殺人鬼プータロー ~私、今日から普通の殺人鬼になります!~
「えー、では受験番号37565EX-4642の、ジェイソ……失礼、ジョンソンさん」
「はいっ!」
「お元気ですね、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
こじんまりとした会議室――今は面接室だが――に響く2つの声。
温和そうな若い男性の物が主に質問を投げかけ、はりきった大きな声がそれに応えている。
石造りの部屋を壁と机上に置かれた燭台の光が照らしているが、あまり明るいとは言えない。
だが、文官用のゆったりとした制服を着た試験管の男にはその明るさで十分らしく、手元の書類を見るのに不自由はしていないようだ。
「えージョンソンさんは警備部を志望なさっている、という事ですが?」
「はい、自分の家系は初代が王様に認められて以来、代々その身体を活かして王様のために戦ってきました! 自分も両親から聞かされてきたその話に憧れており、王様のために戦える仕事をと思い警備部を志望しました!」
なるほど、と一つ頷き面接官は書類をめくった。
書類に記された内容を流し読み、質問内容をまとめているようだ。
一拍の間を置き、質問は続けられる。
「ジョンソンさんは27歳とのことですが、これまで就業経験はおありにならないそうですね。これはどう行った経緯からなのでしょうか」
「は、はい! そ、それにつきましては、資格欄の"乙種・殺人技能2級"の資格とも関連することなのですが」
聞かれたくなかったところを突かれ、ジョンソンの口調は乱れた。
が、面接官の落ち着いた相槌を受けるうちに多少は落ち着いたのか、ジョンソンの口調も落ち着きを取り戻していく。
「なる程、つまりジョンソンさんのご出身の村の掟により、今年まで就職活動が行えなかった、という事ですね?」
「はい、ですがその掟も王様に仕えるのに足る能力を持つ者を出すという当然の物と考えています。それに、自分の非才ゆえに今年までこうして就職活動を行う事こそできませんでしたがその分だけ自分はやる気に満ち溢れています! 長年、王様のために働きたいと考えてきた自分は意欲だけなら誰にも負けない自信があります!」
面接官は時に頷きながら、時に手元の書類を眺めながらジョンソンの話を聞いていた。
ジョンソンは初めての就職活動に多大な緊張を強いられていたが、必死に好印象を与えるように務めた。
面接はその後20分ほど続き、良い笑顔の面接官との握手を持って終了した。
それから13年。
40歳となったジョンソンはプータローをやっていた。
あの日、13年前の初めて面接で落とされたあの日以来、彼は温和な笑顔の男が大嫌いになっていた。あの笑顔は何だったんだ畜生!
王領のはずれにある村でPCを前にジョンソンはうなだれていた。
情報掲示板「いんびじぶる・すくーる」では王城勤務を勝ち取った勝ち組達の職場での苦労話が書き込まれている。
管理者である「十二人」の面々も何人か参加しているそのスレは大賑わいだった。
中でも「2世」というハンドルネームの管理者はジョンソンが憧れていた警備部勤務らしく、ハードな仕事内容を楽しそうに(ジョンソン主観)語っている。
「働きたいで御座る……拙者も働きたいで御座る……」
ジョンソンがいじけていると、ドアの外から母親の声が聞こえて来た。
無職40代の息子と言う良く言ってゴクツブシ、悪く言って社会の底辺なジョンソンだったが勤労意欲がないわけではなく、むしろ人一倍多い。
それでも働けない息子に、母は叱ることも出来ず微妙な距離感で接してきた。
日々募るストレスに疲れた様子の母親。ジョンソンはそんな母親を見るのが何より辛かった。
そんな母親を見るたび、今度こそ就職しなければと思った。
そんな毎日がもう10年以上続いていた。
母親の用事は簡単だった。
不採用の通達に落ち込んでいたジョンソンに、外に散歩に出て気分転換することを薦めただけ。
ジョンソンとしてはもう少しうなだれていたい気分だったが、それが不健康で非生産的なのは自覚していた。
それに、家にいて腫れ物を触るようにして自分に接する母親を見ているのも嫌だった。
気分転換。
確かに今の自分にはそれが必要だ。ジョンソンは一つうなずき気合いを入れると、母親へ了承の返事を返した。
森の中を散策するジョンソン。
深い森は危険に満ち溢れているが、それすらも地元民のジョンソンにとっては慣れたものだった。
意識することすらなく周囲に気を配り、危険を回避する。
