表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
としょかんの恋  作者: ひよ
1/3

1話

本の森に住む彼と出会ったのは、よく晴れた夏の日だった。


朝の海が見たいと女が言うから、バイクを走らせて、

いちばんちかい海までやってきた。

通学・通勤ラッシュが終わったのか、閑静な住宅地。

2車線余裕の太い道を隔てて、堤防から海が見える。

「きれいねぇ」

バイクを路駐して、堤防の上にのぼる。

朝焼けが残る海面は、きらきらと輝いていた。


きーんこーんかーんこーんと独特の授業開始ベルが鳴る。

「ねぇ、今日授業は大丈夫なの?」

「しらない」

年上の女は、時としてお節介な一面をアピールしてくる。

学校なんて、俺が行きたいときに行けばいい。

「聡って、昼間はいつも冷たいわ」

これ見よがしに、ためいきをつく。

「夜は、あんなに激しいのに」

ちらりと送られる視線に、徐々に気持ちが冷めていく。

「アンタも、昼と夜ではちがうよね。

この明るい光の中と夜の薄暗い部屋の中では、

だいぶ印象変わるよ」

めんどくさいなと思った瞬間、言葉が飛び出していた。


ぱぁん、と乾いた音。

「あんたってほんとサイテー!」

じぃんと振動の残る頬と、小気味よいヒールの音。

「追ってこないでよ!」と、ご丁寧な忠告を残して、

女は通りを駆け抜けていく。

いや、意味わかんないんだけど。


朝っぱらからバイクを走らせ、海へ来て、平手を喰らった。

ふぅとゆっくり息を吐いて、未だ赤く光る海面を見つめる。

あー、めんどくせ。ガシガシと頭をかきながら、

ゆっくりと堤防に座り込んだ。


すぐさまこの場を去る気にもならず、煙草に火をつけ、深く吸い込んだ。

じりじりと、太陽の熱が肌にくいこんでくるのが気持ちよかった。


「あの、よろしければ、うちに来ませんか?」

車の通りの少ない、しんとした道に、声がひびく。

え、何もしかして俺に話しかけてんの?

びっくりして後ろを振り向くと、大学生のような男が立っていた。

肩よりちょい短めの黒髪、眼鏡をかけた真面目そうなやつ。

こんな平日に何やってんだ。

「…アンタ誰」

「そこのひかり文庫で司書をしている、志賀楓です。

ここにいると、熱中症になりますよ」

だから、うちに来てください、と続ける。

「へんな人」

思ったままを口に出して、ひょいと堤防からおりた。

あからさまに学校サボってる、金髪不良風の俺に声をかけるなんて。

どう見てもお節介な人種だけど、何故か彼について行くことが自然に思えた。


バイクの留め金を外し、通りを横断する。

「暑くなかったですか?」

「べつに。てかアンタいつから見てたの?」

男はすこし困った顔で、「朝出勤したときから」と言った。

そう言えば、けっこう日が高く上っている。

何にも考えず、ただ堤防にいた俺の方がへんな人かと、

ちいさくわらった。


「ここです」

堤防から数十秒。ついたところは、ごくフツーの一軒家。

ベージュと赤のレンガの、洋風二階建て。

小さいが、駐輪場もついている。

ドアにかけられた葉っぱの形の木の札に、

ひかり文庫CLOSEと書かれている。

「へぇ、こんなとこに、としょかんあったんだ」

「地域文庫なので、あまり大きくないですけど」

男は、CLOSEとなっていた札をひっくり返し、

OPENにかえた。

「さぁ、どうぞ」

かららんと涼しい音とともに、ドアが開いた。


入った瞬間、紙とインクのかおりがした。

普通だと思っていた家は、内装がまったくちがった。

玄関・くつ箱、ここまでは同じ。

あとは本棚がひろがっていた。

左手に受付と書かれた小さな机。

その上には、ノートと鉛筆が転がっている。

やわらかく日が降り注ぎ、無人だったというのに、

ほのかにあたたかい部屋。

「ほんとに図書館だ」

そうつぶやき、中に足を踏み入れる。


「上着お預かりしますよ」と、男が手を差し出してくる。

……ブレザーなの丸バレだけど、まいっか。

「中、見ていいの?」

「もちろん、ご自由に。ひかり文庫は、だれも拒みません」

にっこりと微笑む男を見て、ほんとに不思議な人だなぁと思った。


配下図ですと渡された図面によると、1階が子ども・一般向け、2階が専門書らしい。

図面をたどりながら、ゆっくりと本棚の森へと進んでいく。

まずは右下、入り口と受付からスタート。

右上に子どもコーナー、左上に一般図書、

左下がオススメと季節の本。それから、2階に続く階段。

2階は、専門書と一括りにされているけど、

哲学・理学・芸術と幅が広い。

ごった煮みたいな図書館だなと思った。


一冊、適当に本を抜き、窓際に設置されたテーブルに座る。

ぱらりぱらりとめくるうち、下からにぎやかな声。

高い声からして、きっと子どもが来たのだろう。

先ほどの男の声も落ち着いた口調でなく、

朗らかに響いている。

なんかいつもと空気がちがうな、と思っていると、

ふうわりまぶたが下りてきた。


*****


「あの、閉館時刻なんですけど」

ん、なんか声が聞こえる。

いい気分なんだから、もうすこしほうっておいてよ。

はぁと溜息が一つ聞こえて、「閉館時刻ですよ」と

肩を揺さぶられた。

ゆっくりとまぶたを開けて、徐々に意識が戻ってくる。

「…もしかして俺、寝てた?」

とっぷり日が暮れてしまった外の様子を見て、

びっくりした。

「どうやら熟睡されてたようですよ」

子どもたちが、金髪のにーちゃんがいるって

騒いでたんですけどね、と笑う。

おかしいな、眠りは浅いほうなんだけど。


「勝手に寝ちゃってごめん」

「いえ、長居していただくほうがうれしいですよ。

気に入っていただけたようであれば、またお越しください」

「なら、また来る。よろしくね、志賀さん」

すっかり名前を忘れていたけれど、左胸に光る

ネームプレートを見て、最後に彼の名前を付け加えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