1-1章 お嬢様と彼奴との出会い・・・
「私は国王様のお嫁様(仮)!?」2話目を投稿いたします。
既に私の思っていた道から外れているようないないような・・・
頑張って更新していきますのでよろしくお願いします。
あれは2年前の春・・・あの日も私とお嬢様はサルラの花を摘みにお屋敷近くの花畑へ足を運んでいた。
「今年もサルラの花は綺麗に咲いているかしら?」
「きっと綺麗に咲いていますよ。沢山摘んで美味しいジャムにしましょう。沢山売れば生活が潤います」
春の優しい風が前を歩くお嬢様の長く美しい桃色の髪を靡かせ、時折そこに風に身を任せた花弁が交じり私の目を楽しませた。私にとって至福のひとときだ。
「あら、ダメよ?沢山摘んでしまっては他のサルラの花を摘む方達が困ってしまうし、来年のサルラの花が減ってしまうかもしれないでしょう?だから、沢山じゃなくて必要な分だけよ。わかった?アズサ」
お嬢様が振り返って長く美しい桃色の髪が揺れた。途端に髪と同じ桃色の瞳が私を優しく見つめる。
アンナ=サンタマール様、地方貴族サンタマール家ご息女。
陶器のように滑らかな白い肌、薔薇色の唇、頬紅いらずの愛らしい頬、そしてサンタマール家代々の美しい桃色の髪と瞳を持つ、美しい方。
私の主人であり、最も大切な方。
私の大切な大切なお嬢様。
「ね、アズサ、わかった?」
フフッと楽しそうに微笑む姿はきっと女神だって嫉妬するのではないかと本気で思う。
だが、お嬢様がおっしゃっていることに私は納得していなかった。
「しかしお嬢様、アパートの更新料も近いですし、お嬢様のジャムは人気があります。ここは沢山売って生活費に回しませんと」
「ダメよ。私達が作るジャムが美味しいのはきっと神様が困っている私達のために少しだけお恵みをくださっているのよ。それなのに欲張ってはきっとジャムは美味しくなくなってしまうわ。何事も適量というものがあるのよ。それに私達はジャムだけを売っているわけではないでしょう?ドレスの直しや小物づくり、パン作りだってしてお金を稼いでいるわ。そちらを頑張りましょう」
「しかし・・・」
渋る私の頬をお嬢様の白く細い指が撫でた。
「神様が与えられた命を必要以上に摘み取るのはよくないわ。貴方に苦労をかけてしまっていているのはわかっているのだけれど・・・ごめんなさい、アズサ」
お嬢様の桃色の瞳に悲しみや苦しみの色が宿る。
「そんな!お嬢様と過ごせるこの日々を苦労などと思ったことはありません!思うことなど有り得ません!お嬢様とこうやって生きていけることを日々感謝しているというのに!!」
「アズサ・・・」
お嬢様の瞳に映った悲しみの色が薄まり、桃色の輝きが戻ってきたことに安堵しながら私は続けた。
「確かに日々の暮らしは昔のように優雅でも裕福ではありません。旦那様が生きていらした頃に雇っていた使用人も今は私と執事長のオードリューさんだけです。ですが、私は裕福なお屋敷の使用人がしたいわけではありません。明日への光さえ見えず彷徨うだけだった私を拾い、光を与えてくださったアンナ様のお側にいたいのです」
アンナ様のお家、サンタマール家はシェドゥール国ユーラン地方の地方貴族の一つであり、アンナ様も昔はそれなりに裕福な貴族らしい暮らしをされていた。
まあ、中央貴族のように社交界などに行くことはなかったが、少なくともお金に困ることはなかったのだ。
しかし、アンナ様のお父様であった旦那様・・・ジジット=サンタマール様が領内の視察の途中に事故に遭い、亡くなられたことでそれが一変してしまった。
旦那様が亡くなられた後、サンタマール家に旦那様にお金を貸していたという者たちが殺到したのだ・・・どうも旦那様は密かにギャンブルにハマっていたらしく借金は相当のものだった。
そのため、サンタマール家にある家財や代々受け継がれてきたお屋敷まで全てお金に変えて借金の返済に当てたのだ。その為、アンナ様は旦那様の形見すら持っておられない。
