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1-3章 家族愛、主従愛、お嬢様LOVE

4話目になります。

一体いつになったら主人公の恋愛話に行くのかと私自身も思っていますが、なぜか中々思うように動いてくれない子達で・・・。

なるべく早く主人公の恋愛話にいけるように頑張ります!

「アンナ=サンタマールさ~ん、お届けもので~す。伝票にサインくださ~い」

「はい、ここにサインすればよろしいですか?」

「は~い、ありがとうございます。では、こちらをお受け取りください」

「ありがとうございます、ご苦労様でした」

お嬢様宛の荷物を届けてくれた宅配便の男が玄関から去ったのを確認してから、私は家の扉を閉め部屋の奥にいるお嬢様を呼ぶ。

「お嬢様、お嬢様宛の荷物が届いています。私が先に開けて安全を確認してもよろしいでしょうか?」

「よろしいわけないでしょう?アズサ、私はもう貴族ではないのだからそんな安全確認は必要ないわ」

「いえ、そういうわけには参りません。お嬢様が貴族であろうとなかろうと私がお嬢様の使用人兼護衛であることに変わりはありませんから」

「そういうところ、アズサは本当に頑固者ね。いいわ、じゃあ荷物はアズサに開けてもらうわね、でも私も一緒に中身を確認するからね」

「それは危険です。お嬢様は離れて・・・」

「アズサ?」

お嬢様の笑顔を向けられた私の背に冷や汗が流れた。

(・・・これは逆らってはいけないと本能が告げています)

「承知致しました。では、まず宛先を確認したあと開封いたします」

「わかったわ。それで、どなたから届いたものなの?」

「・・・・・・」

「アズサ?」

「・・・・・・ナルシスト親父からです」

「え?」

「・・・・・・ドルトル様からの贈り物のようです」

「あら、ついこの間会ったばかりなのに・・・」

「開けてみますか?」

「ええ、是非」

ベリベリベリ

「中身は・・・薔薇の香水のようですね・・・カードもついています。『私の好きな香りに包まれた君を抱いて眠りたい』・・・頭沸いているのでしょうか、あのナルシスト親父」

「まあ・・これ王都の人気店のものね。こんな高価な香水、いただけないわ。どうしようかしら?」

「・・・カードに名前だけじゃなく住所も書いてあります」

「あら、じゃあそこにこのまま送り返してしまいましょう。今お返事のカードを書くから待っていてくれるかしら」

「わざわざカードを添えるのですか?」

私はお嬢様がメッセージカードを取り出し、机の前に座るのを見て眉を寄せた。

そんな私にお嬢様はペンを持ちながら苦笑した。

「わざわざ王都から送ってくださったんですもの。物自体は受け取らないにしてもその心だけは受け取ってお返ししないといけないでしょ?」

「それも、そうですね」

「ね?でも、どうせ送ってくださるなら、高級お肉とか高級果物とか高級且つ日持ちしないものにして頂ければ、こちらもそれを口実に頂くことができたのに・・・残念だわ」

「まったくですね。贈り物ひとつ満足にできないなんて・・・どうしようもない親父です」

私が箱の中に入っている香水を思いっきり睨みつける。

すると玄関で扉の開く音がし、私とお嬢様は扉の方に目を向けた。

「ただいま帰りました。なんです、お二人ともそんなところに立って」

そこには黒いスーツを纏ったロマンスグレーが立っていた。

白髪交じりの黒髪、瞳は髪の色と同じ深い黒、左目には金縁のモノクル、皺一つない黒いスーツはまるで背中に棒でも入っているかのような真っ直ぐな美しい立ち姿をより際立たせている。

