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遺失物係の神様

掲載日:2026/10/26

世界を創った? で、所有権は?⚖️


……そんな法律オタクの屁理屈で、神様を交番に放り込んでみました。笑


ちょっと不条理な法律コメディです。


肩の力を抜いて、お楽しみください。



 午後三時四十二分。




 神様が交番にやってきた。


「すみません。落とし物をしたのですが」


「はい。どういったものですか?」


「世界です」


 巡査の佐藤は、ボールペンを止めた。


「……世界、ですか?」


「ええ。世界です」


 佐藤は改めて相手の顔を確認した。


 白髪の老人だった。白いシャツにベージュのカーディガン、紺色のスラックス。足元には、ずいぶん履き古した革靴を合わせている。


 どこからどう見ても、普通のおじいさんである。


「地球儀のようなものでしょうか?」


「いえ、あなた方が住んでいる、この世界です」


「……宇宙そのもの、ということでしょうか」


「そうです。話が早くて助かります」


 老人は嬉しそうに頷いた。


 佐藤は遺失届の用紙を脇へ寄せ、相談用のメモ帳を開いた。話が早いかどうかはともかく、少々長い相談になりそうだった。


 ◇  ◇  ◇


「まず、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


「神です」


「苗字は?」


「ありません。創造主などと呼ばれていたことはありますが」


 佐藤は『創造主(自称)』と記入した。名前として適切かどうかはともかく、空欄にしておくよりはよいだろう。


「それで、その世界を作られたのは、いつ頃でしょうか」


「そうですねえ。百三十八億年ほど前でしょうか」


「ずいぶん前ですね。では、落とされたのは?」


「それが、気がついたときには、もう私の手を離れていたようでして」


 紛失した時期は分からないらしい。佐藤は続けて場所についても尋ねたが、老人によれば、世界の外にはそもそも場所という概念が存在しないのだという。


 それでは記入のしようがない。


 佐藤は『紛失日時・場所ともに不明』と書き添えた。


「ちなみに、その世界には何か特徴がありますか?」


「生命がいます。動物も植物も、それはもう、たくさん」


「人間も?」


「もちろんです。ずいぶん増えましたよ」


 佐藤は腕を組んだ。


「それは困りましたね」


「やはり、難しいでしょうか」


「ええ。少なくとも、人間を遺失物として取り扱うことはできません。人間は物ではありませんから」


 老人は、ぽかんとした。


「……世界の一部ではあるでしょう?」


「そうですが、そこは分けて考える必要があります」


「なかなか面倒なのですねえ」


 老人は少しだけ口を尖らせた。


 ◇  ◇  ◇


「では、世界そのものはどうでしょう」


「そこなんですが、念のため確認させてください。世界のどこまでを、ご自分の所有物だとお考えですか?」


「もちろん、全部です。私が作ったのですから」


「星も、海も、誰かが暮らしている土地も?」


「ええ。何もかも」


 佐藤はメモ帳から顔を上げた。


「作ったということと、所有しているということは、必ずしも同じではありません。これだけのお話では、何が誰のものなのか、判断するのは難しいですね」


「自分で作った世界についてまで、そんな確認が必要なのですか?」


「相談を受ける以上は」


 老人は感心したような、呆れたような顔をした。


「ずいぶんと融通の利かないところなのですねえ」


「申し訳ありません。ただ、もう一つ確認したいことがありまして」


 佐藤は少し身を乗り出した。


「そもそも、世界を落としたというのは、どういう状態なんでしょうか」


 老人はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。


「……言うことを聞かなくなったのです」


「と、おっしゃいますと?」


「昔はよかったのです。光を生み、星々を巡らせ、何もかも私の思いどおりでした。実に素直な世界だったのですよ」


「それは便利ですね」