私は、まだ旦那様が生きておられた頃、その日食べるものもままならずに店からパンを盗もうとしたところを店の店主に捕まり半殺しにされかけ、それを偶然近くを通りかかったお嬢様に助けていただき、そのまま使用人として雇って頂いた。
あれはお嬢様とお嬢様の自室でお話をさせていただいたときのこと、私はお嬢様になぜ自分を助けたのか聞いたことがある。
「サンタマール家の領地で起こったことは私が負うべき責だわ」
お嬢様は私の目を真っ直ぐ見つめたまま答えて下さった。
「勿論全てを背負うことはできないってわかってもいるの・・・領地みんなを幸せにしたいと願っていてもそれが夢物語だともわかってる・・・でもね、やっぱりもっと住みやすい領地であれば、暮らしやすい領地であればっていつも考えてしまう」
お嬢様は側に咲いている赤い花を優しくそっと撫でた。
その花は領民がお嬢様にと献上したもののひとつだ。
「それを実現するための努力もしているけど、私の力なんて微々たるもので領民みんなを幸せにすることはできない。それがいつもじれったくて、悔しくて、領民に対する罪悪感でいっぱい・・・だから目に付く人助けをしてしまうの。」
お嬢様は花から手を離すとそのまま力強く自身の手を握り締めたため、私は血が出てしまうのではないかと心配したのを覚えている。その後、お嬢様はその握った掌を開きながら話を続けた。
「つまりは私の自己満足ね、だから貴方は私に感謝なんてしなくていいの。これは私のエゴなのだから・・・。でも、いつか私に出会ってよかったと主人にしてよかったと思ってもらえるような人物になりたいと思ってはいるの・・・なんて、調子がいいかしら?こんな主人、嫌になった?もし使用人が嫌になったら言ってね?違う職につけるよう紹介状を書くわ」
ただの言葉だけだったなら、私はお嬢様を「ただの偽善者」と軽蔑しただろう。
でも、その時の私はそれがただの言葉だけではないことを知っていた。
彼女の努力と、その努力の上に隠された悔しさと、それに負けない強い意志を宿した桃色の瞳に、私は魅入られ惹かれたのだ・・・私がこの方に生涯お仕えすることを心に決めた瞬間だった。
旦那様が生きていた頃に雇っていた使用人達はさっさと他のお屋敷に鞍替えしてしまった。お嬢様は私も彼女の元を去っていいと仰っていたが、私はあの日からアンナ様に忠誠を誓い、お仕えしているのだから去るわけもなかった。それをお嬢様にお伝えしたらお嬢様が号泣されたことには驚いてしまったのだけれど・・・。
だから、今お嬢様の側にいるのはお嬢様に私とサンタマール家に生涯の忠誠を誓ってサンタマール家から離れなかったかつて旦那様の秘書兼執事長を勤めていたオードリューだけなのだ。
「アズサは大げさね・・・あの時の私は自分のエゴで貴方を助けただけだわ。光を与えたなんてこと・・・」
「お嬢様にとってはそうかもしれませんが私にとっては光でしたから。出来事をどのように受け取るかは個々の自由でしょう?」
少し得意げな顔でお嬢様を見た。
まあ、この顔も鉄壁の顔面と呼ばれた私の無表情から感情を読み取れるお嬢様相手だからできるのですが。
「もう・・・」
お嬢様の声には呆れと嬉しさが混じり、表情にはどういう顔をしたらいいかわからないとはっきり書いてあり、私は内心笑ってしまった。
「さあ、すこし風が強くなってまいりました。花が散ってしまえばジャムが作れなくなります。参りましょうお嬢様」
「そうね、あ、花は多く摘んではダメよ?アズサ」
「承知しております」
私達は花畑に急いだのだった。
花畑に着いた私達はサルラの花を摘み始めた。ほかにはポプリや砂糖漬けにする花、薬になる花なども咲いていたのでそちらも摘み籠の中に収めた。勿論お嬢様に怒られてしまうので、多くは摘まなかった。
そして、時間が過ぎ、昼食の時間となった。
「お嬢様!そろそろ昼食に致しましょう」
私は花籠と一緒に持ってきていたバスケットを上に持ち上げる、お嬢様は私の声に振り向きバスケットを目に止めると頷き、花を摘むのを止めて私の方へ歩いてくる。
