ある雨の日の山
※舞台の山の気候、生態系に関しては謎である。
雨が降りました。朝からずっと降っていて一向に止む気配はありません。ずっとずっと、たくさん雨が降っています。
「……お腹空いた」
しとしとと降る雨を、くまのマックはお家から眺めていました。だけどお腹が空いてきたので、ご飯を食べに行こうと思ってお家を出ます。
お家を出ると、茶と白の耳に雨がぴちょんと当たります。その度にマックはぴくぴくと動かして、濡れたまま山を下っていきました。
とてとて歩くと、小川が流れています。こんなところに川はなかったはずです。マックは不思議に思って、小川に近づきました。マックはそーっと小川を覗きます。
「さかな、泳いで……ない?」
マックは首を傾げて、じっと小川を見つめていました。
なんにもないとわかったマックは、あたりを見渡します。鼻を動かしてみるも、なんにも感じませんでした。
「さかな、いないの?」
マックはもう一度小川を覗き込んで、さかなを探しました。
「なにしてるの。風邪、引くよ?」
夢中になって小川を見てしばらくしたら、声が聞こえ、マックのまわりに大きな影が出来上がります。マックが顔を上げると、しましま模様の長いしっぽがありました。
「ワオさん」
ワオキツネザルのワオさんです。とがった鼻の上の、オレンジ色の目がマックを見つめていました。ワオさんは手に大きな蓮の葉っぱを持って、マックに差し出しています。どうやら、マックとワオさんが雨に濡れないようにしているようです。
「なにしてるの?」
ワオさんはちょこんとマックの隣に座って、もう一度聞きます。
「うん。さかな食べたいの」
「さかな? この川にはいないんじゃない?」
「なんで?」
ワオさんは蓮の葉っぱからそっと空を見上げました。
「この川は雨でできたんだよ。僕、木の上からずっと見てたんだもの」
「雨……?」
「そう。だから、さかなはいないんじゃないかな」
マックはワオさんをまじまじと見つめます。するとワオさんはぶるりと体を震わせ、長いしっぽで、自分の体を抱えました。
「マック、ここは寒いから森の中に行こう? ご飯食べたいなら僕の家にたくさんあるよ」
「いいの? でもそれじゃあ、ワオさんに悪い……」
マックはさかなが食べたいです。今日の気分はそんな感じです。ワオさんはいつもリンゴやミカンといった果物ばかり食べています。もちろんマックは果物も大好きですが、今日はさかなが食べたいのです。
そしたらワオさんは、むーっと頬をふくらまします。
「さかなは山をずっと下りないと駄目だよ。雨の中、歩くの? 風邪引いちゃうよ」
「そうだけど……」
それでもさかなが食べたいのです。マックはワオさんの言うことを考えますが、どうしてもさかなが食べたいのです。
しとしとと降る雨を葉っぱの中から見上げて、マックは悩みました。
「なにか、悩み事でござるか」
ペタペタと足音が近づきます。マックとワオさんが一緒になって振り返ると、そこにはイワトビペンギンの、岩飛ペン左衛門がいました。かっこ良いトサカと、いつも木の棒を持っているペン左衛門。
ペン左衛門は蓮の葉っぱを持っていて、ぶるりと羽毛を震わせました。
マックは思いつきます。ペン左衛門ならさかなを持っているかもしれません。イワトビペンギンはさかなが大好きなのです。
「ペン左衛門さん、さかな持ってない?」
「さかな……。拙者は持ち合わせておらぬ……力になれなく申し訳ござらぬ」
ペン左衛門は難しい言葉を使うので、たまに言っていることがわかりません。ともかく今、ペン左衛門もさかなを持っていないようです。
マックは残念でしかたありませんでした。ワオさんは悲しそうに言います。
「モモちゃんなら空を飛べるけど、僕たちは無理だし。それにモモちゃん、雨嫌いだからぜったい飛んでくれないね」
確かにハクトウワシのモモちゃんなら空も飛べるし、あっという間にさかなを取ってきてくれるでしょう。しかしモモちゃんは雨の日は一日中、お家にいます。雨が大の苦手なのです。
ペン左衛門はくちばしを撫でます。
「さかなを所望か……。拙者も散歩をしていたが、山を下りていないゆえ川までいっていない」
「ありがとう、ペン左衛門さん。今日はいいよ」
「そうでござるか」
そう言うとペン左衛門さんは少し悲しそうな顔をします。
するとそのとき。
「お~~い! みんなで何してるの~?」
遠くから声が聞こえます。
マック、ワオさん、ペン左衛門が振り返ると、三匹に向かって走ってくる黒い影があります。だんだんと大きくなるそれは、ダックスフントのわんたろうでした。
わんたろうはバタバタと三匹に駆け寄り、丸い目を輝かします。わくわくとした様子で三匹に聞きました。
「みんなも散歩? 散歩いいよねー。外を走り回るのは楽しいっ! 雨の日の散歩も楽しいよね!」
元気よく言うわんたろうにワオさんは笑います。
「僕たちは散歩してないよ。……あっ、わんたろう、背中に持ってるのはなに?」
「んー? これー?」
ワオさんは指差します。わんたろうの背中には大きな笹の葉でくるまれた、ものがありました。聞かれるとわんたろうは背中を揺らして、口をきゅっと結びます。
「これ、さかなが入ってるんだ」
「えっ!!」
「ライオンのニャン子にもらったの。でもボクはさかな食べないから……」
みんなが驚く中、わんたろうはマックに笑って言いました。
「キミにあげようと思って、持ってきたんだ」
「ぼくに?」
ワオさんがマックを振り返り、喜びました。
「よかったね! さかな食べられるよ」
ペン左衛門もうんうんとうなずいて、喜んでくれます。
わんたろうはよくわからない様子でしたが、マックとワオさんの、蓮の葉っぱに入って、さかなを渡します。
「はい、これ。ニャン子が取ってたから美味しいはずだよ」
「ありがとう、わんたろう!」
「今度、ニャン子にお礼言わないとね」
ワオさんが笑うと、マックも笑顔がこぼれます。
「一件落着でござるな!」
ペン左衛門が片方の羽を広げて、大きな声で言いました。
マックにはどういう意味かわかりませんでしたが、ともかくマックは嬉しくて嬉しくてしかたありませんでした。
これでお昼はさかなです。
「ありがとう」
マックは、わんたろうに何度もお礼を言いました。
「ワオさんの家でお昼にしようっ!」
わんたろうが言うと、みんなも賛成してくれました。
楽しいおひるごはんはあっという間に過ぎて、とても楽しい時間でした。
山は雨が降っていました。
しとしととずっとずっと、降っていました。
おしまい。