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終わりのない夢

作者: さゆさん
掲載日:2026/03/10

第一便 初めてのひとり飲み


わたしの名前は日比野麻土香ひびのまどか25歳

千葉県の船橋で23歳まで実家暮らしをしていたけれど2つ下の妹麻衣香まいかとの小さな喧嘩が日々絶えなくて東京の吉祥寺で一人暮らしをしている。

実家には両親と妹が今も一緒に住んでいて仲良くやっているみたい。

吉祥寺で一人暮らしを始めたのは職場からそう遠くないことと憧れの吉祥寺に住みたかったから。

職場は東中野で旅行手配業務の仕事をしている。仕事はそれなりに頑張っていると思う。

かといって夢や目標も特になく、今は彼氏もいない。

たまに両親から「彼氏はいるの?」「いい年齢になってきたから」と言われるけれど適当にスルーしている。「いい年齢って何?」と言われる度に思っている。


今日は11月21日金曜日、仕事も定時で終わりなんとなくだけど「ひとり飲み」というものをしたくなって職場近くの居酒屋に行った。初めてのひとり飲み、なんだかドキドキする。

お店は行き当たりばったりで決めた隠れ家的なおでん酒場「田田でんでん

おひとり様でも全然気にしなくて入れるいい感じのお店。金曜日の夜だから賑わっている。

職場で嫌なことがあったわけでもなく、嬉しいことがあったわけでもない。

お酒も強くも弱くもないわたし。

平凡な毎日、平凡な自分、もしかしたら日本一平凡な人生を送っているのかもしれない。

最近はひとりが好きからひとりが楽にもなってきている。

先週まで11月とは思えないくらい暑かったけれど今夜はひんやりしていて熱々のおでんと日本酒が体に染みる。

日本酒を飲んでいるわたしは少し大人になったような気がした。

会社仲間やカップル、友人同士、わたしみたいにひとりで来ているお客さんを見ながらいい感じでほろ酔い気分になった。

なんやかんやで2時間近くお店に居た。

お腹も心も満たされ平凡でもいいのかもしれない、平凡がいい、そう思えてきた。

明日、明後日は休みでいつもは電車通勤だけどバスで帰ってみようかなとふと思って。

中野駅から吉祥寺行のバスが21時11分発で52分には着くからたまにはバスもいいよねと思い何年振りかにバスに乗った。


第二便 寝過ごしたバス


バスは時間通りに出発した。ほろ酔い気分のわたしは席に着くなり眠ってしまった。

想定内だった。眠っても終点は吉祥寺駅だから大丈夫。

「お客さん、お客さん、終点ですよ」運転手の声で目が覚めた。

やっぱり眠ってしまった。「すみません、降ります」「え!?ここって・・吉祥寺駅ではない」

「運転手さん、ここは・・」

「終点の八王子駅です!」え!?待って八王子駅に行くバスには乗っていないし、終点は吉祥寺駅なはず。

暫くバスに乗っていないから間違えたのか?八王子駅まで直に行くバスは無いはず、頭の中が混乱し始めた。

「とにかく降りてください。吉祥寺駅に帰るなら始発の5時4分のバスに乗ってください」と半ば怒られるように言われ指定される料金を支払ってバスを降りた。

酔いもすっかり冷め寒さが身に染みる。ほんのり明かるクリスマスイルミネーションが寂しく心に突き刺さる。

せっかくいい気分になっていたのに心が萎える。八王子駅の時計は22時40分。

ただただ寒い・・電車なら在るはずとその時だった。目の前にバスが止まった。

「吉祥寺駅行」と表示されている。

なんてラッキーなの!さっきの運転手は始発まで無いって言っていたのにあるじゃん!

意地悪でわざと言った?よし、これに乗ったら帰れる。

わたしは「吉祥寺駅行」のバスに乗り念の為にと思い運転手に「このバス、吉祥寺駅まで行きますよね」と聞いた。

運転手はわたしの顔を見ることもなく小さく頷いた。

とにかくもう寝ないぞ!多分30分位で吉祥寺駅に着くはず。日付が変わるまでには帰れそう。

やっぱ夜だから暗いな、八王子の方ってこんなに田舎だったけ?と思う位暗く感じた。

もう着くはずなのに・・・

30分以上経っているように感じた。道も全く混んでいないのに吉祥寺駅になかなか着かない。

バスが止まった。着いた?

