1-1 俺、二次元世界に迷い込む!?
頬を撫でる風の冷たさを感じ、俺は意識を取り戻した。
少し頭がボーっとする中、ゆっくりと両目の瞼を開けてみる。
まず目に飛び込んできたのは巨大な樹木だった。マンション並みに高くそびえ立っているその樹木は、恐らく高さ40m以上はあるだろう。とにかく馬鹿でかいのである。
「何だよ、この樹 … 高すぎだろ … 」
樹木のあまりの高さに圧倒されながらも、今度は起き上がって周囲をグルリと見渡してみた。
どこもかしこも高さ40m級の樹木ばかりが立ち並んでおり、木々の周囲に鬱蒼とした草むらが生えている。
次に頭上を見上げて見たものの、高々と葉っぱを生やしている樹木のせいで青空は見えなかった。
ただ葉っぱや枝の隙間から、太陽光がシャワーのように降り注いでいるだけだった。そのために薄暗い。
まるでアマゾンのジャングルみたいなところだ。
「ここ、どこなんだ?」
まず、一体何が起こったのか考えてみることにした
確か俺は、今日発売されたゲーム機本体『PF Vita2』とゲームソフト『Magic Trip』を購入して、駅のホームに並んでいたハズだ。
そして誰かに背中を突き飛ばされて線路上に飛び出してしまい、特急列車に撥ねられたまでは覚えている。
「それじゃあ … 何で俺は生きているんだ?」
もう一度、周囲を見渡してみるが、そこはいつもの見慣れた駅のホームではない。夢かと思い、頬を抓っても目が覚めない。
そして俺は、もう一つの違和感に気が付いた。
先程の樹木や草木などの見た目は美しいのだが、その色彩が明らかに変だったのだ。今までのリアルな色彩ではなく、普段アニメや漫画などで目にする色彩になっている。
そう … まるで、俺が二次元の世界にでも迷い込んだかのように。
「ど、どうなってんだ … !?」
もしかして、ここは二次元の世界なのか?
いや … ありえない。二次元世界なんてものは空想上の世界であり、現実に存在するわけがないから。
そして、まさかと思いながらも、今度は自分の手に目をやってみることにした。
目に映り込んできたのは、やはりアニメのような色彩となっている自分の両手であった。
「なんだよ … これ。俺の身体まで二次元になっているだとっ!?」
そもそも、なんで周りがアニメのような色彩になっているんだ?
特急列車に撥ねられたはずの俺はなぜ生きている? ていうかここ、どこ?
ここは夢の中なのか?
いや … 夢にしてはやけに意識がしっかりしているしな。
それじゃあ、死後の世界?
俺は特急列車に撥ねられたわけだし、間違いなく即死しているハズだし。
「 … にしても、死後の世界が二次元世界ってありえねぇーよなぁ。普通、三途の川かお花畑とかだろ」
様々な疑問が湧きあがってくるが、答えが見つからない状況の中で考えても無駄なことだろう。
「とにかく … この森を抜けてみるしかないな」
おもむろに足を動かそうとしたとき、ガサゴソという近くの草むらが揺れる音が耳に入ってきた。
何かいるのかと思いそこへ目を向けてみると、突如草むらの中から二足歩行の生物が飛び出してきた。トカゲのような顔を持ち、背中には尾びれみたいな突起物が見て取れる。腕からは鋭い鉤爪が生えている。まるでゲームのRPGとかにも出てくる有名なモンスター:リザードマンみたいだった。
しかし、奴は鎧も武器も何も手にしていない。原始的なリザードマンなのか。
リザードマンは俺を見るなり、鋭利な鉤爪を光らせ、いきなり襲いかかってきた。
「うおっ!?」
咄嗟に真横に飛び込む。
しかし、ここ最近運動をサボっていたせいもあってか、思うように瞬時に身体が動いてくれなかった。
そしてリザードマンの鋭利な鉤爪が俺の右脇腹を切り裂いた。
そのまま俺の身体は前転するように地面を転がり、近くの樹木に激突した。