「そうね、今日のお昼は何かしら?本当なら私が作る予定だったのにごめんなさい」
お嬢様がバスケットを覗き込みながらシュンとこう垂れる。その姿はまるで叱られた子犬である。
サンタマール家が没落する前は専属のシェフが作ってくれていたが、今は私が料理をお作りしている。しかし、お嬢様は・・・
『私はもうお嬢様ではないのよ?それなのにアズサにばかりご飯を作らせるなんていけないわ』
ということで、今お料理の猛勉強中なのである。
本当は今日の昼食もお嬢様がお作りなる予定だったのだけれど、お嬢様が担当されているポプリ作成の内職で作成量の変更があったのだ・・・作成量が3倍になってしまい、責任感が強いお嬢様は勿論その仕事を完遂させたのだが、お疲れになられたのだろう起きると仰っていたお時間に起きられず、今回の昼食は私が担当になったのだ。
「今回は仕方ありませんよ、あんな突然に内職量を増やされたのですから。今度またどこか行く時はお嬢様にお作りしていただきますから」
(可愛い可愛い可愛い!!!!流石私のお嬢様!!落ち込んだ姿も愛らしいです!!!!)
私はシュンとした子犬状態のお嬢様の姿に内心身悶えながら、そんなこと一切表情に出さずにお嬢様に声を掛けた。
「ありがとう。そうね、次は必ず作るわ」
私の言葉を受けてシュンとした子犬から一変、耳をピンと立ててしっぽをふりふりする嬉しそうな子犬になり、その上はにかんだ笑みまで見せてくださるお嬢様に私の心の内は更にフィーバーしていく。
(あーーーーー!!!!可愛すぎますーーーー!!!!この瞬間を写真に収めたい!!!!)
・・・ちなみに、一緒に暮らしている執事長オードリューに言わせると私は「お嬢様病」「お嬢様厨」なのだそうだ。意味を聞けば、お嬢様に心の底から心酔しているという意味らしい。全く否定するところがない、私はお嬢様命だ、むしろそれの何がいけないのだろうか?
・・・等と思っている内心はお嬢様に悟らせずに私はバスケットを開けて中身をお嬢様にお見せした。
「まあ!美味しそうなトマトとチーズのサンドイッチね、そういえば美味しいチーズをご近所の方から頂いたって言っていたわね」
「はい、アイスティーもご用意しておりますのでどうぞ」
「ありがとう。アズサは相変わらず用意がいいわね、同じ女性として見習わないと」
お嬢様は微笑みながら私が用意したアイスティーのボトルを受け取ってくださった。
「お嬢様は今のままで素晴らしい女性です。私のようなものを見習う必要等ありません」
「ふふっ、アズサは私を贔屓目で見すぎね」
「そんなことは・・・」
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる
お嬢様が分かっていないお嬢様自身の素晴らしさを言い募ろうとした時に、その音は花畑中に鳴り響いた。
「・・・」
「・・・」
お嬢様と私は顔を見合わせ、それから音のなった方へと顔を向けると、花を摘んでいる時には気がつかなかったが花畑の隅になにかが横たわっていた。
「うーーん」
横たわっていた何かから男の呻き声が漏れ、私は咄嗟にお嬢様を背後にかばった。
「お嬢様、近づかないでください。何者かわかりません」
「お父様が生きていた頃ならまだしも、今の私を狙うものなんていないわ、アズサ。警戒しすぎよ?」
警戒心を露にする私を制するようにお嬢様は穏やかに笑い、私の横を通り過ぎて男のもとへ歩いていく。
「お嬢様?!いけません!!」
私は咄嗟にお嬢様の手を取ろうとしたが、お嬢様の目がそれを制した。
「アズサ、こんな人気のない花畑の片隅で人が倒れているのよ?まずはその方の安全を気にすることが人の道というものだわ」
お嬢様は警戒心もなく、俯せに横たわっていた男の側にしゃがみこみ、顔を覗き込みながら声をかける。
「大丈夫ですか?どこか具合が悪いのですか?」
私はお嬢様の仰っていることに異を唱えることもできず、お嬢様の側に立ち、もしもの時に備えた。本当はお嬢様の安全性を考えて私が男に声をかけたかったが、それを言ったところでお嬢様が承知してくださるわけがないこともよくわかっていた。