その時、ひとりの30代位の男性がバスに乗ってきた。

良かった、この人も吉祥寺の方に帰るのだ。少しほっとした。

男性は一番後ろの席に座った。「あのぉ・・吉祥寺の方に行かれるんですよね」と聞いてみた。

男性は何も言わず窓から外の方を見ていた。

無視かい、まぁいいか、今何時かな?その時初めてスマホを見た。

え!?圏外、どういうこと!!

なんだか怖くなってきた。どう考えてもこのバスは吉祥寺駅に向かって走っていない。

もしかして・・・


第三便 夢だと信じよう


わたしが眠っている間に八王子まで連れて行かれて、最初の運転手も後部座席の男性も皆グルでどこか山奥に連れて行かれるのだわ。そしてわたしは殺されるかもしれない。

それかこのバスで連れ回されわたしはもう家にも帰れない、仕事にも行けない、誰にも会うことが出来なくなるのだわ。

こんな悲しい最期を迎えたくない!平凡過ぎて嘆いていた時もあったけれど平凡な毎日に帰りたい。

吉祥寺に帰りたい。家族の顔が真っ先に浮かんできた。

お父さん、お母さんこんな最期になって本当にごめんなさい。

25年間育ててくれて本当にありがとう。いつも妹と喧嘩ばかりしていたけどわたしの愚痴を聞いてくれてありがとう。

味方になってくれてありがとう。

結婚もせず、親孝行もせずに終わってしまうね。

麻衣香、こんなお姉ちゃんでごめん。年も近かったから毎日喧嘩ばかりしていたね。

麻衣香のことほんとは好きだった。可愛かった。でも素直になれなかった。

本当にごめん。

最後に一緒にご飯食べたかった。

涙が止まらない。

職場の先輩や同僚、高校の時から仲良くしてくれたあゆむ、しずく、雪乃ゆきのしゅんくんみんなありがとう。

最近はみんな忙しくて会っていないけれどまた一緒に遊びたかった。

25年間みんな本当にありがとう。最期の遺書も書けずにお別れだね・・・

後悔しかないわたしは静かに沢山泣いた。沢山、沢山泣いた。

ふと我に返ってこれは夢なのかのかもしれない。そうよ、現実ではこんなことありえない。

そうだ、わたしは夢をまだ見ていて夢の中の出来事だからこんなに悲しまなくていいのだ。

そう思うことにしよう。

夢だと信じよう。


第四便 扉が開いた


バスは同じ速度でどんどん山奥の中に入っていくように感じた。スマホも圏外で何も分からない。

どこを走っているのか今何時なのかも。

本当に夜が明けるのか、わたしはどうなるのか。

その時、扉が開いた。男性が降りるの?誰かがまた乗ってくるの?わたしがここで降ろされて山奥に連れて行かれるの?

色々なことが浮かんだがもうここは降りるしかない。

もうどうなってもいい、とにかく逃げよう。追ってこられても後ろは絶対に振り向かない。

夢だからきっと怖くないし、痛くもない、心も体も。

わたしはひたすら走った。そして逃げた。無我夢中で走った。

運動は得意でも苦手でもない。走るのも早くも遅くもない。やっぱりわたしは平凡だ。

きっと誰かが助けてくれる。見つけてくれる。夢と現実の狭間にいるような感覚で体がおかしい。

でも走れる。灯りを見つけよう、そんな思いでひたすら走り続けた。

バスが追いかけてくるような感覚はなかった。助かるかもしれない。

山を下っていっているような気がした。その時ひとすじの灯りが見えた。

助かる。その灯りに向かって走った。

山小屋のような小さな家が目の前に現れた。

あーやっと助かる。


第五便 夜が明けた


山小屋のような小さな家の扉をわたしは何度も叩いた。

「すみません!すみません!」手が痛くなる位叩いた。

すると70代位のおばあさんが出てきた。「突然こんな真夜中にごめんさい、道に迷ってしまって・・」

おばあさんは特別驚く様子もなく「寒いべ、はいらんせ」と言ってくれた。

「腹減ったろ、団子汁食わっせ」おばあさんはわたしに何も聞かずに団子汁を温めてくれた。

ここはいったいどこなんだろう、「あのぉ・・」とおばあさんに話かけようとすると「ほら食わっせ、食わっせ」「はい、ありがとうございます。いただきます」走って走って走りまくったからお腹もかなりすいていた。

