雨と風と、音の中で
おおきくなくてもいいです。
こえにだして、よみましょう。
私は歩いている。私の知っている道を
でも、今日はいつもとは様子が違う。
降り注ぐ雨。打ち付ける強風。
ぎゅうぎゅう詰めの電車が私の横を通り過ぎた。
遠くで、車が走るおとが聞こえる。
いつもなら聞こえない、傘を打つ水の音。私があるく、水音。
私は歩く。私の知らない道を。
ふと、右手に下げる袋のことを思い出す。私の「お友達」に頼まれたモノだ。ポケットに入れてみた左手からは、先ほどの一枚だけの紙幣とは違った数枚の硬貨の存在と重みをを感じ取れている。
私は歩く、彼の家へと。
私には、家がない。
家族もいない。
安らぎの場も、憩いの場も。
靴の中に、水が入った。つめたい。
でも、私の足を包む水は伝えてくれる。悪さをしてはいけないよ、と。
靴の中の水は、おとなしくなった。
風が私の首元を撫でた。ひんやりとした涼しさが、心地よい。
彼は私の「お友達」の一人だ。
彼は日ごろから仕事に忙しく、今日も疲れている様子だった。
だから、私は買い物を買って出た。
彼が安らぐように、
彼の疲れが増えないように、
でも、彼は心配しているかもしれない。早く帰らなくっちゃ
風は心地よい
私の周りの空気を流してくれる。風のおかげで私は息をつなげられる。
雨粒が頬を撫でた。
独りの私の頬を、優しく、優しく。
水たまりの淵を歩く。
私には家がない。ずぅっと外にいたら、殺されてしまう。
「お友達」には家がある。
私は対価を払って、一晩だけ泊めてもらう。
休むために。ごはんを食べさせてもらうために。
私には、お金がない。
この服だって、泊めてもらう先で洗濯をしてもらっている。
たまに誘われて、服を会に行くけれど、移動する時はいつも着ているモノだけだ。
私は歩く、もらった番傘を片手に。
私には数人の「お友達」がいる。
みんな、私と性別は違う。
昼間はみんなお仕事だ。
残った一人の私は、家事を代わりにやっておく。
お礼の言葉を紙に書き綴ると、することが終わった私は向かう。
別の「お友達」のところへ。
私は歩いている、一晩だけの海の傍を。
対価、は様々だ。
一晩中抱きしめていてほしいという対価
一週間頑張ったことをほめて、撫で続けるだけの対価
明日の家事をしてくれればそれで良いという対価
新しいレシピに挑戦してみて、自分以外の出来栄えの評価を教えるという対価
おでかけに付き合ってくれればいいという対価
ただ、そこに居てくれれば良いという対価
近づいてくる、車のおとがする。
私は他人が嫌いだ。
時として、醜悪な欲望を満たすべく求めてくることがある
私は人間が好きだ。
どんなことがあっても前向きに、生きる力を発揮し続けている。
まぶしい
車は私の横を通り過ぎて行った。
生み出された新しい風が、私を撫でて去っていった。
風が戻ってきた。
自然によって、生み出され風が。
歩いている。彼の家は近い
私は、私自身を求められたこともある。
優しさ故に、
対価故に。
でも、どちらにせよ。私は断ってきた。
決めるのはまだ早い、私よりも良い女はいるハズだ。あなたには、と。
雨の水が、私を癒す。
風の流れが、私を包む。
ときは私を進める。先へと
共に歩んでいるダレカは、私を知っている。私はアナタを知らないけれど。
にんげんだろうか。かみさまではないだろう、それではわたしごときに大げさだ。
私は進めない。この先へは
進んだら、戻れないから。
切り捨てて、進めないから。
私は弱い、優しさ故に。
ほら、またにげた。
優しくても、強いひとはいる。
優しさには、刃がある。
それを自分に向けて、危なくない、刃のない方を相手に向ける。
そんな優しいひと。
強くて、優しくて。ステキなひと。
私はそんなひとではないけれど、私はそれを真似る。
私にできる、方法で。
対価として、後腐れないように
彼の家が見えてきた
私は歩く。進めない先へと。
社会の歯車から外れ、支えになることで生き延びているわたし。
対価を払うことで、きせいちゅうみたいに宿るわたし。
それをゆるしてくれる、宿主にあまえて。
わたしがわたしのままでいられる、いまにあまえて。
私は歩いている。もう少しでこの雨や風とは暫くお別れだ。
私を見ている、アナタとも。
でも、私は「進んだ」モノ。
「過ぎ去った」モノ。
私はわたしでいられる。今も、昔も。
わたしは覚えていてもらっている。だから、私は存在していられる。
私はいる、アナタの中に。
物語の一部として。
アナタという
物語の…
その後、彼女は幸せになった。
彼女は時として不幸であったようだが本人は不幸だと思っていなかったようだ。
やはり、人間と言うのは難しい。
しかし、それがまた興味をそそる要因の一つであろう。
台風の中を歩く女。社会的地位はなく、戸籍が辛うじて残っているか否か。
いや、幸せになったのだから残ってはいたのだろう。
彼女は家族と呼べる家族がいなかった。
理由はいざ知らず、深く突っ込むのも野暮と言うものだ。
はてさて、彼女はどう思い、どう感じたのか…追憶を共にしたそなたならひょっとすると、理解しているのかもしれない。
そして、もし。そなたが彼女の傍にいたら、彼女の言う「お友達」だったら。
そなたはどうするのだ?
少し、考えてみてほしい。
過去を見せてくれた、彼女を思って。
記録終了。
The record is finishing here.
Thanks your for waching this memory.