気分転換とリラックスを兼ねた散歩をしながらでも、それらをこなすことは十分可能だった。
鍛え上げた肉体を駆使して岩から岩へ飛び移る。愛用の手斧で蔦植物を叩き斬る。
プータローとはいえ、警備部志望のジョンソンだ。その肉体は山野にあって平地を行くかのような安定感を生み出す。
ジョンソンはその身体能力だけであれば、代々王城の警備員を輩出してきた肉体派の村でも上位に位置するのだ。
「……悲鳴」
ジョンソンがそうして山林を駆け廻っていると、遠方から小さく声が聞こえて来た。
深い森の中とはいえ耳もいいジョンソンにとってすらぎりぎり聞こえる程度の声量。かなり距離が開いているようだ。
だがしかし、先程の声は確かにジョンソンの耳に届いていた。
声が聞こえたのは村とは逆方向、これまで移動した距離も考えると今日中に村に帰るのは難しいかもしれない。
逡巡は一瞬、ジョンソンは声の聞こえたほうへ駈け出した。
いや、より正確に表現しよう。
ジョンソンはその筋肉を爆発したかのように膨れ上がらせ、次いで今度は文字通りに足元の地面を爆発させ、そして最後に弾丸のように飛び出した。
巨大な砲弾と化したジョンソンが木々の間を縫って飛ぶ。
手斧を、四肢を進路上の大樹へと叩きつけて加速と進行方向の調整を行う。
常人には視認すら困難な飛翔だ。
そんな慮外の速度でも、ジョンソンが悲鳴の出所に至るまでには十数分を要した。
樹上に降り立ったジョンソンが目にしたのは死屍累々の惨状だった。
森の切れ間、崖とそこにかけられた橋の傍に幾人もの人間だったモノが転がっている。
鎧を着込んだ兵士達は皆必死に戦ったのだろう。全員がぼろぼろな有様で事切れており、同じくぼろぼろだった橋は赤い色に染まっていた。
ジョンソンは彼らの遺体を一所に集め、鎧を脱がせてから埋葬することにした。
彼らとジョンソンでは住む国も人種も違うが、死ねば同じ血肉の塊に過ぎない。
生前がいかなるものであったとしても、死した肉は慰撫しその御霊を鎮魂しなければならない。
それも、ジョンソンの住む村での掟の一つだった。
鎧は本来なら遺族へと届け、形見とするべきなのだろうがあいにくとそこまでは出来ない。
ジョンソンには人肉食の趣味もなかったから埋葬を持って鎮魂とし、鎧に関しては村で再利用させてもらう事にした。
と、そんな事を考えながら作業しているたジョンソンだったが崖の下に馬車を見つけた。
なかなか上等そうな馬車ではあったが流石に崖から落ちてはただでは済まなかったのか大破している。
兵士達の争った様子、崖の下に転落している馬車。
恐らくは、この兵士達はあの馬車の護衛だったのだろう。そして何者かの襲撃を受けて兵士達は全滅、馬車もがけ下へ転落した。
襲撃者が何者かは分からないが、場の荒れ様から察するに同じ人間だろう。
彼らと同じ兵士だったのか、傭兵と呼ばれるような集団だったのか、あまりそのあたりには詳しくないジョンソンには予想できなかった。
いずれにせよ、下の馬車の中にも乗員の遺体がある可能性は高い。
ジョンソンの村の掟は死者を悼むよう命じているが、それは自分を危険にさらしてまで行うものではない。
ないが、あいにくとジョンソンにとってこの崖を下る程度であればそこまで危険でも困難でもなかった。
「仕方ない……か」
ため息をひとつ、ジョンソンは崖を下りはじめた。
結論から言えば、ジョンソンは崖を下る判断を神々と王と偉大なる創始者であり先祖である祖霊に感謝した。
馬車は大破していたが、よほど上等で頑丈であったのか中にある遺体は原形をとどめていた。
数は3つ。皆、上等な服を着ていることからなかなかの身分にあったのだろう。
ジョンソンは馬車の残骸を脇へと除けながら、遺体を回収していた。
と、3つの遺体に守られるようにしてもう1つ、小さな子供がいた。
更に、どのような幸運なのかその子供はまだ息があったのだ。
頑丈な馬車と三人の挺身、その努力がその子供の命を守るという奇跡を生み出したのだろう。
涙もろいところのあるジョンソンは思わず感動してしまっていたがそのような場合ではなかった。
子供にまだ息があったのは確かだが、息は息でも虫の息と言うやつで大変危険な状況だった。
もし、ここにいたのがジョンソン以外であればその子供は死んでいただろう。
ジョンソンは子供を地面へと横たわらせた。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
右手には愛用の手斧。ゆったりとした呼吸は集中力を極限まで高める。
