1-2章 いきなり求婚とかふざけているんですか?
序章を含め3話目になります。
3回目の投稿です。
たった一人の方でもこのお話に興味を持って、この3話目を読んでいただけたら嬉しいです。
そして、ドルトルと名乗った男と出会ったあの日から私達の日常が一変した。
あの花畑での一件から二日後、約束通り、私達はあの花畑でドルトルと再会した。
再会したドルトルはまず出会い頭にお嬢様に指輪を差し出し・・・そのまま求婚したのだ。
「アンナ、私の妻になってくれ」
「「・・・・・・」」
私とお嬢様は男を静かに見つめた。その時間一秒。
「お断りします」
満面の笑顔だった。
「「「・・・・・・」」」
お嬢様の一言でまたその場が沈黙に包まれる。その間約二秒。
求婚して断られるまで計三秒、瞬く間の出来事に私の頭も混乱で状況に追いつけない。
「なぜだ?!」
三人の沈黙の中で最初に声を発したのはドルトルだった。
「それは寧ろ私の台詞ですわ、ドルトルさん。なぜ二日前に自分に腕輪を投げつけた女に求婚するのでしょう?」
お嬢様はまるで求婚などされていないかのような落ち着いた笑みで首を傾げた。
「私自身も気づいてなかった間違いを指摘し、諭してくれたところとその美しい微笑みに心奪われた。それに腕輪を投げつたことなど些細なことだ、思えば私にあのようなことをする女性はいなかった。寧ろそこも興味深いと思っている」
ドルトルは真摯な瞳でお嬢様を見つめた。
お嬢様はその様子に目を見開いて男を見つめる。
・・・きっとお嬢様は腕輪を投げつけられた仕返しに求婚したとでも思っていたのだろう。
「まあ、ドルトルさん・・・私に腕輪を投げつけれてМに目覚めてしまったのですか?」
心配そうな顔をしてドルトルに話しかける。
いや、それは違うと思います。お嬢様・・・。
「な、なぜそうなるんだ?!」
ドルトルが驚愕の顔でお嬢様に詰め寄る。
花畑の真ん中で30前後の男が10代の女性に指輪を差し出しながら驚愕の顔でその女性に詰め寄る姿はとてもシュールだ。
「なぜって腕輪を投げつけられて私に興味をもたれたんですよね?」
「そんなことは一言も言っていない!」
「あら、そうでしたか?」
ドルトルの必死さに比べて、お嬢様はとても落ち着いており、これではどちらが年上かわからない。
「まあ、ドルトルさんがMに目覚めてしまったことはこの際置いておいて・・・」
「だから、目覚めていない!」
「二日前に初めて会って今日で会うのは二回目、しかも腕輪を投げつけた相手で、素性もなにもわからない。唯一知っているお名前は偽名・・・これで結婚をお受けしろという方が無茶だと思いますけれど?」
・・・お嬢様はにこやかに笑っているが、目が笑っていない。
「まあ、この指輪も前の腕輪同様相当の値打ちものだというのはわかりますから、というか、この指輪あの腕輪なんか目に入らないくらい高価なものですよね?こんなところに持ってきてよろしいんですか?あら、話がずれてしまいましたわ、戻しましょう。これに釣られて結婚する女性もいなくもないのでしょうけれど・・・私はそういうタイプではありませんので、諦めてください」
お嬢様の笑みが深まる・・・背後に怒りのオーラを漂わせながら。
ドルトルもお嬢様の怒気に気がついたのだろう、一歩後ろに体を引いている。
「というか、今の行動から推察するに私はそういうタイプに見られているということでしょうか?とてつもなく心外ですわ」
「ち、違う!?そんなことは思っていない!」
「まあ、指摘された男性の方は皆さんそう仰るんでしょうね・・・」
「本当に思っていない!!!!」
腹のそこから出されただろうドルトルの声が花畑に響き渡る。