「ところが、あるときから住人たちが勝手なことを始めましてね。私の名を使って争ったり、人を殺したり、挙げ句の果てには私の存在まで否定し始めたのです」


 老人は膝の上で両手を組み、寂しそうに俯いた。


「せっかく作ってあげたというのに、まったく困ったものです」


 佐藤は話の内容をメモしながら、少し考えた。


「失礼ですが、住人の方々には、最初に何か説明をされたんですか?」


「説明?」


「例えば、この世界ではあなたの指示に従う必要がある、といったことです」


「そんなものは必要ありません。私は神なのですから」


「そうですか。では、何か約束をされたわけでもないんですね」


「もちろんです。私が命じれば、それで十分だったのですから」


 佐藤はメモ帳に『指示に従う義務の根拠について確認できず』と記入した。


「……何を書いたのです?」


「いえ、こちらの話です」


 老人は不満そうだったが、それ以上は追及しなかった。


「それで、世界は返していただけるのでしょうか」


「返す、とおっしゃいますと?」


「元どおり、私の言うことを聞くようにしてほしいのです」


 そこで佐藤は、ようやく相談の趣旨を理解した。


「ああ。つまり、世界そのものは今もそこにあって、住人の方々が思いどおりにならない、ということですね」


「ええ。まったく、困ったものですよ」


「それでしたら、遺失物として扱うのは難しいですね。お困りなのは世界が見つからないことではなく、住人の方々との関係ですから」


 老人は目を丸くした。


「……では、どうすればよいのでしょう」


「まずは、ご本人たちとお話し合いをされてはいかがですか」


「話し合い?」


「相手のあることですので、何を考えているのか、聞いてみるのがよいと思います」


 老人は心底驚いた様子で佐藤を見つめた。


「私が、彼らの話を聞くのですか?」


「ええ。少なくとも、こちらで代わりにお話しすることはできませんから」


「しかし、私は世界の創造主なのですよ」


「それは先ほど伺いました」


 佐藤は穏やかに微笑んだ。


「ですが、創造主だからといって、住人の方々が何を考えているかまで分かるとは限りませんよね」


 老人は何か言いかけたものの、結局、黙り込んでしまった。


 ◇  ◇  ◇


 午後四時二十三分。


 老人は、すっかり肩を落としていた。


「誰かにお願いするなど、考えたこともありませんでした」


「慣れないことかもしれませんが、まずは話を聞くところから始めてみてはいかがでしょう」


「お願い、ですか。命令ではなく?」


「命令できるかどうかについては、ここでは判断できませんので」


 佐藤がそう答えると、老人はまた考え込んだ。


 その間に佐藤は机の上の書類を整理し、交通安全のチラシと地域の防犯マップを片づけた。残っているのは、昨日提出するはずだった勤務報告書である。


 相談に来た老人の悩みも深刻そうだが、こちらにはこちらの事情がある。何しろ、今日中に報告書を提出しなければ、また上司に叱られてしまう。


「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」


 老人が口を開いた。


「あなたは、神を信じていますか?」


 佐藤は少しだけ困った顔をした。


「個人的な信仰については、職務と関係がありませんので」


「そこを何とか」


 どうにも引き下がりそうにない。


 佐藤は返答を考えながら、ふと窓の外に目を向けた。


 横断歩道では、小学生が二人、信号が変わるのを待っていた。やがて青信号になると、二人は元気よく走り出したが、途中で一人が転んでしまった。


 先を走っていた子供はすぐに気づき、慌てて引き返した。差し出された手を取って転んだ子供が立ち上がると、二人は顔を見合わせて笑い、また並んで歩き始めた。


「神様がいるかどうかは、私には分かりません」


 佐藤は窓の外を見たまま答えた。


「ただ、あの子たちは、神様に言われなくても助け合っているようですね」


 老人も窓の外に目を向けた。


 二人の子供は、今度は走らず、何やら楽しそうに話しながら歩いていく。


「……そうですねえ。私が教えたわけでもないのに」


