5月18日の日記 02
ファンタジーは設定を考えるのが大変です。
問題が起こった後の対処というものはめんどくさい。
今の職に就いてから二年ほど経っているし何度か今回のように問題が起こりその処理に奔走したこともあるが未だに慣れてなかったりする。
神官たちの処理をある程度終わらせた後、残りを部下に丸投げしたはいいがまだこの事件に関する報告書を書かなくてはいけない。
正直この後陛下のとこ行くんだから口頭で報告しても問題はないと思うのだが実際はそうもいかないのだ。
報告書は提出された後保管される。
これはのちに問題が起こったときに解決のために過去の事例を参考にできるようにするためなので報告書を書かなかったり手を抜いたりすることは許されないのだ。
そのため仕事を増やした神殿の連中に呪詛を吐きながら報告書を書き終わった時には日が暮れて暗くなり始めていた。
「くそ、昼ごはん食べ損ねた」
もし怨みで人が殺せたら今頃神官は全滅しているだろう。
―――トントン
「ユウキ様」
神官たちへ呪詛を吐きながらランプに火を灯していると仕事場の扉がノックされた。
「リーズか、入れ」
「失礼します」
許可するやいなや素早い動きで部屋の中に入ってきたリーズは俺の前でビシッ、と直立不動になった。
相変わらずキビキビした動きである。もう少し肩の力抜いてもいいんだよ?
「報告は神殿のことと・・・あの娘のこと?」
「はい」
「んじゃ神殿の方から報告して」
「はっ! 神殿には新しい大神官を選出するようにと命じておきました。 それと大神官・・・今は元大神官ですが牢に入れてあります」
「ん、よろしい。 狂信者共が元大神官殿を奪い返しに来るかもしれないから念のため警備は厳重にしてね」
「了解しました。 ・・・抜剣は?」
「許可する」
ふむ、これで神殿の方はもう大丈夫かな。
次馬鹿なことしたら容赦しないけど。
「それであの子の様子はどう?」
「部屋に連れていったあとに一時錯乱していましたが母さ・・・メイド長がなだめ続けたこともあり現在は落ち着いています」
さすがタリアさん。やっぱりベテランの人は違うね。
あとリーズ、別にタリアさんのこといつも通り母様って言ってもいいよ?報告って言っても要は誰だかわかればいいんだし。
「ん、報告ご苦労さま。
ああ、そうだ。 この後陛下に報告しに行くんだけどタリアさんに来るように言っておいて。 あと悪いんだけどタリアさんがいない間はリーズがあの子のそばに居てあげて」
「はっ! 了解しました!」
リーズが退出するのを見届けてからため息を吐いた。
あいつには前々からもう少し肩の力を抜いた方がいいと言っているのだがなかなかそこんところが改善されない。
タリアさんもその辺を心配していたな。
よく考えればまだリーズは20歳。若いが故にはりきりすぎているのだろうか。
つか俺22歳なのになにこの意識の差。
っと、そろそろ陛下のとこ行かなきゃ。まったく王の直属は楽じゃない。
さっき書いた報告書纏めてー、っと・・・夕飯食べてからじゃダメかな?
栄養を寄越せと吠えそうになるお腹をなだめながら陛下の部屋の前まで来た。
「陛下」
「来たか、入れ」
許可を得てから入室する。この辺は直属といえどちゃんとしないといけない。
部屋に入ると陛下はいつも仕事の時に使っている椅子に座っていた。
それはいいのだが今日の陛下はなんだかそわそわしていて落ち着きがない気がする。
「あの娘の様子は?」
「最初に聞くことがそれですか。 タリアさんを呼んであるんであの子の様子は彼女から聞いてください。 俺がするのは事務的な話です」
「・・・わかった。 それで神殿の方はどうなっている?」
「すべて滞りなく。 それと元大神官の処刑は何時になさいますか?」
「必要ない」
「と、言うと?」
「処刑などと大々的なことはしなくてよい。 牢から出す前に首を跳ねておけ」
おお、エグいことを命じなさる。いや別に俺がやるわけじゃないんだからいいんだけどね。
「しかしそれでは神殿の連中が騒ぐのでは?」
「騒ぐようならこう言っておけ。 『五年前の戦争を引き起こしたお前らが生きることを許しているだけ余は寛大なのだぞ』とな」
「仰せのままに」
そう言われればさすがに奴らも黙るだろう。
なんせ他の国じゃ戦後神殿の連中は戦争の責任全部押し付けられて皆殺しだもんね。
「神殿の連中への対処はそれでいいとしてあの娘はどういたしますか?」
「保護すると昼間に言ったであろう。 偶然とはいえあのような現れ方をしたのだ。 下手をすれば神殿の者たちに利用されかねん」
「それはいいのですが・・・保護する期間が長引けば貴族共が口を出してくるのでは? 陛下にはまだ奥方が居られないのですから」
わかりやすく言えば事情があるとはいえ妙齢の娘を傍においておくと王に娘を嫁がせたい貴族が文句言ってくるよ、ということだ。
こういうのはどこも変わんないよね。
「・・・・・・」
「陛下?」
遠い目してどうしたのやら?
