怪談噺
公家の一つの屋敷の中で、下郎達が話している。
かがり火をたき、寝ずの番をしているようだ。
「そういえば、よう。聞いたかい」
「何のことだ」
「天子様がおりはるこの京の都で、最近はやっている怪談噺さ」
「ほう。どのようなもので」
「都の鬼門の方より、黒き霧が一筋たなびいて、触れる物の全てを、焼きつかせるという噂だ。真かどうか、それは定かではないがな」
「方違えを行っとる時に、そのようなことをいうと、真となろう。この話はここまでだな」
方違えとは、目的地の方向が、陰陽道によってよくない方角だとされたとき、いったん別のところに泊まって、それから目的地へゆくという行為のことをいう。
「主は棺桶に片足を突っ込んでいるようなお方ではあれど、正二位であられる。魑魅魍魎の類も、そうそうは来ぬであろう」
「おう、それもそうだ。真偽はいかにせよ、今晩は月がきれいだ。かようときに、よもや来るまい」
そういって彼らは笑いあった。
果たして翌日に至るまで、何人もくることはなかった。
噂の真偽はさておき、いかに時代が下ろうと、彼らは、すぐそばにいる。
黒い霧が現れた時は、すぐに逃げるがよろしい。
この世には、知らずに済んだ方がいいことも、よくある。