お嬢様が数回声をかけると男は瞼を開き、お嬢様を見上げ、口を開いた。
「は・・・」
「?なんですか?」
小さすぎる男の声にお嬢様が聞き返した。
次の男の声はお嬢様の側にいた私にも聞こえた。
「腹が・・・へった」
「・・・」
「・・・」
私達はまた目を見合わせ、同時に口を開いた。
「「さっきの音はお腹の音だったのね(ようですね)」」
「はむんぐ、あむはむ」
「・・・」
「・・・」
花畑の片隅で私達はバスケットを開け、昼食をとっていた。
しかし、私がお嬢様のためにと丹精こめて作ったサンドイッチはお嬢様ではなく、身も知らぬ男の口に入っていく。
「これは美味い。君が作ったのか?」
「いえ、これはこの娘が作ったものです。アズサよかったわね、喜んで頂けたみたい」
「・・・はあ」
男の問いにお嬢様は笑顔で答えた。
お嬢様は「自分達の昼食時に腹を空かせている男と出会ったのも何かの縁」と仰って、男を私達の昼食に誘った。男はにべもなく頷き、今私達が食べるはずだったサンドイッチを一人で食べている。
・・・私はお嬢様にサンドイッチをお作りしたのであって、こんな怪しい男のために作ったわけではない!!
という私の内心は例にもよって私の無表情によって隠されたが、私の警戒心は敢えて隠さずむき出しにしていた。
お嬢様はそれを目で制していたがこればかりは譲れない。
なにせ、この腹空かし男、ただの行き倒れには見えない・・・年齢は30前後といったところだろうか、髪は整えれば美しく靡くだろうと思われるブロンドの髪、その前髪からは海より深い青の瞳が窺える。着ているもの、身に付けている小物全てボロボロになってはいるが庶民では決して手に入らないだろう上等の物、今食べている姿も意地汚く食べているように見せているが品のよさが隠せていない。しかも、この男の身のこなし・・・相当の手練とみていい。
身に付けている物、品の良さ、身のこなしから考えて、普通の男のはずがないし、そんな男がこんな田舎に住んでいるなど聞いたこともない・・・怪しすぎる!!
(冗談じゃない!!こんな怪しい男を大事なお嬢様に近づけてなるものか!!)
故に私は敢えてお嬢様の制しも黙殺し、サンドイッチを食べ続ける男を殺気を込めて睨みつける。
(もし、お嬢様に危害を加えるようなら八つ裂きにしてやる・・・)
私は常に隠し持っているナイフを服の上から撫でた。
ちなみに、自慢では無けれど私も相当の手練である。生涯お嬢様の使用人として生きていくと決めた時から執事長のオードリューに仕込まれたのだ。
「サンタマール家の方々をその身一つで守れるようになって初めてサンタマール家に忠誠を誓えると思いなさい」
このオードリューの言葉を受け、私は毎日鍛錬を積んだ・・・お嬢様への忠誠を認めて欲しい一心で。その努力が実り、私はオードリューからもサンタマール家の方からも、勿論お嬢様からもお嬢様の専属使用人兼専属護衛となることを認めてもらえたのだ。
ナイフを撫でたせいか、懐かしいことを思い出してしまった。
私が懐かしい思い出に浸っている間に男はサンドイッチを食べ終えた。
・・・二人分を一人で食べてしまった。お嬢様が一口も食べることもなく。
私の殺気が増したことが自分でわかったが治めるつもりはなかった。
男は私の殺気等気がついているだろうに、気にした風もなく口を開く。
「いや、美味かった。お前良い腕をもっているな」
食欲が満たされ気分がいいのだろうか、男は私に笑いかけた。
「さて、お前達に礼をせねばならぬな・・・」
男は顎に手をやり、私やお嬢様を眺め回す。まるで値踏みをするかのような視線に私は勿論だが、お嬢様も気分を害されたのだろう、いつもの可愛らしい微笑みが固くなっている。
「ふむ・・・このあたりでよいか」
男はそう呟くと自身の腕輪を取り、私達に向けて放った。
私は咄嗟にそれを掴み、手の中の腕輪を確認する。