おばあさんの団子汁がこの世で一番美味しい食べ物のように感じた。

「おかわりするべ?」「は、はい!おばあさん美味しいです!本当に美味しいです!温まります!」

食べ終わってからおばあさんにバスでの出来事をゆっくり話そうと思った。

途端に物凄い睡魔がわたしを襲ってきた。

かなり疲れてる、疲労は限界をとっくに超えていた。

今にも目が閉じそうなわたしにおばあさんは「寝てらっせい」と言ってくれて毛布を掛けてくれた。

おばあさんありがとう、おばあさん優しい、おばあさんの方言・・どこなんだろう・・・と心の中で思った後 わたしは深い眠りについた。

どのくらい眠っただろう・・・ゆっくりと薄目を開けて起き上がろうとした瞬間信じられない光景が目の前に現れた。

丸い小さなちゃぶ台にあのバスの運転手と30代位の男性がわたしに出してくれた団子汁を食べている。

え!?家族なの!?何?おばあさんもグルなの!?信じられない、ほんとうに殺される。

わたしは直ぐに立ち上がり「おばあさん、ありがとうございました!」とだけ言って外に出た。

しっかり食べてしっかり寝たおかげで物凄いパワーが出ているのを感じた。

まだ走れる、きっとエンドレスで追いかけてくるだろうし逃れることは出来ないかもしれないけれどわたしは まだ死にたくない。負けたくない。不思議と恐怖心より生きる力が勝っていた。

走ろう、走ろう、夜はきっと明ける。

わたしはずっと夢と現実の狭間にいた。

そしてやっと夜が明けた。


第六便 夢から覚めた


夜が明け、夢から覚めたような感覚を体に感じた。

明るい!眩しい!わたしは生きている!

現実に戻ったのだ。やっと夢から覚めたのだ。ここは・・・いったいどこなんだろう・・・

普通に車が走っている。平日の朝のような光景だ。今日は何日?何曜日?今、何時?

あ、トイレに行きたい!そうだ、わたしはトイレに一度も行っていないことに気づいた。

コンビニがきっと近くにあるはずだ。

コンビニは少し歩くと直ぐに見つかった。

「栃木岩船町静店」(とちぎいわふねまちしずかてん)

わたしが今どこに居るのかやっと理解した。わたしは今、なんと栃木県に居るのだ。

でも、なんで、全く分からない。

東京じゃない、まだ夢の途中なの?トイレをコンビニで済ませわたしはコンビニの外に出た。

どうやって帰ろう・・スマホの電源は予想通り0%になっていた。

時計は10時20分を指していた。

コンビニので駐車場で1回冷静になろうと思い思考をリセットしようと思ったら1台の車が入ってきた。

目を疑った。バスの運転手と30代位の男性だ!!

どこまで追いかけてくるの、いや、間違いなくあの二人だがなんだかニコニコしている。

夢の中の二人とは全く別人のようだ。目が合ってしまった。

恐る恐るわたしから話かけた。

「あのぉ・・すみません。ここから東京の吉祥寺駅までどのようにしたら帰れますか?」と聞いてみた。30代位の男性が「今から東京の方に帰るから良かったら乗って行く?」と爽やかな笑顔で言ってくれた。 運転手も「汚い車だけどどうぞ、どうぞ」と言ってくれた。

怪しいとか危ないとか疑うよりとにかく帰りたかった。

二人はおにぎりと飲みものを買いわたしにも温かいお茶を買ってくれた。

わたしは「本当にすみません、助かります。お礼はしますからお願いします」と言い後ろの座席に座った。

「お二人は親子ですか?」とわたしは直ぐに尋ねた。

「仕事仲間だよ、福島に仕事で行ってその帰り」すると運転手の方が「寒いべ、飲まんしょ」と言てくれた。

どこかで聞いたことのあるような方言だ。「お二人は東京の方ですか?」と尋ねると「わしは福島」と運転手が答えた。福島・・もしかしたらあのおばあさんも同じような話方をしていたような・・

わたしは福島まで行っていたの?おばあさんと運転手は親子?