ジョンソンはいっそゆっくりと言えるような柔らかさで手斧を振り上げる。
神速。
ジョンソンは全力を持って子供の首へと手斧を振り下ろした。
ジョンソンは無職だ。俗に言うプータロウーと呼ばれる存在だ。
その語源は俗語だけあっていまいちはっきりとせず、その意味も曖昧な定義しか存在しない。
が、ここでは“働く意志はあるものの、職を得る事が出来ず、無職でいる者”としよう。
そんなプータローへとジョンソンが陥ってしまったのにはいくつかの理由が存在する。
一つ、ジョンソンの生まれた村には王城へと働きに出るには"乙種・殺人技能2級"以上の資格を取らなければならないという掟があった。
かつては村の若者が受ける試練に合格したもの、という掟だったのだが王領認定の資格が充実しだしてからはその資格が利用されるようになった。
要は、一定以上の能力が必要とされたのだ。
一つ、王領には職が少ない。
疲れを知らず、数も多い機械兵達の働きによって王領では仕事が非常に少ない。
最も元々人口の少ない王領、それでも働き口の数は十分ではあったのだが流石に慈善事業でヒトを雇う程の余裕はない。
一つ、ジョンソンの才能はまったく必要とされないそれであった。
最後にして最大の理由、それこそがジョンソンの才能だ。
それは月と夜の神による最大級の加護であり、呪いであり、欠陥だった。
振り下ろされた手斧が子供の首に食い込む。
皮を肉を筋を神経を血管を骨を、それら全てをあたかも剃刀のようになめらかさで断ち切る手斧。
あまりの速度ゆえにその質量と分厚さすらも無視できるほどの一太刀。
大地が爆ぜた。
最高の一撃による衝撃で小さなクレーターが生まれる。
そのクレーターの中心、先程まで子供が横たわっていた位置で一つの奇跡が行使されていた。
蘇生
それは神の奇跡と呼ばれる。
それは最高の祝福と呼ばれる。
それは聖なる御技と呼ばれる。
断ち切られた首の断面から蒼い燐光が溢れている。光は血の滴のように体を伝い、やがて子供の全身を覆う。
徐々に子供の傷ついた身体が癒され、骨肉が繋がり、精気が戻っていく。
最後に断たれた首がつながり、ぼろぼろの服と首筋のかすかな痣を残して無傷の子供の姿がそこに残った。
ジョンソンは殺しが出来ない。
正確には彼が殺した者は皆生き返る。
死人をバラバラにすることも、生者を痛めつける事も出来る。しかしトドメをさすことだけが出来ない。
夜と月の神の加護を一身に受けた彼は、この世における最大の癒し手だ。
ゆえに彼の手によって生が失われる事はなく。
彼によって首を落とされた者は完全なる健康体となり蘇生する。
もし、もしジョンソンが人間だったなら!
もし、もしジョンソンが魔王領に生まれていなかったなら!
もし……そう、もしジョンソンが殺人鬼という種族でなかったなら!
彼は聖者と、英雄と、神の使いとさえ呼ばれ得たかもしれない。
しかし、悲しいかな。
ジョンソンは魔物であり、殺人鬼であり、プータローであった。
そう、ゆえに彼はこう呼ばれるのだ「殺人鬼プータロー」と。
コレは、そんな殺人鬼プータローが脱プーを目指し、就職せんと明日へと邁進する話である。
続かない!
・殺人鬼
魔王領の片隅にある村に住む魔物の一種。
強靭な肉体と斧使い界のスーパースターと呼ばれる巧みな手斧捌きを持つ一族。
だがその何よりの特徴は、名前の由来ともなった殺人技能の高さである。
人間という種族を殺傷せしめるのに特化した戦闘技術を持ち、まさしく人間種の天敵。人間の筋肉や骨格などから動きを先読みし、最小の負担で最大の効率を持って人間の生命活動を停止させる。
この、殺人鬼族の戦闘技能は"乙種・殺人技能"として魔王領公認の資格として登録されている。
また、殺人鬼の村の者が魔王城へと就職するためには、この"乙種・殺人技能"において2級以上の能力が必要。
・子供
女勇者さん9歳。
精霊の託宣を受けて勇者となった少女。類稀なる戦闘センスと魔法の才能を持ち、齢9つにして人間界でも屈指の実力を持つが運は最高に悪い。
勇者さんを観察していた魔王さんも正直引くくらいに運がない。神様が与える加護を間違えたとしか思えない…。
馬車で移動中にお昼寝をしていたらいつの間にか襲撃されていて、いつの間にか死にそうになっていて、いつの間にか殺人鬼プータローに首をはねられていた。
が、無事蘇生。殺人鬼プータローをスカウトする。
将来は男装の麗人へと成長しハーレムを形成してしまう(予定)。