相当の値打ちものだ・・・貴族でも上流貴族クラスでないと持てない代物である。
「お前達、その身なりから察するに貧しい庶民であろう?これを売って生活の肥やしにするといい、ではな」
男はそう言って笑うとスッと立ち上がり、さっさと花畑から立ち去ろうとする。
「まあまあまあ」
お嬢様の笑顔からも声からも柔らかさが消えた。それに気が付いた私の顔からは血の気が消え、ついでに私の手の中にあった腕輪も消えた・・・。
「そちらの方、お待ちになってください。忘れ物ですよ?」
「ん?なにを・・・ぐあっ?!」
男がお嬢様の声に振り向いた瞬間、男の顔に先程の腕輪がめり込み、そのまま男は花畑に倒れ込んだ。
(あれは避けきれないですね)
可愛らしい見た目に反して、お嬢様も相当お強いのだ。私が鍛錬している横で同じように鍛錬を積んでおられたのだから。一度お止めしたのだけれど、守られるだけの存在にはなりたくないのだと、強い眼差しで言われてしまい、それからはお止めすることが出来ず一緒に鍛錬を積ませていただいたのだ。
「な、なにをする?!」
お嬢様の凶行に「あー、やっちゃったな~、でもナイスですお嬢様」なんて思っていると男が顔にめり込んだ腕輪を取り立ち上がる。すごい形相で睨んでいるが、顔には腕輪のめり込んだ跡ができており私はそのシュールさに内心腹を抱えて笑ってしまった。
「何をするって言ったじゃありませんか、忘れ物ですよ?」
しかし、お嬢様は男の形相にもそのシュールさにも気をかけた様子もなく男の問に笑顔で答えた。
ただし、目は一切笑っていない笑顔だ。お嬢様の背後のオーラがおどろおどろしく私の背に冷や汗が流れる。
男もそれに気がついたのだろう、口の端をヒクつかせて一歩後ろに体を引き、お嬢様を凝視している。
「その腕輪・・・忘れていかれてますよ?」
「いや、これはお前達に礼として・・・」
「結構です」
男の言葉をお嬢様が遮り、男が不愉快そうに片眉を上げる。しかし、お嬢様はそんな男の様子など気にせずに言葉を続けた。
「いつ、私達がそんなお礼をほしいとお伝えしましたか?というかサンドイッチをご馳走しただけで、そんな腕輪頂けるわけありません。貴方にとってはいくらでも買えるものかもしれませんが、私達には分不相応の代物です」
「だが、」
「お黙りなさい」
「?!」
お嬢様は口を挟もうとした男を制した。
男は目を見開いてお嬢様を凝視している。
「大体、貴方お礼だと仰いましたけど、私達に言葉のお礼を言っていない自覚ありますか?ありがとうの一言もなく、しかも、自分の名を名乗ることもせず、自分の身に付けている物を放って寄越してそれがお礼だなんて馬鹿にしているにも程があります。しかも、その腕輪を渡す前に私達の身なりを確認していましたよね?なんですか?私達の身なりなら、その腕輪をくれてやれば泣いて喜ぶとでも思いましたか?人を見下すにも程があります。私達にだって人としてのプライドというものがあります。お礼の言葉一つなく、見下されてもらったもの受け取るわけないでしょう。私よりも長く生きていらっしゃるでしょうにそんなこともわからないのですか?」
「・・・・・・」
一息で言い切るお嬢様を男は呆然と見つめる。
男の様子にお嬢様は溜息を付いて続けた。
「貴方が今までどのように感謝の意を示してきたのか知りませんが、その様子だとそうやって失礼極まりないやり方だったのでしょうね。まあ、貴方の身なりを見る限り相当上流の階級の方とお見受けしますから、それでよかったのかもしれませんけれど・・・」
「うっ」
男がギクリと肩を強ばらせた。
「ですが、これだけは覚えていてください。
例え貴方がどんなに上流の、それこそ国王陛下と謁見可能なくらい上の階級の方だとしても、それを支えているのは、今貴方が見下しているだろう庶民です」
「!?」
男がハッとした顔でお嬢様の顔を見つめる。お嬢様はその男の視線から目をそらさずに言葉を続けた。
「貴方は農作物を作ったことがありますか?作れますか?
