬢の方であってメロディではない。暗い顔をして悩むものだから何事かと思えば、自分のことではなくお嬢様のことだったとは……。

 先程ルトルバーグ家の者達はいい人達だとメロディが満面の笑みを浮かべて告げたというのに、令嬢がメロディをいじめているのではと疑念を浮かべた自分のことが、マックスは可笑しくて仕方がなかった。


「あははっ、すまない。お詫びと言ってはなんだけど、メロディの悩みは俺が解決してあげるよ」

「マックスさんが?」

「ああ、ルトルバーグのご令嬢のエスコート役、俺が引き受けよう」

「――え! いいんですか!?」

「もちろん。今夜の舞踏会には一人で出席するつもりだったけど、困っている友人の助けになるなら、この右腕くらいいくらでもお貸しするよ?」


 マックスは立ち上がると右腕を腰に添え、エスコートのポーズを取った。やり慣れているのかとても自然で優美な立ち姿だ。

 その甘い笑顔など、一介の令嬢が見れば途端に瞳を蕩けさせていたに違いないが――。


「わあ! ありがとうございます、マックスさん! 早速お嬢様に伝えなくちゃ!」


 そんな姿がメロディに通用するはずもなく、彼女は純粋にマックスの提案を喜ぶだけだった。


(……虜にしようと思ったわけではないけど、ここまで反応がないとさすがに自信をなくすなぁ)


 自身の美貌を熟知しているマックスとしては、メロディのあまりの無反応さは地味にショックな出来事だった。要するに、目の前に立つ美少年より、お仕えしているお嬢様の方が完全に優先順位が上と言われたも同然なのだ。美男子のプライドに初めて亀裂が走る瞬間であった。


「今から向かえば入学式が終わる頃ですね。お嬢様が他の方にお願いする前に話をつけなくちゃ!」


 勢いよく立ち上がったメロディはエプロンのポケットからメモ用紙を取り出すと、サラサラと屋敷の住所を書き記し、それをマックスに手渡した。


「ここがお屋敷の住所です。えーと、馬車の手配は……」

「馬車はうちから出そう。そうだな……五時頃に迎えに行くと令嬢に伝えてくれるかな?」


「マックスさんも一緒に来てくれませんか? お嬢様にご紹介しますよ?」

「すまない。今から向かわなければならないところがあるんだ」


「そうなんですか……分かりました。お嬢様にそう伝えますね」

「令嬢によろしく言っておいてくれるかな」


「はい! 今夜よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」

「それでは失礼します」


 メロディは美しいカーテシーを披露すると、再び入学式会場へと戻っていった。マックスはメロディの後ろ姿が見えなくなるまで目を細めて楽しそうに眺めていた。


 入学式が終わり、しばし控室で休息を取っていたルシアナの元に再びメロディが現れた。


「エスコート役を見つけてくれたの、メロディ!?」

「はい。二年生のマックスさんという方なんですけど、以前知り合った方でさっき偶然再会したんです。まさか貴族だとは思ってなかったのでびっくりしちゃいました」


「その方が私のエスコートをしてくれるの?」

「夕方の五時にお屋敷に迎えに来てくれることになりました。急用があって今一緒に来られなかったんですけど、ちゃんと約束しましたから大丈夫です」

「ありがとう、メロディ!」


 感極まったルシアナはついつい屋敷でするようにメロディに抱きついてしまった。メロディからは見えないが、おそらくルシアナの背後にいた他の令嬢達は驚いていることだろう。


「お嬢様、貴族の令嬢が公衆の面前でメイドに抱きつくのははしたないです!」

「だって嬉しいんだもん!」


 しばらくしてようやくメロディから離れたルシアナがごく当然の質問を投げかけた。


「それで、なんて名前の方なの?」

「――? マックスさんですよ?」

「えーと、家名は?」


 メロディは一瞬完全に表情を無くしポカンと口を開けると、一気に青ざめてしまった。


「……聞くの忘れました」

「えええ!?」


 ルシアナが驚くのも無理はない。なぜならこの後彼女を迎えに来るのは、『マックス』という名前しか分からない見ず知らずの男性だと言うのだから。


「だ、大丈夫ですよ! マックスさんはとても紳士的で優しくて、そのうえ物凄い美人さんなんですから。お嬢様が心配する必要はありませんよ!」

「とっても美人なマックスさんかぁ……」


 一体どんな人が来るのだろうか……。まだ見ぬエスコート役の男性を思い、心躍る――わけもなく、不安でいっぱいになるルシアナなのであった。


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