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アフタースクール・マルカート  作者: 孤独の音楽家
第1楽章:新入生歓迎会
3/5

2.本番




 体育館は人で埋まっていた。規則的に並べられたパイプ椅子も需要と供給のバランスが崩れており、座れなかった人は立つしかない状況であった。見込み違いであったことは明らかである。

 今年度の新入生は例年よりも多かった。その要因は去年の甲子園で優勝を果たした野球部なのであるが、どうやらそれだけではないようだ。

 準備を進める私は新入生からの熱視線を感じていた。相手に悟られないようにチラリと見ると、数十名はいるであろう新入生のグループがこちらをじっと見ていた。いわゆるガン見である。しかし、何故これほどの注目を集めるのか疑問であった。

 毎年吹奏楽部を希望する新入生はいるにはいるのだが、せいぜい十数名ほどだ。だが、今年はその三倍はいる。私には思い当たる節がなかった。

「先輩、なんか注目されすぎじゃありませんか?」

 私は思いきって町子先輩に振ってみる。

「ん? ああ、そういえばいつもよりも多いかもねぇ」

「先輩は何か思い当たるとこありません?」

「いや、なんも?」

 先輩はそっけなく返した。

「ひょっとして、さくらちゃんのファンじゃないのぉ?」

「んな、そ、そんなわけ、な、ないじゃないですかッ!」

「んもーー、冗談で言ったのに、可愛い奴め!」

「か、からかわないでくださいよ……」

 私は思わず先輩を睨む。

「まぁ、注目を集めるのはいいことだしこれでいいんじゃない?」

「そ、そうですよね……」

「さ、準備進めるよ!」

「は、はい!」

 先輩に促され私は演奏の準備を再開した。



 * * *



『──というわけで、新入生のみなさんには健全なる学校生活を送ってもらいたいです。 えーー、それでは最後になりますが、我が校の吹奏楽部の演奏を聞いてください』

 校長先生の長い話が終わり、いよいよ私たちの出番となった。数名は眠たそうにしていたが、白石先輩が立ちあがったのを見てハッと立ちあがる。吹奏楽部の部長として新入生に挨拶をするのだ。

『新入生のみなさん! 本日はお集まりいただきありがとうございます! 私は吹奏楽部で部長を務めます白石渚です! おやおや、なんだかみなさん眠そうですねぇ! ひょっとして、校長先生のお話が長かったからですかねぇ?』

 白石先輩のその言葉を聞いた校長先生は顔を曇らせた。大きく咳払いもする。

『おっと、すみません、校長先生! 別に悪気があって言ったわけではないんです! えーーと、なんだか空気が悪くなってしまったのでここで私たち吹奏楽部の演奏を聴いていただきたいと思います! 演奏しますは『宝島』という曲です! みんな聞いたことあるかなぁ? 吹奏楽経験のある人!』

 先輩がそう振ると、チラホラとだが新入生の中から手が上がっていく。

『よろしい! それではリラックスして聴いてやってください!』

 そう言うと先輩は一礼をした。私たちもそれに合わせる。


 指揮台に滝沢先生が立ち両手をさっと構える。私はマウスピースに口を触れさせてそっと目を閉じる。鼓動の高鳴りを感じる。だが、不安のそれではなかった。私たちの精一杯の演奏を聴かせてやる、演奏を聴いた者の心を掴んでやる、その思いからのものだ。滝沢先生の演奏の合図からさほど時間は経過していないが、まるでその時間が一生続くかのように感じた。そして、やっと振り上げられる滝沢先生のその手。私は息を吸い込んだ。


 私たち個々から奏でられた音は塊となって一斉に解放され、一瞬にして体育館全体に広がる。楽しげなそのメロディは一気に会場の雰囲気を和やかにする。新入生は曲に合わせて自然に手拍子を始めた。それは演奏する側も同じだった。私の隣に座る町子先輩は軽快に体を左右に揺らせながら吹いている。私も真似してみるが案外難しくすぐに断念した。

 しばらくしてサックスソロのパートに差し掛かった。アルサクの朝比奈さんがその場で立ち上がりソロを披露する。軽快な調子で音を奏でるその様子を遠目に見ていた私は、ふと去年の夏のことを思い出していた。

 吹奏楽初心者であった朝比奈さんは地方予選の前の晩、私のもとに来ていた。恐らく、本番直前特有の緊張感に包まれていたのだろう、彼女の手は震えていた。その手をそっと包み込む私は彼女にこう言った。

 ──大丈夫、明日はきっといい日になる──

 朝比奈さんにはこの言葉がどう届いたのかは分からないが、笑顔で返してくれたのを鮮明に覚えている。


 ソロパートが終わると朝比奈さんは新入生に向かい一礼をする。それとほぼ同時に新入生から拍手が起こった。朝比奈さんはすぐに座る。

 次は私たちホルンパートだ。私が苦戦しているパートでもある。リズムに合わせ私は指を動かす。ちゃんと吹けたか分からない。それほど私は自身のパートをこなすのに必死だった。そして、その時間はあっという間に過ぎていった。



 * * *



『──本日は私たちの演奏を聴いていただきまして本当にありがとうございます! 私たちは今年の夏に開催される全日本吹奏楽コンクールに出場します! 本日の演奏を聴いて興味を持った方、吹奏楽の経験者で実力試しをしたい方、とにかく楽器を吹いてみたい方、たくさんの入部をお待ちしております!』

 白石先輩は一礼する。私たちは再びそれに合わせる。


 果たして何人の新入生が入部してくれるのか、演奏前にじっと見ていたあの新入生グループは果たして入部してくれるのか、今の私はそれだけが気がかりだった。




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