 見た目40代だが、実年齢6○歳、サンタマール家執事長オードリューさんだ。

「おかえりなさい、オードリュー。早かったのね?」

「ええ、仕事が早く終わりましたので、そのまま帰ってまいりました」

「おかえりなさい、オードリューさん」

オードリューさんはそのままツカツカと私達の前まで歩いてくると私が持っている箱の中身を確認し、眉をひそめた。

「随分と高価な品ですね。これは一体どこから?」

オードリューさんの訝しむ目が私に向けられる。多方、お嬢様に贈ろうと私が無理して買ったか、もしくは誰かを脅して強奪したとでも考えているのだろう。失礼な・・・。

確かにお嬢様のためなら、どんな無理だろうと、脅しだろうと、強奪だろうとしてしまえますけれど、そんなことしたらお嬢様に一生口をきいてもらえなくなるではないですか。

それに、私がお嬢様に贈るものに薔薇の香水なんて安直なものを贈るわけがないでしょう、もっとお嬢様に似合う花の香水をお贈りしますよ。

「ナルシストで贈り物ひとつ満足にできないどうしようもない30代親父からです」

「・・・は?」

私が睨みつけながら答えると、怪訝な声が返ってきた。ついでに目まで怪訝そう。

「ですから、この間話したじゃありませんか。花畑の行き倒れ男、ドルトルですよ」

「なんですって?」

オードリューさんの怪訝そうな目つきが険しいものに変わり、箱の中身を睨みつけた。

お嬢様、サンタマール家の方に関することに常に敏感なのはオードリューさんの通常だ。

「ドルトルというのは、この間お嬢様に求婚したとかいう男ですね?その男からこれが送られてきたのですか?」

「ええ、流石親父と思われる文章のカードと一緒に」

「カード?」

私はオードリューさんに香水と一緒に送られてきたカードを見せた。

「随分と気障な文章ですね、確かにこのような文章、若者は書かないでしょうね」

もうすぐ50代のオードリューさんが呆れた目でカードを覗き込んでいる。

その様子に苦笑しながらお嬢様はオードリューさんに話しかけた。

「本人がいない前でそのようなこと言うものではないわ、オードリュー。それでね、こんな高価なもの受け取るわけにはいかないからお返事のカードを添えて送り返したいと思っているの」

「送り返す・・・ですか」

「ええ、どうしたの、オードリュー?」

香水を送り返すというお嬢様の言葉にオードリューさんは思案顔になり、そんな彼の様子に私とお嬢様は首を傾げた。

「このまま受け取っておくのは如何でしょうか?」

「「オードリュー(さん)?!」」

私とお嬢様の驚きの声が重なった。

それも当然だ、今までオードリューさんはお嬢様が男性から物をもらうのを一度として由としなかったのだ。それが今回に限って異なる答えを出したのだから私達の驚きも頷けるというものだ。

「いったいどうしたんですか?!オードリューさん?!落ちているものでも食べましたか?!」

「この私が落ちている物を食べるわけがないでしょう。なんです、貴女、私がそのようなことをするような男だと思っていたのですか?」

「い、いえ、そんなことは・・・」

冷たい眼差しで私を見るオードリューさんに肩を竦めた私の前にお嬢様が出る。

「そう思ってしまうくらい意外な一言だったということよ、オードリュー。私も意外だわ、貴方がそのようなことを言うなんて。何か考えがあるのかしら?」

「流石お嬢様です。そこの単細胞とは違いますね」

「うっ」

私はオードリューさんから目を逸らした。オードリューさんはそんなことを気にすることなく、言葉を続けた。

「この香水ですが、お嬢様はどの店からの物かわかっておられますか?」

「ええ、王都で人気がある化粧品店『フルースト』のものでしょう?」

「その通りですが、それでは足りないですね」

「え?」

「『フルースト』は王都に3店あります。この3店は客層が一つ一つ異なります。1店目は商人や下級貴族、2店目は中流階級の貴族、3店目は上流貴族以外お断り、この3店舗です。そしてこの区別をはっきりさせる為に3店舗それぞれに品を入れる袋、箱が異なります。」

「まあ、そうなの」

「はい、そして、この香水を入れている箱ですが、これは『フルースト』の上流貴族専用店の物です。つまり、そのドルトルという男は上流貴族かそれに近い者という可能性が高いわけです」

「・・・あらまあ」

「・・・・・・」

お嬢様の顔に驚きの様子は見られなかった。

きっとお嬢様の脳裏には私と同じようにあの光景が思い浮かんでいたのではないだろうか。

そう・・・お嬢様が投げつけた腕輪だ。

あれは上流貴族しか持てないような物だった・・・あの男が上流貴族に近い者であるのは可能性としては高い。

「・・・あまり驚いていないようですね?」

オードリューさんはお嬢様の腕輪ぶん投げ事件のことまでは知らない。私達が教えていないのだ。

何故なら、知られた場合・・・高価な腕輪を男めがけて投げつけたなど淑女として失格であり、そんなことをお嬢様にさせるなんて言語道断ということで私、お嬢様共々3時間お説教コースだからだ。