基本的に即断即決の人だから報告中に考え事するのは珍しい。
「・・・ユウキ、少々面倒をかけることになるがよいか?」
「面倒かけるのを気にするぐらいだったら護衛付けずに出歩くの止めてください。 気持ちはわかりますが怒られるの俺なんです」
タリアさん怒ると怖いんだよ。
立場的には俺のほうが偉くなっちゃったけどあの人には敵う気がしない。
というかこっちに来た当初にめっちゃお世話になったから頭が上がらない。
「・・・すまん」
「今更です。 けれど陛下の為なら面倒事ぐらいいくらでも背負いますよ」
でも護衛付けずに出歩くのは禁止です。
「それで何をすれば?」
「あの娘をお前の妹ということにしてほしい」
「なるほど。 身分を保証するのですね」
ふむ、たしかにそうすれば保護し続けても文句言われづらくなるか。
成り上がりとはいえ俺の身分は貴族と同等。きちんと身分保証がされるから神殿の連中もちょっかいかけづらくなるだろう。
なにより同じ日本人だから兄妹だって言っても連中にはバレないはずだ。
「現状ではそれが一番いい方法なのでしょうね。 あの子は少々厄介な立場になるでしょうが放り出すわけにはいけませんし」
「頼まれてくれるか?」
「もちろんです。 あの子には明日にでも説明しに行きます」
「・・・いや、余が行こう」
「はい?」
いやなに言ってるんですか陛下?
「保護したのは余だからな。 余が話すべきであろう」
「はぁ・・・まあ、止めやしませんけど・・・」
おやおや、なんだかご執心?
珍しいこともあったもんだ。今では俺とタリアさん以外にはほとんど執着しない陛下がねえ・・・。
とりあえず陛下が勝手にあの子のところに行かないように警備増やしとくか。
心の中でそう決めながらさらに報告を続けるのだった。
「では俺はこれで失礼します」
「うむ」
すべての報告を終わらせて、それから明日の予定を伝え終わるとようやく仕事も終わりになる。
最後に陛下に一礼してから部屋から退出すると調度タリアさんが部屋の前まで来たところだった。
「今報告が終わったところかしら」
「そうだよ。 それよりタリアさん、陛下があの子の話を今か今かと待ちわびてるよ」
「あの陛下が?」
「うん。 どうも陛下はあの子にご執心みたい」
「あらまあ、珍しいわね。 それで綾ちゃんの扱いはどうなるのかしら?」
「綾?」
「あの子の名前よ」
そういえばまだ俺は自己紹介してないんだった。これも明日しておかないとな。
「それでどうなるのかしら?」
「俺の妹として扱うことになった。 これなら少なくとも政治的な方面からあの子をどうこうすることはできないからね」
「そう・・・最初はそれがいいわね」
「最初? どういうこと?」
次の段階があるの?レベルアップするの?
いや日本人の気質からしてここの生活に慣れてくればそのうち働きたいって言い出すとは思うけど。
「最終的には綾ちゃんが陛下と『良い仲』になってくれればいいのだけど」
「『良い仲』って・・・」
「お后さまになってくれればってことよ」
ああ、なるほど・・・って、おい!
「妃って・・・あの子は異世界人だよ!? 后なんかにしたら貴族共がなんて言うか!」
「でもあなたの妹になるのでしょう? それに陛下が女性にここまで興味を示したのは今までなかったから・・・」
「まあ・・・ね。 陛下、貴族の娘との縁談は今んとこ全部蹴ってるし」
「だからこれはチャンスなんじゃないかと思うのよ」
「それはそうだけど・・・」
だけどあの子は帰りたがるのではないだろうか?
俺だって今でこそこの世界に馴染んでいるが来たばかりの時は元の世界に帰りたいと泣いてばかりいたものだ。
陛下があの子のことをそういう意味で見ているのだとしても現状を受け入れさせないと進展は難しいだろう。
てか今思い出すと恥ずかしっ。黒歴史だよこれ。
「もちろん綾ちゃんの意志が最優先だけどそういう選択肢があるってことを覚えておいて」
「うん。 俺としても陛下には幸せになってほしいからね」
それにあの子にとっても陛下が心の支えになってくれればなお良しか。
なんせ・・・
「これ以上陛下を待たせるといけないわね。 それじゃ私は報告に行くわ」
「ああ、俺は先に休ませてもらうよ」
「お疲れさま」
「そっちもね」
タリアさんは陛下の部屋の中に入っていった。
相変わらずバイタリティ溢れるお人である。これであの人俺の倍ぐらいの年齢なんだよ?
おっと、女性の年齢について考えるのは失礼だな。うっかり口に出そうものなら物理的な神隠しに遭いかねない。
身震いしてからその場でグッと思いっきり身体を伸ばす。
身体中からポキポキと音がした。今日は一日中仕事をしていたせいで大分凝り固まっていたようだ。
ああ、それにしても今日は疲れた。
というか半日なにも食べてないから軽く飢餓状態になりそうだ。食堂に行くか。
お腹を鳴らしながら俺は栄養を求めて食堂へと急ぐのだった。
『・・・とまあ、こんな感じで今日は忙しかった。
明日はあの綾という子と話さなければならない。
正直に言うと明日のことを思うと憂鬱になる。
でも俺が言わなきゃだめだよね・・・。
そう、俺はあの子に伝えなくてはいけない。
―――現状では元の世界に帰る方法はないのだということを。』
《護衛騎士の日記より抜粋》
綾さんは次で出てきます。たぶん。
しかし那智に甘い話が書けるのか、それが問題です。