貴方は工場で作業員の方達がしている作業をすることができますか?
貴方が先程食べたトマトを育てること、チーズを作ることができますか?
できないでしょう?でも、この国はそんな貴方ができないことが出来る人達によって支えられています」
お嬢様はそこで一度言葉を区切り、男を見つめた。
男が自身の話を聞いていることを確認すると話を続けた。
「貴方の身なりや言動から察するに貴方は相当上の階級の方で、国の政や領政を行っているのかもしれません。それは私達にはできないお仕事であり、それもまた国を支えている、それも承知しています。でも、どちらが欠けても国は成り立たちません。どちらも大切であり、尊ぶべきものだと私は思います。」
「・・・・・・」
男は俯きながらではあったが、静かにお嬢様の話を聞いていた。
「まあ、私の仕事が直接国を支えているかと問われれば疑問ですが、間接的には支えているとおもっています。どんな仕事でも真摯に一生懸命に行われる仕事は国を支えていると私は考えていますし・・・」
「・・・・・・」
黙って話を聞き続ける男から目をそらさずにお嬢様はさらに続けた。
「こんな庶民の若い女が何を・・・と思われるかもしれません。
ですが、私も一度は中流の地方貴族とはいえ、貴族として過ごした身・・・」
その一言を聞いた瞬間、男が顔を上げ、お嬢様を見つめる。
お嬢様はそれに微笑みを返す。
「貴族としての地位や振る舞い、誇り等が如何に大切かは少なからずわかっているつもりです。
ですが、いえ、だからこそ、貴族は周りの貴族達だけでなく、庶民のことも敬い尊ぶべきではないでしょうか。貴方がた貴族のそれらは下の者達が居なければ成り立たず、もし下の者が仕事を、貴族の方々を敬うことを放棄すれば瞬く間に崩れてしまいます。
勿論逆に私達庶民が働けていけるのは貴族の方々が私達をまとめ、統率してくださっているからだともわかっています。ですから、私達は持ちつ持たれつ、お互いを敬い尊敬すべきだと、私は考えています」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
男は何も言わず、自身の顔にめり込まされた腕輪を見つめていた。
お嬢様はその姿に微笑むと男に向けて頭を下げる。
「という私の勝手な考えから、貴方の先程の行為に腹が立ち腕輪を投げつけてしまいました。申し訳ありません。ですが、先程のサンドイッチのお礼としてはその腕輪は高価すぎるので受け取れません。よろしければ、先程貴方に腕輪を投げつけたことを許すということをサンドイッチのお礼として頂きたいと思います」
「?!いや、それは」
「あら・・・では、危害を加えた件は許していただけないということでしょうか?」
「ち、違う!腕輪の件は私が悪かったのだから気に留めていない」
「まあ、よかった。なら先程の件受けていただきたく思います」
「しかし・・・」
「お礼を受け取る側がそれをお礼としてほしいと思っているのですから、それで受けていただきたく思います」
「う・・・」
男は次の言葉が見つからず、目をさまよわせた。
・・・お嬢様の勝ちですね。
私は無表情の内心で苦笑した。この手の言い合いでお嬢様に勝てる者はそうそういないのだ。
「それでは、私達はこれで失礼いたします。行きましょうアズサ」
お嬢様が私を促して男の横を通り過ぎた。
「待ってくれ!」
男は振り返りながら私達を呼び止めた。
「その、サンドイッチ、あ、りがとう」
30前後だと思われる貴族男のたどたどしいお礼の言葉にお嬢様にも私にも笑みが溢れる。
まあ、私の場合は見た目がほぼ変わっていないのだけれど。
「それで、その」
お嬢様は首をかしげる。私はこの時から嫌な予感をバシバシ感じていた。
・・・男のお嬢様への視線が諸相熱い視線というものになっていたのに気がついたからだ。