「まあ、そんなことはないわ。それで?彼が上流貴族だからどうだというの?」

オードリューさんの訝しげな眼差しにさらりと流したお嬢様が続きを促した。

「・・・まあ、いいでしょう。話を戻しますが、そのドルトルという男、上流貴族と繋がりがあるのなら・・・サンタマール家の復興に利用できるのではないですか?」

「「?!」」

私とお嬢様は唖然とオードリューさんを見つめた。

「な、なにを言っているのですか?!オードリューさん!!」

「絶句というのは、こういうのを言うのね。オードリュー、貴方は私にサンタマール家の復興の為に体を売れというのかしら?」

「いえ、まさか。そのようなことを私が申し上げるわけがございません」

オードリューさんはお嬢様の言葉に首を振った。

「では、どういうことかしら」

お嬢様の背中から怒りのオーラが滲み出ている。

オードリューさんはそんなお嬢様の様子をじっと見つめたあと、一度息を吐いた。

「・・・旦那様のことについて、お二人に黙っていたことがあります」

「「え?」」

「旦那様は確かにギャンブルがお好きでしたが、限度はきちんと弁えておられました」

その言葉にお嬢様の瞳が大きく開かれた。

オードリューさんはそんなお嬢様の姿をチラッと見たあと、話を続けた。

「つまり、旦那様がギャンブルで借金を作る。しかも、没落するほどなんてことは有り得ません。没落など貴族の恥、そのようなことあの旦那様がなさるはずがありません」

オードリューさんの声が淡々と室内に響き、それに合わせるようにお嬢様の体が震えているのが隣の私に伝わってくる。

「・・・確かにお父様は貴族の誇りを何よりも大事にされる方だったわ。だから私も疑問だった。でも・・・」

キッとお嬢様がオードリューさんを睨みつける。

「貴方が!その疑問を切り捨てたのでしょう?!調べても無駄と言ったのは貴方よ?!オードリュー!!」

そう・・・旦那様の借金に関してお嬢様は異を唱え、調べることを提案した。だが、それを止めたのはオードリューさんなのだ。


「・・・調べても無駄ですよ。そんなことに労力を費やすならこれからの生活をどうするかを考えることに費やしてください」


そう言ってお嬢様の提案を破棄した。勿論お嬢様は食い下がったが、オードリューさんは頑なに調べることに反対し続け、お嬢様も信頼しているオードリューさんが反対している以上旦那様の借金の件は事実なのだと受け止め、今まで過ごしてきたのだ。