お嬢様はそこまで大きな声で否定されるとは思わなかったのだろう、唖然とドルトルを見ている。
ドルトルはそんなお嬢様の状態に気がついていないのだろう、そのまま一歩踏み出しお嬢様に迫りながら言葉を続ける。
「本当にそんなことは思っていない!この指輪は私の母から受け継いだものだ!私の妻になるものに送るようにと。だから、君に贈ろうと思っただけで・・・君が考えているようなことは一切考えていない。しかし、考えれば確かに唐突だし、君がそう思うのも理解できる・・・」
迫っていたと思ったら今度はいきなり落ち込んでいる。シュンとした姿はご主人様に叱られた大型犬を彷彿とさせる。お嬢様もそうなのだろう、ちょっと動揺しているようだ。
「あの、先程は失礼なことを申しました。申し訳ありません。でも、その、本当に突然でしたので・・・」
「ああ、君の言う通りだ。だから謝らないでくれ」
「いえ、そんな落ち込まないでくださいませ。あの、先程のことですが、どうして私に求婚をなさったのですか?おからかいになったわけではないのですよね?」
「?先程言ったと思うが?」
「え?」
「心奪われた・・・と、君に恋に落ちた。君に私の隣に立ってほしいと、他の者に渡したくないと思ったから求婚したんだ。本来、求婚とはそういうものだろう?」
「「?!」」
「で、でも私達は二日前に出会ったばかりですよ?!」
「それが何か問題があるのか?10年一緒にいて恋に落ちない男女だっているし、一目惚れのように一目見て恋することもある。言葉を数度交わすことで恋に落ちることだってあるだろう?」
「そ、それはそうですけれども・・・」
「なら、そこに問題はないな。君は私が嫌いか?」
「いえ、嫌いになるほど存じ上げませんし・・・」
「ならこれから知ってくれればいい、確かに君の言う通り、求婚したのは突然だったと思う。だが私の気持ちは本物だ。だから、君には私を知る機会を作って欲しい。私ももっと君を知りたいと思う。どうだろうか?」
「そ、その・・・」
「迷っているのか?ああ、そうだ、折角だし、これから食事でもどうだろうか?そこで今の返事を考えればいい」
「え?えーっと・・・」
ドルトルの真摯な瞳と言葉にお嬢様はタジタジになっており、目が泳ぎ出す。その目が私の目と合う。・・・お嬢様の目の内には「SOS」のサインが出ていた。
今までの展開についていけずに半ば呆然と成り行きを見ていた私だったが、お嬢様のその目で私の意識を覚醒させ、お嬢様をかばうようにドルトルの前に進み出る。
「そこまでにしてください。ミスタードルトル」
ドルトルは眉間にしわを寄せてお嬢様を庇う私を睨みつける。
きっと私を彼の恋路の邪魔ものだと認識しているのだろう。その認識は全く間違っていない。
「お嬢様が困惑しています。これ以上近づかないでください」
「どうして君にそんなことを言われなくてはいけないんだ?」
「私がお嬢様の使用人兼護衛だからです、護衛としてお嬢様の害になりそうなものを近づけるわけにはいきません」
「が、害?!私がか?!」
「どうみても害でしょう。会って二回目で求婚して自分を知れなんて口説く姑息なおじさんなんて」
「お、おじさん?!わたしはまだ30代だぞ?!」
「私達から見れば30代なんておじさんです」
「う、お、おじさんは仕方ないかもしれないが、姑息とはなんだ・・・」
「ああ、だってそうでしょう?最初から求婚を使ってお嬢様との繋がりを深めようと画策なさっていたのですから」
「?!」
「画策?アズサ、どういうことなの?」
お嬢様が驚いた顔で私を見つめてくる。
(驚いた顔のお嬢様も愛らしいです、お嬢様!)
