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としょかんの恋  作者: ひよ
3/3

3話

ドアを開けると、がらんごろと、いつもとはちがう鈍い音がした。

もしかして壊れた?と、扉を片手にかたまる。

上に目をやると、そこには黄色のドアベルではなく、銀のでかい鈴。なんだこれ。


「何をしておる。冷気が逃げる、はやく閉めろ」

横から、しわがれた声。午後一番は俺のはずなのに、どうやら先客がいるようだ。

って、横から?左を見やると、そこにいるはずの志賀さんの姿はなく。

眼鏡をかけた白髪のじいさんが座っていた。


「…アンタ誰?志賀さんは?」

「初対面の人間への態度とは思えんの」

じいさんは、ふぅ~とため息をつく。

「わしはここのオーナーの高梨。楓は休みじゃ」

そうか、志賀さんに上司がいて、休みとかあるんだ。

限られた空間の中で、何となく志賀さんを知った気になっていたことが、気恥ずかしい。

「そ。どーも」

とりあえず3文字しぼりだして、中に踏み込む。

「待て、名を書いて行け」

ぐっと引き止められた。じいさんのくせして、いい腕力してんな。

適当にみはらそうとつづると、頭の上に読書ノートを置かれた。

「では、楽しんでこい」

ニッと笑うその様子が、なぜか志賀さんと重なった。


2階の窓際、定位置となりつつある場所を今日もキープ。

それにしても、がらごろがらごろ重低音がうるさい。

さてはじいさん、耳が遠いな。もしくは居眠り防止か。

今日もこの場所を楽しむつもりだったのに、気が散る。

ふと気づけば、本の森を散歩する黒髪が見えるのではと、本をずらしてうかがっていた。


そんなこんなでかれこれ30分。

駄目だ、今日は集中できない。

勢いよく本を閉じ、バイクで走ることにしようと

席を立つ。

返す本棚を探して、うろうろしていると。

「あ、三原さん」

名札とエプロンをつけてない志賀さんがそこにいた。

「…今日はアンタ休みだって、じいさんが言ってたけど」

「あ、そうなんです、休みなんですけどね。

つい、ここに来ちゃうんです」

照れくさそうに笑う。

「やっぱりアンタ、かわってるよ」

気づけば帰るつもりの足はすっかり止まって、

次の本を志賀さんと一緒に選んでた。


はじめて横並びにすわって、いろんな話をした。

俺と同い年の弟がいるだとか、休みは週2回でその時は

私服で来るだとか、家がこっから近いとか。

司書じゃない志賀さんが、俺のとなりにいた。


結局、今日も閉館時刻までねばって。

「閉館と言うとるじゃろう」と、じいさんにチョップを食らった。

そのまま、玄関まで押し出されて。

「ではまた」と志賀さんの笑顔とともに、かららんとドアベルが鳴った。


あーうんあれだそのなんていうか。

だって俺、本が好きとかそんなキャラじゃないし。

よく考えたら、図書館に通いつめるって相当おかしい。

なんのこっちゃない、俺は志賀さんに会いに来て

いたんだよ。

ああくそうとバイクのスピード上げて、暗い道を

ひたすら突っ走った。


志賀さんが気になる。会いたい。

そうは言っても、俺と志賀さんの接点はあの小さな

図書館しかない訳で。

とりあえず、通いつめてみた。


「すっかり常連さんですね」

読書ノートを手渡しながらうみのさんが微笑む、いつもの光景。

志賀さんがいちばん取りやすい位置に、俺のノートは

置いてある。

それだけのことに、ひどく満足していたり。


午前中は、ちびっ子連れのママさん方が入れ替わり立ち代り。

3時以降は、学校帰りの子どもたちでにぎわう。

だから、俺は午後一番から3時までの間をねらう。

大抵、文庫と志賀さんを独り占め。


「…何か、手伝うことある?」

ぱたぱたと動き回る姿だけじゃ、見足りなくて。もっと近くにと、一歩ふみだした。

へっ?って、ちょっと間の抜けた顔の志賀さん。

「お手伝いします、って言ってんの」

「三原さんは利用者なんですから、そんなに気を

使わないでください」

「ここの業務、やってみたいだけなんだけど」

「いや、でも…」

「あんた見てて、司書って仕事に興味がわいた」

しばらく志賀さんはもごもご口を動かしていたけれど。

「…今日は新刊が来たんです。貸し出しカード作り、お願いしてもいいですか?」

「もちろん」とっておきの笑顔で、そう返した。


「まず、ここに本の名前をお願いします」

手のひらサイズのちいさいカードに、タイトルを記載する。

「つぎに、作者と絵本の場合は絵を描いた人の名前」

「ん、できたよ」

「それから、分類をお願いします。これの場合は

絵本ですね」

「こっちは?」

「これは読み物です」

「訳者も入れたほうがいい?」

「はい、お願いします」

ななめ上からふわりと降りてくる声がうれしくて、

無駄に質問をした。


本の最後のページに、貸し出しカードの袋をつけて、先ほど書いたカードを差し込む。

「さいごに、この判子をお願いします」

ひかり文庫と書かれた判子を、ゆっくりと本に押す。

「はい、完成~」

「では、棚に並べましょうか」

楽しそうに志賀さんが笑って、一緒に新刊コーナーへ

と向かった。


「ようこそ、本の森に」

そうつぶやいて、志賀さんに指示を仰ぎながら本を

セッティングした。

「一冊、借りて帰られたらどうですか?」

「え?」

「三原さん、いつも借りて帰られることがないから」

「あー、直接バイクに突っ込むわけにいかないしね」

ふだん手ぶらでうろうろしているから、本を借りようとは思わなかった。


「私のトートバッグでよろしければお貸ししますよ」と、

志賀さんからの思わぬ申し出。

「じゃ、志賀さんのオススメ借りる。何かある?」

パッと輝いた志賀さんの顔は、しばらく忘れない。

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