「くそっ … イテテっ … 」
見れば、俺の右脇腹部分の服が破けており、そこから見える皮膚がパックリと裂いていて、おびただしい量の赤黒い液体が流れ出ていた。しかも肋骨らしき白いモノが一部とび出ている。
「くそっ … 意味がわかんねぇ … よ。リザードマンがいるってことは、ここはゲームのRPGの世界なのか!?」
だが腕を振ったり空中で手を動かしても、コマンド画面みたいなものが出現しない。それ以前に、俺らの時代ではまだVRゲームなんてモノは発売されてないハズ。
「くっ … それにしても痛みがハンパねぇ … !!」
それよりも次はどうするか考えないと。
だが、あんな怪物に素手で勝てるわけがない。近くに剣とか斧とか、何か武器になりそうなアイテムが落ちていればいいものの … そう都合のいい話はねぇよな。
この間にもリザードマンは鋭い爪を光らせ、やがて再びこちらに跳びかかってきた。
「あはは、そうだ … ここは夢の世界なんだ。二次元世界にトリップするなんて、そんなの空想モノだ! 妄想だ!」
俺は覚悟を決めた。
奴の爪に切り裂かれたら、たぶんベットの上で目を覚ますのだろうか? 夢の中で殺されそうになると、目を覚ますって言うしな。
あはは、そうだな。すべて夢なんだ!!
そもそも俺は、『PF Vita2』・『Magic Trip』なんてものを購入すらしておらず、駅にもいなかった。
そう、すべて夢だったのだ!!
そう自分に言い聞かせて、覚悟を決めて目を瞑った。
このまま俺は奴の爪によってバラバラに切り裂かれる。
そう思った直後、
「ファイアロー!!」
若い少女の凛とした透き通る声が俺の耳に入ってきた。
刹那、ジュウウウ!!という肉を焼く音と共に獣の悲鳴が辺り一帯に響き渡った。
しばらく経って恐る恐る目を開けてみると、そこにはリザードマンの姿はどこにも見当たらなかった。
ただ地面には真っ赤な炎が燃えており、真っ黒な墨みたいなものが残っているだけだった。
そしてその近くに、1人の少女が満足そうな笑みを浮かべて立っていた。
スラリとしたスタイルのいい金髪少女である。歳は俺と同じくらいだろうか。
白のブラウスの上に黒の短めのマントを羽織っている。短めの黒のプリーツスカートから彼女のしなやかな脚が伸びており、太股まで覆われた黒のニーハイソックスによって、柔らかそうな白い太股が強調されている。そしてオシャレな茶色のブーツ。
しかも手には何か杖みたいなものを持っていた。
一見するどこかの学校の学生にも見えるが、いくらなんでもマントに杖って … 魔法使いじゃあるまいし。
そんなことを考えていたら、彼女がこちらを振り向き、腰まで伸びた金髪の髪を揺らしながら、俺の方へと近づいてきた。
俺に近づいてくるに従って、少女の顔も把握できるようになった。
顔は透き通るような色白で、言葉では表せないほど可愛い顔立ちをしていた。
彼女の金髪の長い髪も美しいが、何よりも心を奪われたのは彼女の目だ。左目が青色の瞳、右目が赤色の瞳をしている。いわゆる左右の瞳の色が違うという、オッドアイというものだ。何か無性にも、彼女のそのオッドアイの目に心が奪われてしまう。
「君、大丈 … って、脇腹怪我してるじゃない!!」
金髪オッドアイ少女は、俺の胸を見た途端に血相をかいた。
そりゃ驚くだろう。
リザードマンに右脇腹を切り裂かれ、おびただしい量の血液が流れているのだから。既に頭がボーっとしてきているし、このままじゃ俺は死ぬだけだ。
「だ、大丈夫っ!? えーと、何とかしないと!!」
少女はぐったりとした俺を見て、先程の杖を俺の胸へと押し当ててきた。
何をするつもりなのかと疑問に思っていると、
「命の鼓動よ。汝に命の息吹を!」
何か詠唱文のような言葉を呟いた。
金髪少女がそう呟くと、あら不思議!