頭が混乱するから一旦考えるのを止めようと思った。

一番聞きたかったことは、今日何日で何曜日か。

「今日?25日の火曜日だよ」25日の火曜日!?

わたしは5日間も夢の中をさ迷っていたのだ。恐ろしくなってきた。

「スマホの充電とかできますか?」と聞くと「いいよ、いいよ」とさせてくれた。

二人は特別わたしに色々聞いてくるわけでもなく、仕事の話やゴルフの話などをしていた。

スマホがやっとほんとにやっと起動した。

驚くほどラインや着信が入っていた。怖くなった。

「まどか、会社の人から連絡があって。2日間無断欠勤しているって、何かあった?大丈夫なの?」

「おねえちゃん、何かあった?電話かけてもかからないよ」

「まどかさん、電源が入っていないようで心配しています」

「まどか、妹さんから連絡あって家の方に行ったけど鍵もかかっていて、事件や事故に巻き込まれていたらどうしようと思って・・凄く心配だよ。警察に相談しようと思っている」

途中で読むのを止めた。こんなに大事になっているなんて・・・

帰ったらどうやって話そう、どうやって説明したらいいの。

わたしは思わず電源を切ってしまった。

車はお昼過ぎに無事に吉祥寺駅に着きちゃんと送ってくれた。

夢とは全然違って感じの良い二人に何度もお礼を言い、財布の中に残っていた3,000円を渡した。いらないと何度も言われたけれど高速代とガソリン代として受け取って下さいと言って渡した。


第七便 吉祥寺駅


やっと吉祥寺駅に着いた。懐かしい。

いつもの光景、平凡な日々がまた始まる。

疲れた、本当に疲れた。お風呂に早く入りたい。自分のベッドで寝たい。

吉祥寺駅から家までは徒歩10分なのに体が重たい。

もう家は直ぐなのに感じたことのないだるさが襲ってくる

少しベンチで座ってから帰ろう。

スマホの電源を入れた。またラインが増えている。

既読になったことで大騒ぎされているのだ。もう嫌だ。面倒くさい。

説明なんかできない。

また電源を切ってしまった。

すると目の前にバスが止まった。

またあの運転手だ。後ろの席には30代位の男性が座っているのが見えた。

吉祥寺駅まで送ってくれた二人とはまた違うけれど無表情とかではない。

もうどうでもいい。どうにでもなれ。

扉が開いた。

わたしはためらうこともなくまたバスに乗った。


終わりのない夢・・・なのかもしれない。


最終便


2026年春

遊佐ゆうさは、初めての短編小説を書き終えた。

昔から妄想するのが好きで頭の中でよく描いていた。

恋愛ものではなくいつもミステリーもの。

友人に初めてそのことを話したら内容も褒めてくれて「文字にした方が絶対いいよ!」と勧められいい気になって応募もすることに決めた。

もちろん賞なんて取れるわけでもないし、レベルが違い過ぎることも重々分かっている。

ただの自己満足にしか過ぎないけれど達成感はとてもある。

文字にすると次々に言葉が出てくるのが楽しかった。意外と早く書けた。

わたしは書いた原稿をA4の封筒に入れ、大事に抱えポストに投函しに行った。

そろそろ桜が咲くかな、気持ちがいい。

家から5分位歩いたところにポストがある。

初春の少しひんやりした空気を感じながら歩いていると目の前にバスが止まった。

え!?なんで?ここはバス停も無いし、バスが止まるところでもないよ。

バスを見ると「吉祥寺駅」と表示されている。

え!?まさかここは東京じゃないし嘘でしょう。どういうことなの!

頭が混乱している。

扉が開いた。

わたしは投函する原稿を抱えたまま吉祥寺駅行のバスに乗ってしまった。


終わりのない夢・・・なのかもしれない。

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