「アズサ?」
お嬢様のお顔が困惑したものに変わったことで、お嬢様に見蕩れ悶えていた私の意識も戻る。
「申し訳ありません、お嬢様。お嬢様の愛らしさに少々見蕩れておりました。先程のご質問ですが、お嬢様、この男は最初から求婚がうまくいくとは思っていなかったと思われます」
「え?」
「・・・」
額に冷汗が流れているドルトルが何か言おうとしたがそれを目で制し、続きを口にする。
「求婚はきっときっかけにすぎません。受けてもらえればめっけ物程度に考えていたのでしょう。この男の本当の目的はお嬢様とお近づきになることです」
「ええ?」
「つまり、お嬢様と仲良くなるきっかけに求婚したということですね。現に今も食事に誘っていましたし。お嬢様に目をつけたことは賞賛しますが、10代の女性を結婚をダシに、しかも親から受け継いだ指輪まで使って口説くとは・・・30代の親父はやることが姑息で嫌ですね」
「・・・」
ドルトルは顔を俯かせて、お嬢様は私の言葉を完全には信じられないのだろう、半信半疑の顔でドルトルを見ている。
「あ、あの、今のお話は本当でしょうか?ドルトルさん」
「・・・・・・」
「あのドルトルさん?」
「・・・・・・・・・本当だ」
ドルトルは小さな声で私の言葉を認めた。
お嬢様の顔が半信半疑のものから驚きのものへと変化する。
「まあ・・・」
「初めてなんだ・・・」
「「初めて?」」
私とお嬢様の声が重なった。
「今まで、自分から親しくなりたいと思った女性なんていなかった。彼女が初めてなんだ」
「「・・・・・・」」
この男は自分が言っている意味がわかっているのだろうか・・・?
『彼女が初めてなんだ』
自分からお嬢様が初恋の相手ですと告白しているようなものである。
30代の男が10代の女性を口説く為に使用するには不適切な言葉だ。
30代の男の初恋相手なんて重すぎる・・・。
私はそれを口にしようとした・・・が
「私が声をかけなくても女の方から寄ってきたし、死んだ妻の時は政略結婚だったしな・・・」
「「・・・・・・」」
ヒュッ
「ぐふぅ?!」
私は無言で男の腹を蹴り飛ばした・・・ドルトルは受身を取り損ねて花畑に伏している。
「な、なにをする?!」
「黙りなさい、害虫。お嬢様を重い初恋の相手にするのかと思えば、ただの女たらしの上にバツイチかですかこの野郎。お嬢様に近づんじゃねえですよ、」
「あ・・・」
男は自分が口に出していたことに気がついてなかったらしい。顔を青白くさせて私とお嬢様を見上げている。
「ま、待ってくれ!誤解だ!た、確かに私は女性に困ったことはない!でも仕方ないだろう!私は金も地位も持っているし、その上イケメンだ!これでモテない方がおかしい!!」
「「・・・・・・」」
何を大声で言っているのだろう、このナルシスト親父は・・・。
私はドルトルのあまりの言い分に唖然としてしまった。
ドルトルの言葉はまだ続いた。
「今は亡くなってしまったが、妻がいたことも事実だ。だが、私は妻にも他の寄ってくる女達にも感じたことのなかった気持ちをアンナに感じているのもまた事実なんだ・・・だから、彼女に求婚した!確かに求婚という大きなインパクトを与えてから親しくなろうと考えたが、求婚した気持ちに嘘はない!第一考えてもみろ、只の金も地位もあるイケメン30代がわざわざこんな田舎に住む女性、しかも10代に求婚する理由なんて本気以外の何ものでもないだろう!!私だって傍から見たらロリコンと言われるだろうことくらいわかっているんだ!!」
感情が高ぶっているのだろう、ドルトルの顔は語っている間に赤くなっていく。
「・・・・・・・・・仮にも、求婚している女性の住んでる街に対してこんな田舎扱いをするのはどうかと思いますけれど?」
「・・・あ」
ドルトルの顔が赤から青へとみるみると変わっていく。