俺の右脇腹の傷が見る見るうちに塞がって行くではないか!
気が付くと胸の痛みはすっかりと消え、傷跡1つも残っていなかった。
何だ … 今の? 杖を使って何か唱えたよな? まさかの魔法?
「えーと、あまり動かない方がいいかもね。いくらあたしが治癒魔法で治してあげたと言っても、しばらくは安静にしとかなきゃ」
「あぁ … どうも、ありがとうございます」
ん? この少女、今、治癒魔法って言ったよね?
もしかしてこの人、ガチな魔法少女なのか?
「一体 … 何がどうなってんだ?」
「えっ? 何?」
俺の呟きに対し、少女は首を傾げているだけだった。
「ねぇ、あなた、何でこの森に入ったわけ? ここは怪物が住んでいるという危険な森なのよ?」
いや~、入ったもなにも、目を覚ましたらこの森の中でございまして … 。
「気が付けば、ここにいたんだ」
「どういうこと?」
「実は俺もさっぱり分かんないんだ。特急列車に撥ねられたハズなのになぁ … 」
「トッキュウ … レッシャ?」
もしかして特急電車を知らないって感じ?
だが、そんなことは今はどうでもよかった。
俺は大変なことに気が付いてしまったのだ。
目の前にいる金髪少女はアニメで見かけるような二次元の姿をしている。つまり現在、俺は二次元少女に命を助けられて、会話のやり取りを行っていたのだ。
「あなた、名前は?」
「俺は、小樽勇希」
「オタルユウキね。何か変わった名前ね。その髪色、この辺じゃ見かけない黒髪
だけど … どこ出身なの?」
「東京」
俺がそう告げると、金髪少女は小さく首を傾げた。
「トーキョー? ふーん、そんな街があったんだ。あっ、あたしも自己紹介しなきゃね。あたしの名前は、ソフィア・マーキュリーよ」
なるほど。名前から判断するに、完全に外国人だな。
「あの、ソフィアさん? ちょっといいですかね? ここはどこですか?」
「ここ? 『怪物の森』よ」
「いや … 森の名前じゃなくて、国とか街の名前を聞きたいんだ」
「オスビリア王国よ。あなた、そんなのも分からないの?」
オスリビア王国? そんな王国、今初めて聞きました。
二次元世界・リザードマン・魔法・オスビリア王国 … この要素を全て足し合わせると、見事なファンタジー世界の出来上がりだ。
「まっ … まさかの俺、異世界に転生したわけじゃないよな? いや、この場合生まれ変わってないから、転生とは言わないか。 … ってことは、異世界トリップってことか!?」
「ねぇ … あなた大丈夫?」
「えっ? ああ、大丈夫、大丈夫!」
もし本当に二次元世界なんてものが存在して、俺はその世界にトリップしてきたと仮定する。それって本当にありえるのか!?
俺は今まで、どこかに二次元世界や四次元世界・パラレルワールドなんかがあるんだろうな~、行ってみたいな~ って思っていたけれどさ。まさかこうして本当に来ちまうなんて … 信じられない。
とにかく一刻も早く家に帰りたいのだが、家に帰る方法が見つからないんじゃ、どうしようにもない。
この先どうするか悩んでいると、ふとソフィアと名乗った少女が俺の顔を覗き込んできた。
そして突然、俺の両手を掴んだかと思うと、
「よーし、あたし決ーめた!! あなたをあたしのパートナーとして立派な魔法使いにしてあげるわ!」
えっ? 俺をパートナーにして立派な魔法使いに … ってマジかっ!!
俺、魔法使いにさせられるの!? 突然すぎる!
まぁ、一度は魔法を使ってみたいとは思っていたけど。
「ちょっと、意味が全然分からないんだけど!! 状況を詳しく説明してくれ!!」
「いいからあたしに付いてきなさい!」
ソフィアと名乗った金髪少女は、俺の腕を掴むなりグイグイと引っ張り、どこかへ向かって歩き出した。
果たして、この先俺は一体どうなることやら。