「君は毎日この花畑にいるのか?」
「いいえ、今日はジャム作りにこの花畑の花を摘みに来ただけですから」
「君は会いたいときは何処に行けば会える?」
「え?」
お嬢様が目を丸くする。すかさず私は口を挟んだ。
「お嬢様は基本家で内職をされていますから、外で会うことはほぼありませんよ」
「家?では家は何処にあるんだ?」
「見ず知らずの、ただサンドイッチを恵んだだけの男に何故住所を教える必要が?」
「そ、それは最もだが、では彼女と外で会うためにはどうすればいいんだ」
「だからそれは無理です。つまり貴方はお嬢様とは今日限り会えないということですね」
「な、なんだと?!」
「なんです?なにか問題が?」
「ああ、私には大問題だ・・・!!」
「黙りなさい、行き倒れ。貴方の問題などどうでもいいのです」
というようなやりとりを1時間もしてしまい、結果、お嬢様に笑顔で怒られてしまった。
「いい加減にしなさいアズサ。貴方が私を大事にしてくれているのはわかるけれど、そのような言い方は失礼だわ。それに、そんなに仰っているのだもの、お会いするくらいいいのではないかしら?」
「お嬢様?!」
「ほ、本当か?!」
お嬢様の言葉に私は驚愕の声を、男は歓喜の声を上げた。
「ええ、アズサが失礼なことを申しました。それに、私自身も貴方にとって不愉快と思われることもしましたし、申しましたのに、また会いたいと仰って頂けるなんて嬉しいですわ。明日はバイトがありますので、明後日またこの花畑でお会いするというのはどうでしょうか?それともその日はご用事がありますか?」
「い、いや!ない!あ、明後日会おう!!」
男の歓喜した声が響く。
「お嬢様!」
「アズサ、貴方が心配するのもわかるけれど、新たな出会いは悪いものではないわ。その出会いを悪いものにするのも良いものにするのも自分次第。それに腕輪を投げつけたことも許して下さったし、悪い方ではないと思うの。それにね、少し気にならない?どうしてこんな田舎にこんな身なりの方がいらっしゃるのか、ちょっとしたミステリーね」
「・・・そうですね。お嬢様の大好きなミステリーですね」
・・・本当は男と会うのをお止めしたかったけれど、このようにワクワクした瞳のお嬢様は久しぶりで、私はお止めすることができなかった。でも、やはり男を信用したわけではないので、お嬢様には「男と会うときは必ず私を側に置くこと」を約束して頂いた。
「ほら、そんなに膨れないで頂戴、アズサ。暗くなってきたし帰りましょう?」
お嬢様と男との再会の約束について自身を納得させようとしていた私は、お嬢様のその一言でハッとなり空を見上げた。
確かに暗くなってきている、春とはいえ、夜は冷えるためいつもは暗くなる前に帰っているのだ。
「大変です、お嬢様が風邪を引いてしまいます。お嬢様、帰りましょう」
「ふふっ、そうね、帰りましょう」
「待ってくれ」
本当に花畑を去ろうと足を羽動かそうとしたとき、また男が私達を呼び止めた。
「また会うというのに、まだ名を名乗っていなかった。私の名はドルトルという。君達の名を聞いてもいいだろうか」
「あら、これは失礼いたしました。私はアンナと申します。こちらはアズサです。よろしくお願いしますね。」
「・・・アズサです」
「ああ、よろしく頼む」
名を聞くと男は満足そうに、嬉しそうに微笑んだ。
私達は本当に花畑をあとにした。
「ふふっ」
「どうしました?お嬢様」
「ううん、大胆な偽名だなと思って」
「偽名?先程の男ですか?」
「そうよ、だってドルトルって国王陛下のお名前だもの。そんな大胆な名前を貴族の方がつけるとは思えないわ。だからきっと偽名だと思うの」
私達はその後アパートに戻ってサルラの花のジャムを作り、オードリューさんと三人でそのジャムを使ったディナーを食べたのだった。