温泉の色んな客
温泉の受付にいると、色んなお客さんがいらっしゃる。
「ーこんにちは。いらっしゃいませ」
私が挨拶すると、入って来た30代くらいの女性が、少し恥ずかしそうに言ってくる。
「入館料、全部、十円玉でお支払いしてもいいかしら?」
「はい」
私は戸惑いもなく、普通に答える。
お金はお金。
ちゃんと払ってくれるなら、何でもOKだった。
「えっと、これなんだけど」
どさりと出され、私は1枚ずつ並べていく。
女性は気が気ではないのか、少しおどおどして見える。
「…59、60。600円ちょうどありますね」
私がリラックスさせようとにこやかに言うと、女性はやっと安堵の息を吐き出し、頭を下げてくる、
「じゃあ、お風呂の入ります」
「ごゆっくりどうぞ。それと貴重品がございましたら、ロッカーをお使いください」
受付の横にあるロッカーを手で示すと、女性はうなずき、廊下を歩いて行く。
私はレジに十円玉をしまうと、ふと笑う。
ー今のお客さん、なかなか面白がったな。
全部十円玉で払ってくれる客なんて、初めてだった。
私は着ている作務衣の腰紐を直し、次のお客さんの相手をする。
「おう、来たぞ」
常連さんがやって来て、私は「いらっしゃいませ」と挨拶する。
「これ、お前にやる」
「何でしょうか?」
差し出されたのは、ボンタン飴で、懐かしいものだった。
お客さんの年は70代くらい。
私はどうしようと思い、聞く。
「もらっていいんですか?」
「嫌なのかよ?」
睨まれたが、別に嫌いなタイプではないので、普通に対応する。
「いいえ、いただきます」
ボンタン飴を大事そうに手にすると、後で食べようと、作務衣の前にしたエプロンのポケットに入れる。
「ありがとうございます」
「おう。味わって食え」
ガハハと笑うと、お客さんはお風呂に向かっていく。
しばらくして番頭さんがやって来て、
「お風呂のチェックしてきて」
「はい、分かりました」
私は長靴を手にすると、女性の風呂に向かう。
秋になり、涼しくなったからか、お客さんはまばらだった。
トンボが飛んでおり、秋の風景を一段と染めていく。
「失礼いたします」
私は一声かけると、長靴を風呂場で履き、椅子と桶のチェックをする。椅子を鏡の前に直し、桶を椅子に斜めがけする。
それから内湯と外湯に行くと、トイレの中も確認する。
ティッシュペーパーがあるか、便座は汚れていないか、チェックするのだった。
それから洗面台を見、髪の毛が落ちていないか、汚れていないか、確認してから、受付へ戻る。
「チェックに行って来ました」
「はい。次は俺が行ってくる」
交代に行くことになり、私はバックヤードに長靴を戻す。
受付の下の引き出しに隠した水筒を出し、一口飲むと、ほっと息を吐き出す。
受付にいるだけが、仕事ではないのだ。
「こんにちは」
またお客さんがいらっしゃって、私は挨拶する。
やはり常連さんで、お花が好きな男性だった。年は50代だろうか。
「これ、持ってきたから見て」
カタログを渡され、私は静かに受け取る。
どうやらお花の種のカタログらしく、「へえ…」と興味深そうに見る。
「後でゆっくり見せていただきますね」
「はい。じゃあ僕はお風呂に」
「ゆっくりしてくださいね」
カタログを水筒の側に隠すと、番頭さんがやって来た。
「電話か何かあった?」
「いいえ、何も。ただ常連さんがこれを」
もらったボンタン飴を出し、番頭さんに見せる。
番頭さんは50代くらいで、「懐かしい」と呟く。
「今、1ついただきましょうか。暇ですし」
「いいの?」
「いいんですよ。すぐに溶けますから」
ボンタン飴の封を切ると、オブラートに包まれた四角の柔らかな飴が出てくる。
私は1つ摘むと、番頭さんに差し出し、口に含む。
「あー、このなめらかさ!! オブラートも美味しいんですよね」
「そうだね。うん、美味しい」
そう言うと、番頭さんは事務室に入っていく。
私はボンタン飴をポケットに入れると、お客さんに、にこやかに言う。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
温泉は今日も色んなお客さんで、賑わっていた。