「ええ、確かに申し上げました」

オードリューさんはお嬢様の桃色に揺らめく瞳を静かに見つめた。

「もし、もう一度あの時に戻っても私は同じことをいうでしょう。あの時と今では状況が違います」

オードリューさんのその言葉にお嬢様の眉がはねる。

「どういう・・・ことなの?」

「あの時調べても手に入る情報はそんなに多くはなかったでしょう。その上、お嬢様の身に何かあった可能性が高かったのです」

「え?」

お嬢様の瞳がまた大きく見開かれた。

私も内心驚きを隠せないでいた・・・表情には出ないのだけれども。

「サンタマール家の領地の管理は今、国に管理されているということになっていますが・・・私が調べたところ、実質の管理は王都の貴族がしているようです」

「王都の貴族がわざわざサンタマール家の領地を?」

「ええ。しかもその貴族・・・トッキシン草について調べているようです」

「トッキシン草?」

「なんですって・・・?!」

私の疑問の声とお嬢様の叫び声が重なった。


トッキシン草・・・シェドゥール国内でサンタマール家が所有していた山、レザン山にしか生えていない草で、主に腹痛に効く薬草として知られている。


「お嬢様、どうされたのですか?」

私はただの薬草になぜそこまで叫び声を上げるのか分からず、首を傾げてお嬢様の方に顔を向けた。

だが、お嬢様の様子を見て・・・ただ事ではないことを理解した。

お嬢様の全身は震え、顔と唇は真っ青、瞳も揺れ動いている。

「・・・お嬢様、大丈夫ですか?」

「・・・・・・」

お嬢様の背中にそっと手を添えると、肩がピクリと上下に動いたが、お嬢様は口を開こうとはしなかった。

私はオードリューさんの方に目を向けた。

「オードリューさん、トッキシン草には薬草以外に何か秘密があるのですか?!」

「私からは言えませんね」

「オードリューさん・・・?!」

私の声に怒りの色が表れたが、オードリューさんは眉一つ動かさずに言葉を続けた。

「これは、サンタマール家の直系と直系の方が知ることを許した者のみが知ることを許された事柄です。ちなみに、私は、旦那様から、直々に教えていただきました」

・・・『直々に』がやけに強調されていたのは、旦那様から教えて頂いたことについての自慢だろう。こんな時に自慢するんじゃねえですよ。

「つまり、私も知りたければお嬢様からお聞きするしかないということですね」

「その通りです。サンタマール家の方から教えて頂いた者は知ることは許されても他の者に教えるなど許されません」

オードリューさんの言葉にお嬢様に目を向ける。

体の震えも体の血の気も未だ治まっておらず、唇は噛み締められ今にも血が出てしまいそうだ。

・・・どう見ても話せる状態には見えない。

「わかりました。トッキシン草に関して知ることは諦めます。それよりもお嬢様のご様子が心配です。この話は一度止めて、お茶のお時間を設けたく思います」

確かにその草について知りたいという思いはあるが、私の優先順位は常にお嬢様なのだ。

トッキシン草だかトトキシン草だか知らないが、お嬢様の健康状態の方が大事に決まっている。

「え?」

私のその言葉にやっとお嬢様が声を発した。

・・・お嬢様の美しい桃色の瞳は揺れ動いている。

私は無表情と言われる顔の筋肉をこれでもかと動かして、微笑みを作った。

「今はとにかく一度落ち着いたほうがよろしいかと思います。トッキシン草の何がそこまでお嬢様の心を揺さぶっているのかは分かりかねますが、これでもお嬢様専属の護衛兼使用人、お嬢様が今の状態でこれ以上の話ができるかどうかの判断は間違えません」

「・・・つまり?」

お嬢様が小さな声で問いかけた。

「つまり、今のお嬢様の状態ではこれ以上の話はできないでしょう。一度落ち着くためにも、血の気が引いたお顔の色を戻すためにも温かいお茶を飲むことをお勧めします」

 お嬢様の瞳にぎこちなさすらないただの無表情の私が映る・・・なぜでしょう、筋肉をこれでもかと使って微笑んでいるはずなのに・・・

「ふふ、大丈夫よ、貴方の精一杯の微笑み、ちゃんとわかっているから」

そんな私の内心を読み取ったかのようにお嬢様はクスクスと笑った。

「そうね、すこし寒いからお茶を入れてくれるアズサ。そのお茶を飲みながら教えるわ、トッキシン草のこと」

「お嬢様?」

私はお嬢様にトッキシン草のことを話してほしくてお茶に誘ったわけではなく、ただお嬢様のお体を心配しているだけであることが伝わっていないのかとお嬢様に声を掛ける、が。

「わかっているわ、アズサが私の体を心配しているだけだってこと。トッキシン草のことだって私が話したくなければ、アズサは一生聞かないことを選ぶこともわかっているわ」

お嬢様は私の顔をのぞき込み、お嬢様の桃色の髪が揺れた。

「ただ私が話したいの。常に私のことを考え動いてくれる貴女に。貴女の入れたお茶を飲みながら」

お嬢様の瞳が弧を描く。

「だって、貴女のお茶はいつだった私を安心させてくれるもの。だからね、あれを飲みながら話したいの」

お嬢様の私への信頼がお嬢様の瞳や声から私に伝わってくる。


お嬢様は日々の中でこうやって私の忠誠に信頼を返してくださる。

いつだってその瞬間は私を幸福にしてくれるのだ。


「畏まりました、お嬢様。では、お茶の準備をしてまいります。あちらで少々お待ちください」

私は目に溜まる涙を隠すために素早くお嬢様から顔を背け、お茶の準備をするためにキッチンに向かった・・・お嬢様が心から安心できる、そんなお茶をお入れするために。


 少し時間を経て、お茶の時間が始まった。


瞼を伏せたお嬢様がカップの縁に唇をつけ、お茶を口に含むと喉を上下させる。

その数秒後にカップの縁から離した唇が弧を描き、言葉が紡がれる。

「美味しい」

いつだって何度だってこの瞬間は私を幸福にさせてくれる。

私の淹れたお茶をお嬢様が飲み、それを微笑みながら「美味しい」と仰ってくださる。

これを幸福と言わず何を幸福というのだろう。

「お嬢様が私の淹れたお茶を美味しそうに飲んでくださるなんて・・・なんて幸せなのでしょうか。それにしてもお嬢様愛らしいです、頬の赤みも戻って、まるでリンゴのようで食べてしまいたいです」