30代男のその情けない変わりようはお嬢様の可愛らしい笑いを誘った。
「ふ、ふふふ」
「お嬢様・・・」
「だ、だって、アズサ。すごい自信満々で自分はモテて当然って言ったり、この街を田舎って言って青ざめたり、求婚した女性の前でバツイチをばらしてしまったり、なんだか忙しくて面白い人なんだもの、私はこの方好きだわ」
「え?!」
「お嬢様?!」
ドルトルの嬉しそうな声と私の驚愕の声がかなった、が・・・
「親戚のおじさんに欲しいタイプの方よね」
「し、親戚のおじさん・・・」
続いて発せられた言葉に私は安堵し、ドルトルは肩を落とした。
お嬢様は私達の様子など気づいていないのか、肩を落としているドルトルに近づき声を掛けた。
「あの、ドルトルさん」
「ん?」
「お嬢様?」
私は嫌な予感がしていた・・・
お嬢様は女性らしい柔和な印象を与える女性だが、その見た目に反して実は好戦的な一面(これは腕輪を投げた場面からもわかってもらえるだろう)や、面白いものを好むところがある。
この面白いもの好きは厄介な部分なのだ・・・自分が面白いと思ったものは周りがなんと言おうと関わることをやめない。
そして、お嬢様は今、キラキラと目を輝かせてドルトルを見ている。
目を輝かせているお嬢様は本当に可愛らしい!!可愛らしい・・・でも!!
この目はお嬢様が面白いものを見つけた時の目だ!!
最近この目をしたのは花畑に行く途中に見つけた○キブリだっただろうか・・・、あの時も私がなんと言っても「カブトムシに似ている」と言ってゴキ○リから離れようとしないし、あまつさえ持って帰りたいとか言い出すしで・・・とても困ってしまったものだ。
そう、その目を今お嬢様はドルトルに向けている・・・決して女性が男性に向けるような目ではないのだが、ドルトルは気がついていないのだろう、お嬢様のキラキラの瞳に頬を赤く染めている。
30代の親父が簡単に頬を赤く染めないでほしい・・・。
「ドルトルさん」
「な、なんだろうアンナ?」
「私、ドルトルさんの求婚をお受けすることはできませんが、お互いを知り合おうというお話は賛成いたします」
「ほ、本当か?!」
「はい、ドルトルさんの言動はとても興味深いですから、近くで拝見したいです」
「私のことを知りたいということだな!嬉しいぞ!アンナ」
「では、私達はこれから友人同士ということで・・・よろしくお願い致します」
「ああ!こちらこそよろしく頼む」
「・・・・・・」
私は二人の合っているようですれ違っている会話を無言で聞いていた。
そして、ドルトルに憐憫の目を向けた。
ドルトルはお嬢様の言葉を男女のお近づきという物差しで考えているようだが、違う。
今のお嬢様の思考はきっと研究者のそれに近い。つまり、面白いもの(ドルトル)を近くで観察し、自分の好奇心や探究心を満たしたい・・・といったところだろう。まるでドルトルを男と考えていないはずだ。
「はあ・・・」
私は一つ溜息を吐いた。
どうせ、こうなったお嬢様は止められない。なら、30代ナルシスト親父がお嬢様に手を出したりしないように見守っていくしかない・・・。
私は肩をすくめながら、お嬢様とドルトルの不可思議な交友を見守る覚悟を決めたのだった。
これが今から2年前の出来事・・・このまま時が進まずにいればよかったのにと今でも思う。
でも、時は流れてしまった。
そう、あれは今から1年前の出来事・・・
ドルトルとお嬢様が出会った2年前から1年、様々なことがあった。
ドルトルは私達が身なりから察した通り、王都でかなりの地位の人物らしく、ここへは元々仕事の合間の避暑のつもりで来ていたらしい。
そのため、彼はお嬢様と友人同士になった後、すぐに王都にトンボ帰りをした・・・が、流石は10代に結婚を申し込むナルシスト30代親父、そこで彼は終わらなかったのだ・・・。