「そうなんですか?」


「ええ。あんなことをするように命じた覚えはありません」


 老人はしばらくその光景を眺めていたが、やがて、ふっと表情を緩めた。


「勝手なものですねえ。でも、悪くない」


 佐藤は微笑み、老人の邪魔をしないよう、静かに書類へ目を戻した。


 ◇  ◇  ◇


 午後四時四十六分。


「お世話になりました」


 老人は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「いえ、大したことはできませんでしたが」


「いいえ。ずいぶんと勉強になりました」


 交番の扉に手をかけたところで、老人はふと思い出したように振り返った。


「そういえば、あなたのお名前を伺っていませんでしたね」


「佐藤です」


「佐藤さん。あなたのような方がいる世界なら、しばらく放っておいても大丈夫かもしれません」


 佐藤は苦笑した。


「それはどうでしょう。私なんか、昨日も上司に怒られたばかりですから」


「ほう。何をしたのです?」


「報告書の提出が遅れまして」


 老人は声を上げて笑った。


「それは大変だ。私にできることはありますか?」


「さすがの神様でも、上司をどうにかするのは難しいでしょうね」


「なるほど。上司というものは、なかなか厄介なのですね」


 二人は顔を見合わせ、ひとしきり笑った。


 やがて老人が交番を出ていくと、開いた扉から柔らかな西日が差し込み、机の上の書類を淡く照らした。


 穏やかな、秋の午後だった。


 ◇  ◇  ◇


 午後五時。


 佐藤は相談記録をまとめていた。


 氏名、創造主。年齢は不詳で、相談内容は世界の紛失。


 そこまで書いたところで、佐藤は少し迷った。今日の相談を遺失物として扱うのは、やはり無理がある。老人が困っていたのは、世界が見つからないことではなかった。


 佐藤は相談内容を書き直した。


『自己が創造したと主張する世界について、管理・支配が及ばなくなった旨の相談』


 対応結果についても、遺失物としての取扱いが困難である旨を説明し、関係者との対話を勧めたこと、本人が納得して帰ったことを簡潔に記載した。


 これなら上司にも説明できるだろう。


 佐藤がひとまず安堵したところで、交番の電話が鳴った。


「はい、中央駅前交番、佐藤です」


『あ、佐藤君? 署の田中だけど』


「お疲れさまです」


『ちょっと聞きたいんだけど、さっきそっちに変なおじいさんが来なかった?』


 佐藤は思わず背筋を伸ばした。


「……来ましたが、何かありましたか?」


『いや、うちにも来たんだよ。ずいぶん嬉しそうにしててさ』


 嫌な予感がした。


「何か、おっしゃっていましたか?」


『今度は新しい世界を作ろうと思うんですが、って相談されてね』


「……それで?」


『住民の同意って、どう取ればいいんですかね、だって』


 佐藤は天井を仰いだ。相談の趣旨は理解できたものの、今度ばかりは何を案内すればよいのか、さっぱり分からない。


「……それは、交番の管轄ではありませんね」


 電話の向こうで、田中が吹き出した。


 佐藤もつられて笑ったが、すぐに机の上の報告書が目に入った。昨日提出するはずだった書類には、赤い付箋が貼られている。


『本日中に必ず提出すること。田中』


 佐藤はため息をつき、再びボールペンを握った。


 神様は新しい世界を作るらしいが、こちらの仕事は一向に終わらない。


 窓の外では一番星が輝き始め、世界は今日も、誰の許可も取らずに回っていた。


――了。



神様相手に所有権を確認するなんて、我ながらずいぶんひどい話を書きました。笑


でも、創ったものが思いどおりにならなくなったとき、それは本当に「失った」ことになるのでしょうか。


誰かの手を離れたからこそ、生まれるものもある。


もしかすると、神様が落としたと思っていたものは、最初から落とし物ではなかったのかもしれません。


そんなことを考えながら。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。⚖️

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