私は優雅にお茶を飲まれているお嬢様をうっとりと見つめていた。

「ああ・・・天使ですかお嬢様、いえ天使なんぞよりもっと美しく愛らしいですね、お嬢様の愛らしさや美しさを他のもので表現など出来る訳がありませんでした、だってお嬢様が一番愛らしく美しいのですから」

「頭の声が漏れていますよ、お嬢様厨。表情は無表情を保っているのですから、その頭の中ダダ漏れな独り言をいい加減なんとかしなさい」

「・・・申し訳ありません。しかし、これは不可抗力というものです。あんな愛らしいお嬢様を見て心震えずにいるなんて私には無理です」

「・・・なら声に出さない努力をなさい」

「この想いを口にしないなんてことをしたら私はお嬢様への愛で爆発してしまいます」

「一度爆死してみたらどうです?」

オードリューさんの冷たい一言が私に降り注ぐが、私は気にしない。

なぜなら・・・オードリューさんも同じ穴の狢なのだ、彼の場合はお嬢様ではなく、旦那様で、旦那様について語らせようものなら3時間は拘束されることを覚悟しないといけない。

前に好奇心でオードリューさんに旦那様について聞いた私がいうのだから間違いない。


「二人とも何を小声で話しているの?」

「特に大したことではございませんよ、お嬢様。それよりもおかわりは如何でしょうか?」

「・・・そうね、頂くわ」

お茶を飲んでリラックスしていたお嬢様が私達のやりとりに気がつき声をかける。

オードリューさんはそれに対して先程のやり取りを掘り起こさせないように、笑顔でお茶のポットを持ち、お嬢様の意識がお茶に戻るように促した。

お嬢様は少々私達の話を気になさっていたようだが、どう問い詰めてもオードリューさんは梃子でも話さないだろうことを感じ取ったのだろう、お茶のカップを手にとった。

・・・確かに私のお嬢様厨について話していました、なんて本人を前に言いづらいですしね。


「それでね、アズサ。トッキシン草のことなんだけれど、貴方が考えているようにあの草には秘密があるの。この秘密はサンタマール家直系しか知らないわ。本当は直系以外に教えることは禁忌なのだけど・・・」

チラリとお嬢様はオードリューさんを見た。

「まあ、オードリューだものね」

「恐れ入ります」

仕方なさそうに苦笑するお嬢様とそれに恭しく礼を返すオードリューさんに私は溜息を吐いた。


まあ、オードリューだものね


お嬢様がこのように口になさるには理由がある。

オードリューさんはお嬢様のお祖父さま、大旦那様の頃からサンタマール家に使えており、亡き旦那様にとっては第二の父という立場にあった。故に旦那様は何かを決定するときなど必ずオードリューさんに意見を聞いており、傍から見るとどちらが旦那様かわからないくらいだったのだ。

「お父様が一族のみの秘密とはいえ、オードリューに隠し通せるとは思えないわ。むしろ、秘密に関して相談しそうね」

「流石はお嬢様。ご明察です」

「ふふ、やっぱり。それで、可愛い息子の相談に嬉々として乗ってあげたのでしょう?親バカオードリュー?」

「これは・・・参りましたね」

お嬢様の鈴の音のような楽しそうなお声にオードリューさんは苦笑を返した。

お嬢様のお声も硬いものからいつもの柔らかいもの戻りつつあることに私は安堵の息を漏らした。

(それにしても、なるほど、オードリューさんの旦那様厨は親バカ的なものだったのですね。常常の抱いていた疑問「オードリューさんの旦那様厨はどこから来ているのか」が解けてすっきりしました)

