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アフタースクール・マルカート  作者: 孤独の音楽家
第1楽章:新入生歓迎会
4/5

3.衝撃




「──で、どうだった、さくらちゃん?」

 新入生歓迎会での演奏も終わり後片付けをしている私に町子先輩が訊いてきた。

「え、何がですか?」

「演奏だよ、え、ん、そ、う!」

「ええと、まあ、ボチボチですかね……」

 私は無難にそう答える。先輩も「そっか」とこれまた無難に返す。実際、手応えらしい手応えというものはなかった。そのときのノリで手拍子をしてくれたほうが多かっただろう。実際に見学、入部してくれる者はほんの一握りだと思う。

「って、なんてネガティブなんだ、私は!」

「さくらちゃん?」

「あ! な、なんでもないです! アハハ……」

「今年は何人入ってくれるかねぇ?」

「え? そ、そうですね……。 十数人入ってくれればいいんじゃないですかねぇ?」

 私はそう返す。先輩も「そうだね」と頷いた。

「あ、作業止めちゃったね! ごめんごめん!」

「あ、いえ……こっちこそすみません……」

「じゃあ、私は部長たちんとこ行くから! 後はよろしく!」

 そう言うと、先輩は走っていった。私はそれを見送ると残りの作業に取り掛かった。



 * * *



「いやぁ、今日の演奏はとても素晴らしかったです!」

 音楽室に戻った私たちを待っていたのは滝沢先生だった。それともう一人、若い男性がいる。いや、滝沢先生も若い男性なのだが、その男性はさらに若い。

「恐らく新入生もたくさん来てくれるでしょう!」

 滝沢先生は大げさに拍手する。しかし、私たちはもう一人の男性のことが気になって滝沢先生の言葉が頭に入っていなかった。と、白石部長が手を挙げる。

「あの、先生……その方は……」

 白石部長は私たちが頭の中に浮かべていた言葉を先生にぶつける。

「あ、そうですね、やはり気になりますよね」

 滝沢先生は一度咳払いをする。その様子を見て私をはじめ他の部員のあいだに緊張が走る。どうやらただごとではないようだ。

「彼は久米豊(くめゆたか)先生、私の高校時代の後輩です。 今年度より私に代わって吹奏楽部の顧問をしてもらうことになりました」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに部員のあいだでざわめきが起こった。それはもちろん私も同様であった。滝沢先生に代わって?それって、滝沢先生がやめるってこと?

「突然のことで驚いているかもしれません。 実は、私の家内が──」

「やめないでください、滝沢先生!」

 と、バリサクパートでサックスパートリーダーの小泉(こいずみ)さやか先輩が叫んだ。目には涙を浮かべている。小泉先輩は特に熱心に滝沢先生の指導を受けていたのである。

「小泉さん……すみませんが、それはできません。 私の家内が難病におかされてしまい治療中の付き添いをしなければいけないんです、分かってください」

 滝沢先生は優しさの中に少し厳しさのある口調で小泉先輩に語りかけた。

「久米先生は私も一目置いています。 指導の質を下げるようなことは決してありません」

「……違うんです……そうじゃなくて……」

「本当にすみません」

「……先生……」

「皆さんもすみません。 昨日までバタバタしてしまい皆さんに言いそびれてしまいました。 本当にすみません」

 先生はそう言うと深々と頭を下げた。

「せ、先生! 顔を上げて下さい!」

 副部長でトランペットパートリーダーの高畑奈津美(たかはたなつみ)先輩は慌てて言う。先生はゆっくりと顔を上げた。

「こう言うと言い訳に聞こえてしまうかもしれないのですが、本当は早めに言っておきたかったんです。 キミたちに精神的な不安を与えたくない、そう思っていたんですが……」

 滝沢先生が言い終わると、高畑先輩は何かを考えるように俯き、しばらくして言った。

「先生、お気持ちは分かりました。 突然のことでさやかも動揺したんだと思います。 すみませんが、気持ちを落ち着かせる時間をくれませんか?」

 冷静な判断だ。しかし、内心では動揺しているのだろう。五年ものあいだ吹奏楽部を指導してきたのだから。日の浅い私だったがそれは理解できた。

「分かりました。 確かに私も気が急いていたのかもしれません。 本当にすみませんでした」

 滝沢先生はそう言うと再び頭を下げた。

 私は先生のその姿を見て心臓が張り裂けるかのような痛みを感じていた。




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