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絵本



 珍しく千晟が甘えてくる。

 恭は、久しぶりで嬉しくて優しく唇に触れた。

 千晟にキスをすると、すぐに千晟が離れた。

 恭はすかさずその手をつかまえた。抱きしめようとしたが、冷やかな目で千晟が自分を見ていた。何となくそれ以上何もできず、恭は手を離した。


「ご飯は食べたのか」


 訊ねると、千晟は頷いて恭から離れてソファに座った。そして、テレビを付けた。

 恭は息を吐いた。


 あれから数日たって、千晟が目を覚ました。


 以来、目が離せない。

 自分がどんなに心配したか。しかし、目を覚ました時の彼はいつもと違って見えた。

 一瞬だけ恭の顔を見ただけで、恭がどれくらい心配したからあまり気にしていないようだった。しかし、二度とこんな思いはしたくない。あれ以来、残業はしていない。

 恭は、千晟が目覚めてすぐ彼を抱いた。

 しかし、それ以来、彼も求めてこないし、触らせようともしなかった。

 今のキスをねだられたのも初めてで、恭は内心驚いた。


「テレビ面白いか?」


 話しかけると、まあなという返事がした。恭は隣に座った。


「千晟?」

「何?」


 千晟は顔を見もせずに言った。


「何か、怒っているのか?」

「怒る?」


 千晟は眉をひそめた。


「何に対して怒るんだよ」


 そう言われて恭は何も言えなくなる。


「さっきの友達とは仲がいいのか?」

「真治の事?」


 千晟がぴくりとした。そして、初めて恭の顔を見た。


「ああ」


 にっこり笑った笑顔に恭はドキッとした。

 真治という男の顔をよく見ていなかった事に気付いた。


「絵本作家だって?」


 記憶にあるのはそれだけだ。


「そうだよ」


 千晟が一変して真治という男の事を話し出した。千晟にとって大切な友人らしい。恭は見ず知らずの相手に対して嫉妬してしまった。


「好きなんだな」


 少しむっとして言うと、ああと千晟が言った。


「好きだ」


 恭はその瞬間、千晟の体を押し倒した。


「恭っ」


 千晟が驚いて手で自分を押し返した。彼の体は自分と同じくらいある。

 思い切り蹴飛ばされて、恭はソファか転げ落ちた。


 げほげほと息を吸い込むと、


「やめろよ」


 と千晟が言った。


「どうしてだ?」


 恭がひざをついたまま、不思議そうに聞いた。


「俺はお前の事が好きなのに」


 千晟は黙っていた。そして、


「無理やりは嫌だ」


 と怖い顔をして言った。


「ごめん……」


 恭は謝った。


「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」


 恭は外に出た。真っ暗で少しひやりとする。

 恭はポケットに手を突っ込み煙草に火を点けた。

 自分は何を焦っているのだろう。

 道路へ向かうと、花壇の植え込みのところに足が見えて恭はギョッとした。

 恐る恐る見ると、千晟の友達がうずくまっていた。


「し、真治くん?」


 恭は声をかけると、真治がびくっと顔を上げた。

 顔が真っ赤に腫れて泣いたようだった。


「どうしたの?」


 少し呆れながら彼を見た。真治はぐいっと目をこすった。

 恭は真治の腕を引いて起き上がらせた。ズボンに土がついていた。


「何してたの? こんな所で」


 あれからまだ数分しか立っていないが、ずっとここにいたのだろうかと呆れていると、彼はもごもごと言った。


「泣いたから、少し腫れが引いてから帰ろうと思って、それで……」


 恭はその様子を見てくすっと笑った。

 真治が驚いた顔をしている。かわいい男の子だなと思った。

 今は顔が腫れているが、きれいな顔をしていた。


「家まで送るよ」


 そう言うと彼が首を振った。


「顔、まだ赤いですか?」


 真治が顔を上げた。街灯の明かりでしか見えなかったが、大したことはなさそうだった。


「大丈夫みたいだよ」

「そうですか」


 真治はしょんぼりと答えた。


「それじゃ、さよなら」


 さっと背を向けた時、恭は思わず真治の手をつかんだ。


「な、何?」

「あ、ごめん」


 とっさにとった自分の行動に恭は驚いた。


 しどろもどろになりながら、


「あ、千晟が君の事とても誉めていたよ」


 と言った。


「え?」

「あの、だから、ちょくちょく会いに来てやってよ。あいつ友達もあまりいないみたいだから、君みたいな友達がいたらきっとうれしいと思うんだ」


 自分でも何を言っているのだろう。恭はしゃべりながら思った。


「そ、それに君の絵本も読んでみたい」


 絵本の事を言うと、真治の顔に赤みが差した。


「本当?」

「ああ」

「ありがとう」


 真治はぱあっと笑った。うれしそうな笑顔に恭は思わずどきっとした。


「僕、帰ります。さよなら」


 真治は手を振りほどくように走り去った。


 恭はドキドキしながら真治の後ろ姿を見ていた。





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