私は頭の中で納得の頷きを2、3度繰り返した。

「ああ、ごめんなさい、アズサ。話がずれてしまったわ」

「いえ、お気になさらないでください、私はお嬢様が待てと仰るのなら私は何時までも待ちます」

お嬢様は話がずれたことに気がついて私に済まなそうに誤ったが、私は首を振る。

私にとってはお嬢様が最優先事項であり、絶対なのだ。

お嬢様が待てと言うのならいくらでも待つし、聞くなと言うのなら生涯聞かない。

先程はお嬢様の常にない状態にオードリューさんに詰め寄って、トッキシン草のこと聞いてしまったが、お嬢様が知るなと言うのなら私はトッキシン草のことは知らなくてもいいのだ。

 私の考えていることに気がついたのだろう、お嬢様は「仕方ないわね」という顔をして苦笑した。お嬢様は私がお嬢様を絶対とすることに必ずこのような顔をする。まるで聞き分けのない子どもを相手にする母親の顔だ。

「貴女の私至上主義はいつ崩れるのかしらね?」

「いつまでも崩れません。崩れるわけがありません」

「殿方に嫁ぐ時かしらね?」

「お嬢様と離れなければならないのなら、私は嫁ぎません」

「恋をしたらその人と添い遂げたくなるんじゃないかしら」

「なら私は恋なんかしません」

「アズサ・・・」

お嬢様の困った顔を自分がさせていると思うと心苦しいけれど、これだけはどうしても譲れなかった。

「また話がずれておりますよ、お嬢様」

お嬢様が更に言葉を続けようと口を開いた瞬間にオードリューさんの言葉がかぶさった。

それに私もお嬢様もハッとして、オードリューさんの方を見た。

オードリューさんは呆れたことを隠しもしない顔で私達を見ていた。

「そのことで言い合うのこれで何回目になりますかね?何時間言い合ってもどうせ平行線で終わることをそろそろ学習しては如何です?まあ、それでも言い合いたいならどうぞご自由に・・・と言いたいところですが、今はトッキシン草のことを話すはずでは?」

・・・オードリューさんの目が「さっさと本題に移れ」と語っていた。

「そうね、また話がずれてしまったわ、ごめんなさいアズサ」

「いえ」

「本当に話を戻すわね。トッキシン草の秘密について・・・」

「お待ちください。先程お嬢様はサンタマール家直系の方のみ受け継がれる秘密だと仰られました。オードリューさんは例外としても私が聞いてよろしいのですか?」

私の制止にお嬢様は笑みを浮かべて頷いた。

「お父様がオードリューに秘密を話したのは、オードリューに隠し事できないというのもあったのだろうけれど、お父様にとってオードリューが家族だからだと思うの。私も同じ」

お嬢様の瞳が優しく弧を描く。

私はそれを見つめながら、心臓がドクドクと破裂してしまうのではないかというくらい脈打つのを感じていた。

「アズサ、貴女は私にとって家族同然、いえ、もう家族だわ。サンタマール家直系の私の家族なのだから、貴女にもこの秘密を知る権利があるでしょう?そう思わない?」

「お、じょう、さま・・・」

お嬢様の顔が何故か歪んで見える・・・。

「あらあらあら、アズサったらどうしてこんなことで泣くのかしら」

ふふっとお嬢様の笑い声が聞こえたかと思った瞬間にお嬢様の細くて白い指先が私の目元に触れた。

「お、お嬢様、自分で拭います!」

「あら、家族の涙を拭うのは当然のことよ」

「いけません、私のような者を家族などと仰っては」

「あら、これは譲れないわ。私はね、貴方が大好きなのよ、アズサ」

お嬢様は片方の手で私の涙を拭い、もう片方の手を私の頬に添え、優しく微笑みかけた。

「いい機会だから伝えておくわね。私はね、アズサ・・・貴女との関係が主従関係であるのが嫌だなって思っていたの」

「え」

それは初めて耳にしたことだった。

お嬢様は私がお嬢様にお仕えするのが嫌だったのか・・・お嬢様の使用人兼護衛は私では力量不足だったのか・・・。

「あ、勘違いしているでしょう?貴女の力量不足とかそういうことではないのよ。貴女の力量はあのオードリューが認めたのよ、力量不足なわけがないわ。ねえ、オードリュー」

「認めるとは言っても、及第点というところですけどね」

お嬢様がオードリューさんに顔を向けるとオードリューさんはモノクルの縁を触りながら答えた。

「オードリュー・・・本当に貴方は素直じゃないわね」

「私は正直に申し上げています」

「もういいわ。ね、アズサ貴女が力量不足でないことはわかったでしょう?」

私の頬に添えられたお嬢様の手がそっと頬を撫ぜる。

「は、はい・・・でも、それではどうして・・・」

「言ったでしょう?私は貴女が大好きなの。だからね、上下関係がある主従関係であるのが嫌なの・・・貴女と隣り合って生きたいの」

「お、じょう・・・さま」

(どうしよう・・・涙が溢れて止まらない・・・)

「ふふっ、今日のアズサは泣き虫ね」

お嬢様は白いハンカチで優しく私の涙を拭う。

「・・・隣り合うなら友達という形でもいいのかなと思ったのだけれど、友達ってつまり他人でしょう?私にとってのアズサは他人じゃないもの」

お嬢様が私をそっと抱きしめる。お嬢様はまるで春の日向のように暖かった。

「お・・じょう・・・さま!!」

「だからね、やっぱり私にとって貴女は家族なの」

お嬢様はそっと私から離れると私の顔を覗き込む・・・お嬢様の瞳が優しさとは別に不安の色に揺れていた。

「アズサは私と家族になるのは嫌?」

「!?」

ブンブンブンブンッ

私は取れてしまいそうなくらい首を左右に振った。

お嬢様から安堵のため息が漏れる・・・その様子に今までの話が嘘でも冗談でもないのだと、また心が震えた。

「よかった、嫌だと言われたら泣いてしまっていたわ」

「わ、わだじが・・・い、嫌がる・・・ばず・・・ありまぜん」

「そう、嬉しいわ」

声が掠れてうまく言えなかったけれど、お嬢様には聞こえたようで、嬉しそうにまた私を抱きしめた。私も、恥ずかしかったし、恐れ多かったがそっとお嬢様の背中に腕を回した。

「美しい主従愛か家族愛か存じ上げませんが、どちらでもいいので、そろそろトッキシン草の話をしてくださいませんか?お嬢様」

「「!!」」

お嬢様と私はハッとしてオードリューさんを振り返った。

そこには・・・どす黒いオーラを背後に金縁のモノクルを拭きながら微笑むロマンスグレーが立っていた。

「あ、あらあらあら、ごめんなさい、オードリュー。私ったらまた脱線しちゃったわね」

「脱線というか、完全にトッキシン草のこと忘れておられましたね、お嬢様」

「そ、そんなことはないわ、オードリュー」

「本当でしょうか?」

「も、申し訳ありませんでした、オードリューさん。元はといえば私の発言が原因です」

 疑いの眼差しをお嬢様から外さないオードリューさんに私は謝罪すると、お嬢様に向けられていた眼差しが私に向けられた。

「貴女も忘れていたのでしょう?」

「・・・申し訳ありません」

お嬢様の言葉に歓喜し、トッキシン草のことを忘れていたことは事実のため、私はオードリューさんに頭を下げた。すると、頭の上からため息がこぼれる音がした。

「はあ・・・まあ、仕方ありませんね。生涯の主人と決めた方にあそこまで言われては」

ポンッ

その言葉と同時に私の頭に暖かく豆だらけのゴツゴツした手が頭を撫でた。

オードリューさんは剣の使い手で、どちらの手も肉刺だらけなのだ。

「よかったですね」

「・・・はい」

上から降ってくる優しい言葉にまた少し泣きそうになった。

「あらあらあら、仲良しさんね」

「何を仰っているのですか」

「ふふっ、照れなくてもいいのに・・・」

お嬢様の楽しげな声とオードリューさんの呆れたような声が交差する。

「照れてなどおりません。いい加減トッキシン草の話をなさってください」

「そうね、アズサ・・・聞いてくれる?」

お嬢様が桃色の髪を揺らしながら微笑んで私に尋ねた。

私はそれに頬の筋肉を引っ張り、たとえ無駄な努力だとしても、できる限り微笑んで答えた。

「・・・はい、お嬢様」


決してアンナ×アズサではありません。

この二人はあくまで家族愛、主従愛、お嬢様愛(笑)です。

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